2月1日(日)放送
作家・辺見庸 しのびよる破局のなかで

写真・左:辺見庸さん
写真・中:秋葉原
写真・右:
秋葉原・ベンチに座る辺見庸さん

 

作家、辺見庸さん(64)。1990年代から、新たな貧困現象に着目し「ニュープアー」とはじめて位置づけたほか、増えつづける自殺、政治とマスメディアの右傾化などにいち早く注目、現代を「不安の時代」として、さまざまの文章を発表してきた。

2004年、辺見さんは脳出血に倒れ、生死の境をさまよった。その後はがんで長期入院するも病室でも執筆をつづけ、新刊6冊をあいついで刊行、新聞連載もかかえるなど創作意欲は依然旺盛(おうせい)である。辺見さんは言う。「自分の持ち時間が、予定よりもずいぶん減っちゃっている。終わりが近くなるとね、不思議なもので、目が妙にさえてきて、なんとしても表現したくなるんだよ」。

そんな作家が、いまじっと見つめているのは、世界規模の金融危機に端を発した大恐慌の実相である。現在進みつつある“破局”は、経済だけのものではないと指摘し、新型インフルエンザや気候変動、地震など、日常の継続性を脅かす異質の危機が同時進行し、それらとともにこれまで自明とされてきた価値観や道義、人間の内面性も崩壊しつつあるのではないか・・・と述べる。

作家の思索は、秋葉原無差別殺傷事件からはじまる。この事件を辺見さんは、ひとつの仮説として、きたるべき大破局の「予兆」ととらえ、底流に、虚実が錯綜(そう)したメディア革命期を生きざるをえない若者たちの痛みや悲しみ、不安、世界からの孤絶、広漠としたよるべなさを見いだす。そして、すべての関係性が貨幣的価値に置きかえられる現在にあっては、人間が本来もつべき実存的、社会的諸権利が資本に奪われ、その「生」がしだいにむき出しになりつつあると警告する。辺見さんは静かに問いかける。「いま真にとりもどすべきは、果たして経済の繁栄なのか?」と。

「奈落の底で人智はどう光るのか、光らないのか、それが早晩試されるだろう」と語る作家。かつてない破局が忍びよる今、私たちはどう生きるべきなのか。人間とは何か。人間とはどうあるべきか。辺見さんが紡ぎ出す、深く研ぎ澄まされたことばに、耳を傾ける。

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