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震災後の東北を追って

東日本大震災プロジェクト「明日へ つなげよう」の番組制作スタッフ、末吉ゆきのが、被災地のいまをお知らせします。

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2015年07月28日 (火)

建築関係者による東北復興支援のいまとこれから 〜アーキエイドの取り組み〜

こんにちは。東日本大震災プロジェクト『明日へ 支えあおう』担当の末吉ゆきのです。

吉阪隆正賞の授賞式7月22日の夜、都内で吉阪隆正(よしざかたかまさ)賞の授賞式がありました。(※吉阪隆正:建築家・登山家・探検家 国内外で高い評価を受けた、戦後の日本を代表する建築家の1人です)

この賞は、「“生活とかたち”を追求した創作的実践活動の振興を目的とする〜デザイン行為(建築や、舞踏などの身体行為も含む幅広い活動)で、生活にあらたな光を見いだした個人または集団を対象に隔年ごとに贈られるもの」です。

今回受賞したのが「アーキエイド」という“東日本大震災における、建築家たちによる復興支援ネットワーク”でした。アーキエイドは、一般社団法人という組織の体はとっていますが、まとまった団体というよりは、建築関係者たちがおのおのの力を集め、それを東日本大震災の復旧・復興によりよく振り分けるためのつながり、と言えるでしょうか。

アーキエイドによる東日本大震災復興に向けた活動は、NHKでも過去何度か取材させて頂いています。
エコチャンネルの動画でもその活動の一端を見ることができます。

●復興カレッジ in 仙台 建築家と考える 新生東北のデザイン(2012年4月15日放送)
建築家と考える 新生東北のデザイン

●おはよう日本 "高台移転"へ新たなプラン -牡鹿半島 鮎川地区-(2012年9月3日 放送)
高台移転へ新たなプラン

私自身もアーキエイドの皆さんには何度か取材でお世話になっており、実際に東北の活動現場に同行させて頂いたこともあったため、今回の授賞式を覗かせて頂いた次第です。会場には久しぶりにお会いする建築家の方もおられ、2011年から変わらず活動を続けていらっしゃることを、とても心強く思いました。

アーキエイドの建築家たち■「アーキエイド Archiaid」とは■
今回受賞した「アーキエイド」、その名前は、英語で"建築"を意味する「architect」に"援助"を意味する「aid」を組む合わせた造語で、建築関係者たちによる支援を意味して付けられたそうです。東日本大震災が起きた2011年3月11日。すぐに仙台を拠点としていた建築関係者たちを中心に、建築家にできる支援を考えようという会が立ち上がります。それが広がり、「アーキエイド」という活動になっていったのだそうです。
建築家、学生など、全国の多くの建築関係者が関わって、2015年の今も活動を続けています。

震災復興と建築家、というと、例えば津波で壊れてしまった新しい建物を作るというようなイメージが浮かぶのではないでしょうか。私も震災前は建築家という職業の方と関わったことがなく、漠然と「たてものをデザインする人」というようなイメージしかなかったように思います。

アーキエイドの活動は、内容も地域も多岐にわたって続けられています。宮城県の七ヶ浜町や牡鹿半島、岩手県の釜石市や福島県の南相馬市など、震災の被害を受けた東北各地に活動を広げています。そこでは災害公営住宅のおおもとになる基本計画の設定やデザインといった活動ももちろんありますが、建物だけにとどまらず、住民の生活・文化に寄り添ったまちづくりの提案や、震災で失われてしまったふるさとの景色を模型で蘇らせる取り組み(「失われた街」模型復元プロジェクト)、国内外に震災被害や復興の状況をアピールするプロジェクトも行われています。

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岩手県山田町の震災前の町並みを模型で再現したプロジェクトです。山田町の公民館にその模型が保管されています。

例えば宮城県の牡鹿半島(おしかはんとう)。入り組んだリアス海岸の地形で、28もの「浜」があり、「浜」がコミュニティの単位になっています。東日本大震災では大変な被害を受け、建物が100%全壊してしまったという浜もありました。アーキエイドではこの牡鹿半島に全国15の大学と、学生を含む建築関係者で向かい、漁業を中心とした独自の文化を持つ1つ1つの浜を調査。その地域の自然と人々のつながりを、ヒアリングや現地調査を重ねて読み解き、元の暮らしを大事にしつつ、まちづくりのプランを提示したりしたのです。

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2012年夏に宮城県牡鹿半島で実施された、住民への説明会の様子です。
多くの大学が浜の調査結果と、今後につなげたいアイデアを提案していました。

活動の中で強く感じたのは、建築関係者の、住民の皆さんへの深いリスペクトと、その土地の風景への思い入れでした。支援に入った建築関係者たちは現地に何度も何度も足を運び、住民の皆さんの話を何度も何度も聞き、そのなりわい(例えば漁業、ワカメの作業など)も体験し、失われた風景だけでなくその文化もできる限り把握しようとしていました。その上で、生活・なりわいに即したまちであり、その地域独自の文化を受け継ぐまちでもあり、さらに物理的・金額的にも実現可能なプランというのを提案したりしたのです。

