ドラマトピックス

2009年大河ドラマ「天地人」。新たな配役が決定いたしました。

■新たに決定した登場人物

徳川家康…松方弘樹
秀吉の死後、次の天下人として台頭。兼続・三成共通の敵。兼続は「謀反の兆しあり」と言いがかりをつけてきた家康に、「直江状」と呼ばれる挑発的な内容の返書を送って家康を激怒させ、「関ヶ原の戦い」の遠因となる会津討伐を引き起こした。
 関ヶ原は家康の勝利に終わり、本来なら兼続も切腹のはずだったが、兼続の筋の通った態度が家康をも魅了し、米沢30万石に減封されながらも、上杉家は存続することとなった。

前田利家…宇津井健
14歳で織田信長に仕える。青年時代は血気が盛ん「槍の又左」の異名を持っていた。また恵まれた体格の持ち主で、容姿も端整であった。性格は「律義者」。
秀吉とは、秀吉が足軽時代から親しく、信長時代は良きライバルであった。豊臣政権下では徳川家康と並ぶ重臣の扱いを受け、秀吉が五大老の制度を整えると No.2として大納言の官位を持ち、秀吉の実子である豊臣秀頼を後見する立場となる。

毛利輝元…中尾彬

毛利元就の嫡男である毛利隆元の子として安芸に生まれる。隆元の急死後家督を継ぐ。信長の死後、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権をめぐり戦った「賤ヶ岳の合戦」後、天下人を羽柴秀吉と見定め接近する。その後は数々の戦いで武功を挙げ、秀吉の天下統一に大きく寄与。
これらの功績から五大老に任じられた。「関ヶ原の戦い」では西軍の総大将になるが、本戦に自らは出陣せず、一族の毛利秀元と吉川広家を出陣させる。

豊臣秀吉…笹野高史

信長の後を継ぎ、天下統一を成し遂げる。その後、大坂城を築き関白・太政大臣に任ぜられる。「人たらし」として知られるほど人間関係の結び方に長けていた秀吉だったが、天下人になっていくにつれ、周囲がイエスマンばかりになっていく。
裏切られるのではないかという不安に常に怯える中で、秀吉は、利害関係に基づかない、兼続と景勝の純粋な主従関係を羨ましく思い、兼続を引き抜こうとする。

北政所…富司純子
豊臣秀吉の正室。ねね。秀吉の死後、高台院と名乗る。気の強い女性で、夫の立身出世を糟糠の妻として支え、豊臣政権下では大きな発言力を得た。しかし、子に恵まれず、秀吉につらく当たられたこともあったため、秀吉や自身の親類縁者を養子や家臣として養育していった。その中でも、加藤清正、福島正則は特に有名。
また、秀吉の子を生んだ淀殿とは対立していた。北政所が家康を支持したことで「関ヶ原の戦い」は家康の大勝となった。

織田信長…吉川晃司

既存の権威や勢力(朝廷・仏教など)を武力で排除し、出自に囚われない大胆な人材登用や伝統に囚われない新機軸の方針、新兵器であった火縄銃の活用などを通して戦国時代を終結へと導いていったが、延暦寺焼き討ちなどの苛烈な政策から魔王とも恐れられた。
天下統一を目前に家臣の明智光秀の謀反(本能寺の変)により自害。既存の権威を重視する謙信は、信長のやり方に反発し、たびたび戦っている。

福島正則…石原良純
母が秀吉の叔母であったことから幼少より秀吉に仕えた武闘派の武将。加藤清正の盟友で、北政所を強く尊崇していた。会津の上杉討伐に従軍するが、上方で三成が挙兵した報を受けて東軍として参戦。「関ヶ原の戦い」後は安芸広島と備後鞆49万余石の大封を得、広島城の城主に栄転する。
家康・秀頼の会見を取り持つなど、江戸幕府への忠勤に励む一方、豊臣家を主筋に立てることも忘れなかった。

お涼…木村佳乃
千利休の娘。文化人の顔とは別に、権威の頂点に立ち政治にも干渉する野心家としての側面を持つ父・利休を支え行動を共にする。そんな中、上洛した兼続とも知り合う。さっぱりした性格で、品がいい。 都に出て来て初めて中央の文化に触れた兼続や政宗にとっては、まさに京文化を体現しているような女性として映り、憧れの対象となる。しかし、利休が秀吉の怒りにふれ切腹を命じられたことから、窮地に陥る。

伊達政宗…松田龍平
兼続の永遠のライバル。18歳で家督を相続し、伊達家17代を継承する。派手好きで自己主張の強いその性格は、兼続の正反対。母の愛に餓えた壮絶な幼少期の影響で、全てを手に入れたいという支配欲が極めて強い。若くして奥州の覇者の名をほしいままにしていたが、秀吉の台頭により天下人になるという野望は挫折。
「関ヶ原の戦い」以降も徳川家に仕えつつ、幕府転覆の機会をうかがっていた。

