
2011年は、満州事変から80年、太平洋戦争開始70年の節目となり、あらためて昭和の戦争を考える1年となる。
写真家・江成常夫(75歳)は、36歳で毎日新聞写真部から独立し、その後の人生を昭和の15年戦争にレンズを向けることに貫いてきた。その方法は、肉体が滅び何も語ることの出来ない戦死者の沈黙に思いをはせ、魂の叫び、消えた記憶を写真にするというものである。
江成の撮影した作品を追いかけると、昭和の戦争空間と時間軸が浮き上がってくる。旧満州、中国、アメリカ、太平洋、沖縄、真珠湾。軍人が空想し生命線と呼んだ大東亜共栄圏で無数の日本人、米兵、現地人が犠牲となった。そこには野ざらしになった戦死者の遺骨や遺品が、いまも物言わず眠っている。
江成は語る。「満州事変に始まる戦争犠牲者は、内外あわせて千万単位にのぼっている。この未曽有の大罪を戦後の日本人は教育の場でも家庭でも軽視しあいまいにしてきた」。
江成の人生は、10前に大きな転機が訪れた。上腕部の悪性腫瘍のために3年間の闘病で生死をさまよった。病床で、太平洋戦争の現場に立ち、死者たちの霊魂を写真にしたいと願うようになる。回復して最初に向かったのが玉砕の島、ペリリューだった。証言や記録映像ではなく今も現場になお残る何かを、心のファインダーに写し撮る独自の戦跡巡礼の始まりだった。
死者の時計は、戦死で止まったままだ。番組では、その時計の針を戻しながら、忘却されようとする320万の戦死者(民間人を含む)の訴えを今によみがえらせ、過去と向き合わず戦後の繁栄に呆けてきた日本人に改めて戦争を問いかけるものだ。