11月19日(土)放送
我が故郷はサイパン 〜玉砕戦を生き抜いた子どもたち〜

 太平洋戦争の激戦地・サイパン。1914年日本軍が占領して以来、日本人が移住し、最盛期には2万8千人の日本人が生活し、玉砕したといわれた島である。しかし実は1万3千人の民間人が生き残り、その半数は20歳以下の子どもたちであった。玉砕戦に巻き込まれた子どもたちは、戦前・戦中・戦後どのような人生を送ったのか。

 戦前、サイパンは「楽園」だった。サトウキビ栽培で栄える島で豊かな生活を送ろうと、移住した民間人の7割は沖縄出身。沖縄で芋ばかり食べていた子どもたちが米や果物を食べられるようになった。小学校や実業学校、女学校が作られ、子どもたちは楽園を故郷として育っていった。

 戦争中、サイパンは「地獄」となった。1944年6月米軍上陸。投降を呼びかける米軍に対して、「捕虜になるより死を選べ」という教育が徹底されていた日本人は次々と自決していく。しかしその中で奇跡的に、あるいは家族の意思で生き残った子どもたちがいた。

 そして戦後、生まれ故郷と家族を失った子どもたちは、安住の土地を探し続けた。生活のため親を殺したアメリカに渡る人々。戦後60年のいまになってサイパンで生き別れた妹の行方を捜す人。ハワイで暮らしながら日本国籍を捨てられない人、そして修道女になってサイパンのために働く人・・・。

 サイパン戦の生存者が初めて語るインタビューをもとに、作家・重松清氏とノンフィクションライター野村進氏が「サイパンと日本人」について徹底的に語り合う。

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