2月18日(土)放送
沖縄“笑いの巨人”伝 〜照屋林助が歩んだ戦後〜
写真左:独特の自作自演の歌を歌う林助さん
写真右:林助さんについて語る演出家宮本亜門さん

 “沖縄の戦後芸能界の巨人”といわれた音楽家・漫談家、照屋林助が平成17年3月、75歳で亡くなった。米国統治下時代に始めた三味線漫談で大スターとなった林助。笑いに飢えていた沖縄の民衆から「てるりん」の愛称で愛された彼は、型破りで奔放なエンターティナーである一方で、日米の国家間で揺れ動く沖縄の社会について思索する「哲学者」であり、沖縄の文化の本質を追い求める「探求者」でもあった。林助の自宅の書斎に遺された膨大な数の歴史書や哲学書、沖縄の各地を放浪しながら収録した素朴な島唄の録音テープ、そして思いのままにつづられた思索メモからは、沖縄の激動の戦後を生き抜きながら、必死に故郷・沖縄の姿を掘り下げ、日本へ広く伝えようと格闘した林助の姿が浮かび上がる。

 8年前に以前からのあこがれの地、沖縄へ移住した演出家・宮本亜門さんは、この“沖縄の巨人”と生前に出会えなかったことを惜しみ、林助の75年の軌跡をたどる旅に出た。

 番組では、遺された林助の舞台の映像や生前の林助を知る人々の証言から“巨人・林助”の実像を迫るとともに、日本の今を敏感に感じ取る演出家・宮本亜門さんの眼を通して、沖縄と日本の戦後60年を見つめ直す。


●宮本亜門が見る、「真のエンターティナー」照屋林助

 「時代に向き合ってこそエンターテイメントではないか」という宮本さんは、林助こそ希代のエンターティナーだと考える。林助は終戦直後、人々が沖縄戦の絶望と米軍占領による価値観の崩壊にほんろうされるなか、家々を回って歌や踊りを披露した。数々の唄によって人々に生きる勇気を与えようとした林助の思いを読み解く。


●沖縄から日本と世界を見つめる

 林助は1990年、沖縄市(コザ)で「コザ独立国」を建国し、「大統領」に就任。「これは独立ゴッコ。ゴッコをしている沖縄から日本国へ向かって『汝よ、いつになったら独立できるのだ』と問いかけるのだ」と語った。沖縄から日本と世界を見つめた、林助の姿に迫る。

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