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●コウノトリが再び空を舞うまで

兵庫県豊岡市は、人口8万5千人、兵庫県北部の但馬地方の経済や行政の中心都市として発展してきた街です。現在、この街には70羽以上のコウノトリが舞っています。
 コウノトリは翼を広げると2メートルにもなる大形の鳥で、全世界に3千羽ほどしか生息していません。豊岡市は、野生のコウノトリの群れが日本で最後まで住んでいた所です。
 コウノトリは広く田んぼを見下ろせる高いマツの木などに巣をかけ、田んぼや小川といった水辺に住むドジョウやカエル、小魚などを食べます。しかし戦後、農薬の使用でエサとなる生き物が減り、体内に入った農薬の影響で無精卵が増えるなどして繁殖力が落ちて、どんどん数を減らしてしまいました。


兵庫県と豊岡市では1965年から、数の少なくなったコウノトリを捕獲し、人工繁殖で増やす試みを続けてきました。しかし当初は繁殖技術も情報も乏しく、初めて繁殖が成功したのは、スタートから25年後の1989年のことでした。その間に、コウノトリは日本から一度姿を消してしまいます。
 その後、豊岡ではコウノトリの野生復帰の事業が始まり、2005年、人の手で繁殖させたコウノトリが街に放たれました。現在では、放鳥されたコウノトリが自然界で繁殖して、豊岡の空を70羽以上のコウノトリが舞うまでになっています。

豊岡では、高さ13メートルの「巣塔」と呼ばれる人工の塔が設置され、放鳥されたコウノトリはそこに巣を作っている。

●コウノトリの住める環境づくり

この事業は、市民の協力なしでは実現しませんでした。研究が進み人工繁殖の技術は確立しても、コウノトリの住める里山の環境はすっかり変わってしまっていたからです。
 豊岡市ではコウノトリのために行政だけでなく多くの農家も協力しました。「コウノトリ育む農法」という農薬を控えて田んぼの生き物を増やしながら、安心安全なお米を作ろうという取り組みを始めたのです。さらに田んぼの水を抜く中干しの時期を遅らせて、ヤゴがトンボに、オタマジャクシがカエルへと成長できる時間を作り、冬の間も田んぼに水を張ることで、ドジョウやヤゴが冬を越せるようにしました。

田んぼ脇に作られた魚道

 さらにメダカやフナ、ナマズなど田んぼで繁殖する魚が出入りできるようにと、排水路と田んぼの間に階段状の魚道も作られました。休耕田は行政が借り上げてビオトープになり、湿地を再生した公園も整備されました。市の中心部を流れる円山川では、改修工事がコンクリート護岸から半自然工法に変わりました。
 どれも農家にとっては手間がかかり、行政の財政負担も増えることですが、それを農家や市民も受け入れました。

豊岡市が目指したのは「コウノトリも住める街作り」です。野生復帰はコウノトリのためにやるのではなく、人とコウノトリのために行うという政策です。コウノトリにとって良い環境は、人にも優しい環境に違いない。コウノトリをシンボルにして人間のための環境を取り戻そうと考えたのです。
 豊岡市では、コウノトリが住む街の環境が、街の活性化にも結びついています。街のお米や野菜の認定制度を作り、コウノトリが住む環境で育った安心安全な商品として高く売れるようになりました。環境のイメージを大切にする企業も移転してきました。コウノトリのための環境再生を手伝うボランティアツアーを募ると、都会からも人がやってくるようになりました。

●全国に広がる「コウノトリが舞う田んぼ」

豊岡市で増えたコウノトリが、いま北は青森県や宮城県から、南は長崎県まで、関東地方だと千葉県、茨城県で目撃されています。目撃された場所は里山の自然が残されている場所です。コウノトリが舞い降りた、福井県越前市や千葉県野田市でも、コウノトリが住める環境再生と、コウノトリ放鳥の計画が始まっています。
 豊岡で育ったコウノトリが里山再生の使者となって、埋もれかけている全国の貴重な里山の価値を再認識させ、里山の再生に向けて人々を動かすきっかけになっているのです。

●里山を未来へ伝える

全国の里山を見渡すと、現状は楽観できません。高齢化、過疎化が進行し、限界集落になりつつある里山は数多くあります。けれども里山の価値は生産性や経済性だけでははかれません。生物多様性をはじめ、災害から暮らしを守る国土保全機能、美しい景観を保つ機能など、里山の価値は数多くあります。その価値は、農家の人々が代々守ってきたものです。
 豊岡市の取り組みは、里山を未来へ伝えていく、ひとつの先進例と言えます。いったん消えてしまった生き物を再び取り戻すのは大変なことですが、生き物と寄り添う暮らしは、まだまだ各地に残っています。その中には、伝統的な里山だけでなく、豊岡市のような地域住民の取り組みで再生した新しい里山もあります。「ニッポンの里山 ふるさとの絶景に出会う旅」では、そうした全国各地の里山を、これからも紹介していきます。