
熊野の山の中で長年、文筆生活を続ける宇江敏勝さんは言います。「人間の幸せには二つある。一つは人と人との間の幸せ、もう一つは人と自然との間の幸せ」。“想定外”の大天災を経験した今の私たちにしみる言葉です。確かに人と人の間だけでは危うい。
この番組は、今から100年以上前に絶滅したとされるニホンオオカミという獣に、今なお特別な思いを抱き、それに呼びかけ続ける人たちを描きます。日本のオオカミ信仰の総本山とされる埼玉県の秩父地方では今も村々にオオカミ講が組織され、旧家には魔をはらうというオオカミの頭骨が宝物として保管されています。日々を生きる人々の自然への畏れと親しみが山にすむ獣王の生命力と交わってたくさんのロマンを生みました。そして今なお秩父の深山からは毎年のように生きた“オオカミ”の目撃情報がもたらされ、実物を一目見ようと異様なほどの情熱で探索を重ねる人がいます。オオカミ信仰と言うと、消えゆく過去の遺物のように感じますが、自然に呼びかけ、また自然に呼び掛けられながら暮らしたいという感覚は、案外多くの現代人が共有しているのではないでしょうか。
もちろん自然は“良い自然”ばかりではありません。ニホンオオカミにも魔獣とも呼ぶべきまがまがしい側面があります。そうしたダークサイドも含めて、この21世紀の日本になお残るオオカミ信仰のさまざまをロマン豊かに描きます。