また、プランの提案だけでなく、複雑な復旧・復興計画を住民側にわかりやすく説明する、ということも行っています。行政と住民をつなぐ役割を担っている地域もあるのです。実際、まちづくりに関する説明会に参加すると、関係する行政の部署の多さ、適用されている決まりの多さ、なにより聞き慣れない専門用語の数々に混乱します。そんな中で「通訳」を担ってくれる専門家がいることは、本当に心強いことだと思います。

ただ、津波の範囲だけでも約500キロに及ぶ被害の中、復旧・復興で何より重要視されているのはスピードです。授賞式後のシンポジウムの中、計画立案・実施のスピードが求められ、質や文化が落とされてしまうこともあるという、復興の現場の難しさも話題に出ていました。実際、アーキエイドが提案したプランが全て実現しているということでは決してなく、可能な限り折り合いを付けながら活動を続けているとのことでした。

復旧・復興を早く推し進めるために、これまで脈々と受け継がれてきた、個性的で文化や美しい風景が、日本の都市部でどこでも見られてしまうような画一的なものに変わらざるをえない、ということであればとても寂しいことではありますが…。もちろん、いち早く生活の基盤を整えることが第一ではありますし、落とし所を探りながら進めていくことが、どれだけ難しいか、頭の痛いところではあります。

■「建築」の力・役割と、これから■
アーキエイドの活動の一端を見ているうちに、「建築」というものが持つ言葉の意味の広さを思い知らされます。ただ建物、いわゆる「ハコモノ」を作るのではなく、人が暮らしやすい「場」を作ることが建築家の役割なのだなと、アーキエイドの活動に触れ、建築関係者の方々の話を伺ううちに思うようになりました。あくまで「ひとがより良く暮らす場」を作るために必要な作業の中のひとつとして、建物を作るという工程があると言えばいいのでしょうか。それが今回、東日本大震災で被害を受けた地域の未来を作り上げていく手助けになっているのではないでしょうか。

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建物を作るだけではない、多岐に渡るアーキエイドの活動。まち・地域を作っていく意味を考えさせられます。

最後に、まだまだ続く東日本大震災の復旧・復興の取り組みですが、まちづくりの現場で何が起きていたのかについての「アーカイブ化」...1つ1つを記録し、情報として蓄積し、いつでも誰でも知ることができるようにすることも大切なのだと思います。アーキエイドでもそれは活動目標の中で触れており、参加している建築関係者の口からもたびたび出る話題です。そしてそれは、我々メディアこそ責任を持って担わなければならないことでもあります。

いつどこで新たな「被災地」が生まれるとも限らない今、例えばアーキエイドでは、住民の意見を聞き、効率もよく見た目も美しい集落・住宅のデザインをした地域があります。でもその提案全てが実現できたわけではありません。なぜできなかったのか、できたこととできなかったことはなんなのか。こと復旧・復興に関わる情報はイコール個人情報のかたまりであったり、土地の管理につながるかなり生々しい、公開はとても出来ない話も多いのが現状です。そんな中で、少しでも状況をひもといて、どのようなプロセスが行われたのかをしっかりと記録し受け継いでいくことが今後、大切であると思います。それは、いつかどこかで必ずきてしまう災害に備えることにもなるはずです。

東日本大震災を経て、新しい防災対策が各地で考えられ始めています。震災の教訓をどう今後に、他の地域にも生かすかということなのですが、それと同じようにまちづくりのプロセスについても今後に活かせるような仕組みです。

発災直後からどのような話し合いが必要になったのか、どのような法的手続きが必要になったか、どこに不都合があったか。では今後同じようなことが起きたとき、より早くより暮らしやすい豊かなまちづくりを進めていくために一体何が必要なのか。もちろん、東日本大震災の復旧・復興は現在進行形であり、まだまだ目の前の課題に取り組むことで精一杯という地域のほうが多いでしょう。そんな中で記録を残すということは簡単ではないと思います。ですが、そういったまちづくりのプロセスは情報共有が難しく、どんどん状況が変化していくため、何が起きたのかを残すことは意識しないとなかなか出来ません。保存されずに流れていってしまった情報は、簡単には取り戻せません。役場などに記録は残るでしょうが、もっと住民レベルの話として、取り出しやすい情報のアーカイブ化が大事になる時がくるはずです。
それはなにも大災害の時にだけ役立つものではなく、私たちの地域のあり方を見つめ直すきっかけにもなると思います。

地域によりとても大きな差はあり、進み具合の異なる震災復興ですが、確実に実施されている取り組みもあります。変わりゆく景色と、日々復興に向けて尽力されている人々の姿を、なるべくたくさん記録し、伝えていかなければ...そう強く思います。

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