マンションやホテルの耐震強度偽装が大きな問題となる中で、今、一人の建築家が再び脚光を浴びている。
「日本近代建築の支柱」といわれ、東京文化会館や紀伊国屋書店など、戦後の名建築の数々を手掛けてきた前川國男(1905〜1986)である。生誕100年を機に、研究会やシンポジウムが各地で開かれ、回顧展には多くの観客が詰めかけ、建築の展覧会としては異例の盛況となっている。この前川こそ、倫理より利潤を優先する建築業界の在り方に、30年前に警鐘を鳴らしていた人物であった。
フランスで巨人ル・コルビュジエに学び、関東大震災と大空襲で東京が二度壊滅するのを目の当たりにした前川は、生涯を通じて「人間を幸福にする建築」を追求した。「一本のくぎや一握りのセメントを用いるにも、国家を、そして農村を思わねばならない」と説いた前川は、資材も資金も無い敗戦後の日本で、建築の単価を切り下げながら、機能的な建物を造り出すべく奮闘した。敗戦直後の住宅難の中で、「プレモス」と名付けた木造のプレハブ住宅を開発。さらに晴海高層アパートや、多くの公共建築を手がけた。弘前や熊本など各地でその建築は今も市民に愛されている。
しかし、前川が先べんをつけた建築の「低コスト化」「合理化」は、その後の高度経済成長の中、利潤を求める企業の論理に取り込まれていく。1968年、建築学会大賞を受賞した際、前川は「もう黙っていられない。今こそ自由な立場にある建築家が奮起すべき時である」と説いた。その後も、前川は質の低下を招く建築界に対して「見せかけの進歩」「倫理教育の欠けた『建築家』の濫(らん)造」などと批判、警鐘を鳴らし続けたが、それらの言葉が顧みられることはなかった。
番組では、住宅問題から建築家の社会責任まで、さまざまな建築の問題に誠心誠意向き合った前川の生涯と闘いの軌跡を追う。前川に深い共感を寄せる評論家の松山巌さんと共に、同時代を知る建築家達の証言を交えて代表的な建築を読み解きながら、日本の戦後史の中で建築が抱える問題を浮き彫りにする。
出演 松山巌(評論家)
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