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大河ドラマ「八重の桜」...新島八重の生涯を描きます


2013年(平成25年)大河ドラマ『八重の桜』【作】山本 むつみ 豊かな大地で育まれた天高き志戦いに敗れてもその眼差しは決して、下を向くことはなかった。故郷の魂を胸に、激動の時代をたくましく生き抜いた女たちの愛と希望の物語!諦めてはならぬ。勇気を持って未来を信じなければならぬ。そして、「どんな苦境であっても人は幸せでなくてはならぬ」。それを貫いた八重の生き方は、復興を目指す日本・東北への力強いメッセージとなる!女らしく、という母親の願いをよそに、男まさりに育った少女は、
戊辰戦争の落日、会津・鶴ヶ城に500人の女たちと立て篭もり、銃を持って戦った。
その姿は後に讃えられる、「幕末のジャンヌ・ダルク」と。
その名は、新島八重。

「ならぬことはならぬのです」
たとえ「悪妻」と呼ばれようが、"不義には生きない"会津の頑固女!!

維新後、アメリカ帰りの夫・新島襄の妻となった八重は、男尊女卑の世情の中、
時代をリードする"ハンサムウーマン"となっていく。
そして会津の仲間とともに"日本初の篤志看護婦"として日清戦争、日露戦争に同行。
"戦う女武士"から"日本のナイチンゲール"へ!

国敗れてもその地で育まれた会津武士道で、生涯自分の可能性に挑み続け、
すべての人の幸福を願った会津女・新島八重と、仲間たちの愛と希望の物語。
「東北・福島に根付く不屈のプライド」で日本にエールを送る!!

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■番組概要
2013年の大河ドラマは「八重の桜」。新島襄の妻・八重の生涯を描きます。主人公・新島八重を綾瀬はるかさんが演じます。

■主人公・新島八重とは
会津藩の砲術師範であった山本権八・佐久夫妻の子として生まれる。戊辰戦争時には断髪・男装に家芸であった砲術をもって奉仕し、会津・鶴ヶ城籠城戦で自らもスペンサー銃を持って奮戦した。後に「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。戊辰戦争が始まる前、但馬出石藩出身で藩校日新館の教授をつとめていた川﨑尚之助と結婚したが、籠城戦後別れる。維新後、兄・覚馬を頼って上洛。そこで、新島襄と出会い結婚。また、女は男に従うことが当然視された時代、豪放で周囲からは勝手気ままに見える八重の生き方は世間からは「天下の悪妻」とも言われた。  晩年は日清戦争、日露戦争に篤志看護婦として参加。功績により昭和3年(1928年)、昭和天皇の即位大礼の際に銀杯を下賜される。その4年後、87年の生涯を終える。


■新島八重役・綾瀬はるかさんのご紹介
1985年(昭和60年)、広島県生まれ。2004年ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」で第42回ゴールデンアロー賞新人賞を受賞し脚光をあびる。2009年映画「おっぱいバレー」で第52回ブルーリボン賞、主演女優賞、第33回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、話題賞 俳優部門受賞。映画、テレビドラマ、歌、CMなどで幅広く活躍している。また、ドキュメンタリー企画で「綾瀬はるかがたどる戦争の記憶~65年目の証言〜」に参加するなど女優としての幅を広げている。今、最も期待される女優の一人である。
NHKの大河ドラマは初出演。