愛姫…杏
政宗の正室。田村清顕の一人娘。12歳で政宗に嫁ぐが、政宗暗殺未遂事件が田村氏のせいだと疑われ、乳母や侍女たちの多くが死罪にされる。しかし、持ち前のたくましさでそれを乗り越える。
人質として京・聚楽第の伊達屋敷に住まわされた後も「殿は天下の情勢を見て動いてください」と毅然とした態度で政宗を支え続け、人間不信に陥るようなつらい経験をした者同士、政宗とは強い絆で結ばれていた。

直江景綱…宍戸錠
兼続の伯父であり、お船の父。与板城を本拠地とし、長尾為景、長尾晴景、上杉謙信の三代に仕えた。特に謙信政権の元では内政・外交両面において中枢を担い、謙信からも「一番の家臣」と評価される。甥である兼続の才能を早くから認め、その成長を見守っていた。

お万…萬田久子
景綱の妻。気さくで面倒見のいい性格。戦続きの夫を長年にわたり支えた。景綱の死後出家して妙椿尼と名乗り、婿を迎えたお船と暮らす。
仙桃院の信頼も厚く、上杉謙信の看病に当たっており、死の間際、後継ぎについての遺言を聞き届けた。

直江信綱…山下真司
直江景綱の娘婿(お船の最初の夫)。家柄から直江景綱の婿養子となってその家督を継いだ。
「御館の乱」では、上杉景勝とともに春日山城に籠って戦功をあげたが、景勝の勝利後、恩賞をめぐるトラブルに巻き込まれ、不慮の死を遂げる。

お悠…吉瀬美智子

お船の姉。謙信の側に仕え、思いを寄せている。謙信もその気持ちを理解し、大切に思っているが、女色を絶つという信念の元、夫婦になることは叶わなかった。傷心のお悠が出家を決意したことにより、お船が直江家の跡を取ることとなる。

かよ…あき竹城
幼少時代からお船に仕える侍女。どこか的外れで気が利かないところもあるが、お船のことを何よりも大切に思っており、「御館の乱」の戦時下では命をかけてどこへでも付き従った。お船の人生をずっとそばで見守り続ける忠義者。

吉江宗信…山本圭

謙信家臣団の中でも文治派に属し、意見が分かれたときにはまとめ役に徹した。「御館の乱」においては景勝方につき、軍功を立てる。しかし、「魚津城の戦い」では織田軍の攻撃に上杉本陣の救援が間に合わず、安部政吉を始めとする家臣たちと共に壮絶な死を遂げる。

北条高広…新井康弘
謙信の青年時代から仕え、武田信玄に内応したり小田原北条氏に通じたりと去就は一定しなかったが、そのつど許され、要職に就いた。
 勇猛で知られる上杉家臣団の中でも特に武闘派で知られる。北条の血をひいた景虎の器量に惚れこみ、「御館の乱」では兼続たちと戦う。

柿崎晴家…角田信朗
猛将・柿崎景家の子。その血をひいて非常に好戦的で武骨な性格だが、逆に小田原北条の血をひく景虎の優美さにひかれ、一早く景虎支持の姿勢を打ち出した。謙信の死後、遺言の真偽を疑い、臣下を従え景勝の屋敷を急襲。「御館の乱」のきっかけを作った。

北高全祝…加藤武

曹洞宗の寺として知られる雲洞庵の住職で、仏道、漢学、五山文学を極めた、越後では並ぶものなき高僧。幼い兼続の教育に厳しく当たるが、それも兼続の素質を見込んでのこと。兼続の精神形成に大きな影響を与え、迷えるときのよりどころとなった。

栗林政頼…平泉成

謙信の家臣。「御館の乱」では景勝方につき活躍、坂戸城将となり北条軍の攻撃を防ぐ。乱後は荒砥城主に任命されながら、若い景勝・兼続体制を樋口惣右衛門、深沢利重とともに陰に陽に支えていく。時に苦言を言いながら二人を温かく見守った。

深沢利重…鈴木正幸

謙信の家臣で刑部少輔を称す。「御館の乱」の際には景勝側につき、景虎の救援に出陣した北条氏政勢の攻撃をしのいで、兼続たちの故郷である上田の坂戸城を守りきった。若い景勝・兼続体制を樋口惣右衛門、栗林政頼とともに支えていった。

安部政吉…葛山信吾
景勝の家臣。兼続の小姓仲間の中でも、リーダー的な存在で、景勝の側に仕え続けた。しかし「魚津城の戦い」では柴田勝家率いる織田軍の攻撃に上杉本陣の救援が間に合わず、吉江宗信らと共に壮絶な死を遂げる。

甘糟景継(登坂藤右衛門)…パパイヤ鈴木
景勝の家臣。兼続とは幼い頃から雲洞庵で共に切磋琢磨した小姓仲間。武勇に優れ、徳川家康も認めるほどの猛将ぶりだった。
後に景勝の会津移封に従い白石城の城代となり、2万石を知行した。

きた…江波戸ミロ

兼続の妹で惣右衛門の長女。越後の女として、武将を支える女としての生き方を、母・お藤より学んで育つ。明るく心優しい性格で病弱な母をいたわりながら、父や兄たちの活躍を祈る日々を送る。後に信濃の須田満胤に嫁いだ。


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