テーマから学ぶ環境問題

放射能汚染

強大なエネルギーを生み出す核分裂。そこには常に、放射能による汚染という問題がつきまといます。核実験や原発事故を通してまき散らされた大量の放射性物質は、最大の環境汚染のひとつです。また原発での使用が終わった核燃料(核のゴミ)の処理方法もいまだに確立されていません。チェルノブイリや福島第一原発の事故を通して、汚染が地球規模で広がる現実を目の当たりにしている私たちは、これから放射能汚染の問題とどう向き合っていくのか、問われ続けています。

地球核汚染の時代

『シリーズ原子力(4) 地球核汚染・被爆国日本の視点』より核の技術の実用化は、まず軍事兵器として始まりました。1945年にアメリカが世界初となる原子爆弾の実験に成功すると、広島、長崎に相次いで原爆が投下されました。戦後、旧ソ連が原爆実験に成功すると、冷戦下、米ソの両大国間で激しい核開発競争が繰り広げられます。
地球上で行われた核実験は、これまでに公表されているだけでも2000回を超えます。1960年代のはじめまでは大気中での核実験が繰り返し行われ、深刻な地球核汚染を引き起こしました。特に1954年のマーシャル諸島、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験では、周辺の島々や、第五福竜丸など近くで操業中だった多数の漁船が「死の灰」を浴びることになりました。

原発事故

『シリーズ原子力(3) チェルノブイリの教訓』より1950年代以降、核エネルギーを原子力発電として用いる“平和利用”が進められます。日本でも、1966年に日本原電・東海発電所の運転が開始しました。1970年代に入ると、敦賀原発、福島第一原発が相次いで運転を開始。オイルショックを背景に、原発は国のエネルギー政策の柱として積極的に導入されました。温室効果ガス削減にも効果があるとされ、東日本大震災の前には、54基の原子炉が国の電力供給の3割近くを占めるまでになりました。
一方で、1986年のチェルノブイリ原発事故は、原発の過酷事故がひとたび起きたときの被害の甚大さを世界に知らしめました。放出された放射性物質はヨーロッパ中に広がり、各地で健康被害や土壌汚染を引き起こしました。現在も、農畜産業への影響は続き、原発周辺30kmは立ち入り禁止区域となったままです。
そして、2011年に起きた東日本大震災にともなう東京電力・福島第一原発の事故。多数の人々が避難を強いられ、農業や漁業にも大きな打撃を与えています。原発事故により日本では、被害者への補償、がれき処理、電力危機など多くの問題が山積みとなっています。
リスクを知ったうえで、今後も原子力発電の利用を続けるのか? 脱原発を推し進めた場合、私たちの暮らしを支える電力はどのようにまかなうのか? 日本のエネルギー政策は重大な選択のときを迎えています。