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■物語
明治元年(1868年9月)。板垣退助率いる新政府軍に対し、鶴ヶ城から最新のスペンサー銃を撃つ女がいる。山本八重、後の新島八重(24)である。
会津藩の砲術指南の山本家に生まれた八重の幼少期はまさに"少年"そのもの。広い見識をもつ兄・覚馬を師と仰ぎ裁縫よりも鉄砲に興味を示し、会津の人材育成の指針"什の誓ひ"(子弟教育7カ条)「ならぬことはならぬもの」という理屈ではない強い教えのもと、八重は、会津の女として育っていく。
八重18歳の頃(1862年)、会津藩主・松平容保が京都守護職に任命されたことで会津の悲劇は幕を開ける。兄・覚馬らは西郷隆盛率いる薩摩藩と禁門の変で長州軍を破るも、薩摩の寝返り、日和見主義の諸藩の動きの中にあって忠義を貫く会津藩。しかし、鳥羽伏見の戦いで幕府軍は敗れ、会津は新政府軍から「逆賊」として扱われる。新政府軍との力の差は歴然。女や子供を含め、多くの仲間が次々と死んでいく中、鶴ヶ城籠城戦で男装し、自ら銃を持ち夫・川崎尚之助とともに最後まで奮戦した八重だったが、白虎隊の無念の死や、夫との別れを経て、会津戦争の敗北を自らの中で受け入れていく。途方もない喪失感の中、八重はそれまでの生きがいであった鉄砲を捨てる──。
逆賊、時代遅れ・・・。そう世間に罵られる中、八重と会津の仲間たちは新たな生き方を模索するうち、再び兄の導きにより京都へ、そこで「知識」という新たな生きがいを得る。鉄砲から知識へ。手にする武器は変われども、女だてらに「ならぬことはならぬもの」と会津のプライドを貫く八重は、京都でも存在感を増し、アメリカで西洋文化にふれた青年・新島襄をも魅了、結婚する。封建的風潮の残る中、男女の平等を望む八重は、西洋帰りの夫を「ジョー」と呼び捨てにし、レディーファーストを貫く。その奇妙でおかしくもある夫婦関係を世間が罵っても、八重はまるで気にしない。その生きざまを夫は「ハンサムウーマン」と称した。
日清、日露戦争が起こると、会津戦争の原風景が残る八重は、仲間とともに篤志看護婦として名乗りをあげる。戦場に女が行くなど考えられなかった時代、八重たちは果敢に行動していく──。

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■作・山本むつみさんから


八重さんのことを考えると、胸が熱くなります。
どの時代もどの世界でも、人が生きることは困難だし、世の中は理不尽なことだらけです。とりわけ、八重さんが生きた時代の会津は、絶望的とも思える苦しい状況に陥っていました。賊軍の汚名を着せられ、多くの人が命を落とし、家族を失い、故郷を追われ・・・。
そんな苦難の時を、溢れるばかりの情熱と、凛々しさと知性をもって、颯爽と生き抜いた八重さんの生涯が、私には、闇を照らす小さな明かりのように思えます。
地震、津波、そして原発事故。あまりに大きな被害を前にして、自分自身が不安で一杯になり、途方に暮れる思いでいました。そんな時に、「さあ、仕事に向かおう」と、背中を押してくれたのは、報道で見聞きした被災地の方々の言葉だったのです。
「またやり直そう」「自分は生き残ったのだから、人の役に立ちたい」
大きな破壊の後に、より良い世界を作り出そうと立ち上がる人たちの言葉は、幕末の動乱ですべてを無くしたところから、新しい世界へと踏み出した人々の魂と、響き合うような気がします。
だから、これは歴史の彼方に眠る過去の話ではなく、今を生きる私たちが共有できる、現在の物語になりうると思うのです。
会津の野山を、少年のように駆け回る八重。
鶴ヶ城に籠もって、スペンサー銃を手に戦う八重。
悪妻と陰口をたたかれても、どこ吹く風の八重。
最高の伴侶を得て、愛の深さを知る八重・・・。
さまざまな、生き生きした彼女の姿が、目に浮かんできます。
今、この時にドラマを書くことの重さをしっかりと受け止めながら、八重さんから、そして現在も困難な現場で戦っている皆様から、少しずつ勇気を分けていただいて、一話一話を大切に、物語を紡いでいこうと思っています。

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■チーフ・プロデューサー 内藤愼介から


新しい時代に一歩踏み出すドラマ
傷ついても前を向く強い志、人と人とをつなぐ思いやりの絆──海外メディアからも賞賛された日本人のこうした心は、一体どこから来ているのか。あの3月11日以降、私はそのようなことを考えるようになりました。それに伴って、大河ドラマに対する意識も、面白いものを作ろうというものから、"今やるべきものは何か"というものに変わっていきました。
この作品で51年目、52作目を迎える大河ドラマは、半世紀の歴史を踏まえながらも、2013年大河ドラマは、新しい時代に一歩踏み出し、日本人の勇気を後押しすることを目指して、新島八重という新しい題材を取り上げることに決めたのです。

伝えたい! 戊辰戦争後の会津者たちの不屈の生き様
明治期、「敗者」の烙印を押されていた会津藩出身者でしたが、八重をはじめ、様々なジャンルにおいて、その後の日本の礎となるような人材を輩出しています。なぜ彼らが文明開化の日本をリードしたのか。それは、彼らが時代とともに散るのではなく、時代が変わってもなお、「ならぬことはならぬ」という会津の精神を守り続けたからなのです。

敗れた側の視点から描く幕末・明治
これまでも数多く語られてきた明治維新の物語ですが、敗れた側・会津の視点から、また、女性の視点から描かれるものはあまりありませんでした。今回の大河ドラマでは、新島八重の生涯を通じ、新たな幕末・明治像を見せていきます。

主演・脚本──最高の布陣で臨みます!
何でも器用にこなせるわけではない。しかし、等身大で誠実な努力の人――そんな新しいヒロイン・八重。誰にお願いするか。考えた時、真っ先に浮かんだのが綾瀬はるかさんでした。
綾瀬さんには、ふんわりと人を包み込むような不思議な魅力があります。それでいて、芯にはぶれない強さを持っている。その姿は「ならぬことはならぬ」という八重の姿勢に重なります。彼女なら、平成の「ハンサムウーマン」として、「日本人の底力」を見せてくれることと確信します。
脚本は、2010年の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で日本中の感動を誘った山本むつみさんのオリジナル作品です。歴史ドラマだけでなく、風変わりでも強い絆に結ばれた八重と二人の夫・川崎尚之助、新島襄の夫婦愛も丁寧に描き出していきます。最高の布陣で臨む2013年大河ドラマ『八重の桜』にご期待ください。

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■新島八重・4つのポイント
「ならぬことはならぬ」(故郷・会津の教え)
会津武士(上士)の子は6歳から10歳までの4年間、町を幾つかに地域割した「什」というグループを作っていた。階級差別はなく、"什の誓ひ"(子弟教育7カ条)が会津の人材育成の指針。「ならぬことはならぬもの」という理屈ではない強い教えのもと、八重は、会津の女として育っていく。

「幕末のジャンヌ・ダルク」(仲間の死、故郷の喪失)
鳥羽伏見の戦いで幕府軍は破れ、会津は新政府軍から「逆賊」として扱われる。鶴ヶ城での籠城戦で戦う会津軍と新政府軍との力の差は歴然。女や子供を含め、多くの仲間が次々と死んでいく中、男装し、自ら銃を持ち最後まで奮戦した八重だったが、会津戦争の敗北を自らの中で受け入れていく。

「ハンサムウーマンへ」(不義に生きない女の生き方)
会津戦争の敗北で、全てを失った八重は、京都で「知識」という新たな生きがいを得る。
鉄砲から知識へ。会津のプライドを貫く八重は、京都でも存在感を増し、アメリカで西洋文化に触れた青年・新島襄をも魅了、結婚する。封建的風潮の残る中、男女の平等を望む八重の生きざまを夫・新島襄は「ハンサムウーマン」と称した。

「日本のナイチンゲールへ」(幸せでなくてはならぬ)
会津戦争の原風景が残る八重たちは日清、日露戦争が起こると、仲間とともに篤志看護婦として名乗りをあげる。戦場に女が行くなど考えられなかった時代、八重たちは果敢に行動する。それも「弱者はいたわらなければならぬ」の会津の教え。これにより八重たちは女性で初めて藍綬褒章を授かる。

■「什の誓ひ」(じゅうのちかい)とは
会津の人材育成の指針だったのが、階級差別のない"什の誓ひ"(子弟教育7カ条)。
「ならぬことはならぬもの」という理屈ではない強い教えこそが、「会津武士」の気質であり、私欲で道理を曲げない人間を形成したと言われている。

一、年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
一、虚言(ウソ)を言ふ事はなりませぬ。
一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
一、弱いものをいぢめてはなりませぬ。
一、戸外でモノを食べてはなりませぬ。
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。
ならぬことはならぬものです。

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放送開始:2013年1月 全50回(予定)
制作スケジュール:2012年夏クランクイン(予定)
制作統括:内藤愼介
演出:加藤拓

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■記者会見動画
記者会見の模様を動画でチェック!

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