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大河ドラマ『花燃ゆ』新キャスト発表第二弾!

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平成27年大河ドラマ「花燃ゆ」
新たなキャストが決まりました!

-文を支え育んだ家族・男たち-

 


杉家の大黒柱 無類の読書好き
杉百合之助 ・・・長塚京三

hanamoyu0711_01.jpg文の父。下級武士で、禄高26石と薄給だったため、畑仕事をして大家族の暮らしを支えた。
無類の読書好きで、米をつきながらでも本を手放さなかった。農作業をしている間、本が読めないのをなんとかしたいと、子どもたちに本を朗読させ、それを聞きながら畑を耕したという。 松陰が自宅で孟子の講義をするようになると、たびたびその話に聞き入っていた。

 

家族と松下村塾を温かく見守った
杉滝 ・・・檀ふみ

hanamoyu0711_02.jpg貧しい杉家に嫁ぎながらも、持ち前の大らかさで家族を明るく支えていく優しい文の母。松陰が松下村塾で教えるようになると、塾生たちの食事の世話をしたり、自らも学んだりするなど、積極的に塾と関わっていった。
子どもたちを風呂に入れるのが好きで、松陰が安政の大獄で処刑される直前、一日だけ帰宅を許された際にも、松陰を風呂に入れ、我が子の無事の帰りを祈ったという。

 

天才兵学者・吉田松陰を鍛えあげた
玉木文之進 ・・・奥田瑛二

hanamoyu0711_03.jpg山鹿流の兵学者。スパルタ教育で、幼い松陰を鍛え上げた。
講義中に蚊にさされた頬をかいた松陰に、「頬がかゆいというのは『私』である。『公』のために学んでいる時に『私』を優先させるとは何事か」と言って激しく叱ったという。
明治維新後、再び松下村塾を開いて教育に心血を注いでいたが、明治9年(1876年)に前原一誠が起こした萩の乱に多くの門弟が参加したため、その責任を取って自ら命を絶った。

 

弟・松陰の志を理解し支え続けた
杉梅太郎 ・・・原田泰造

hanamoyu0711_04.jpg杉家の長男。幼い頃は松陰と同じ布団で寝ていたほど兄弟仲がよかった。早くから松陰の志を理解し、松陰から旅費の相談があれば、生活を切り詰めながらも金を送り、松陰が野山獄に入れば、望みの書物を届けるなど、常に松陰を支え続けた。維新後の明治13年(1880年)、幕末を生き抜いた梅太郎は、松下村塾を再興し、松陰の志を伝え続けた。

 

幕末の"烈婦" 小田村伊之助に嫁ぐ
杉寿 ・・・優香

hanamoyu0711_05.jpg文の姉。小田村伊之助(後の楫取素彦)に嫁ぎ、長男篤太郎と、次男・久米次郎をもうけた。幕末の混乱の最中、夫の小田村伊之助が野山獄に投獄されたり、幕府軍が押し寄せてきたりする中でも気丈に振る舞い、"烈婦"として評判になったという。
仏教に深く帰依しており、夫が群馬県令に就任した後は、県内各地に説教所を開設するなど布教に力を注いだ。また、県内で生産された生糸の直売ルート開拓のために渡米する新井領一郎に、兄・松陰の形見の短刀を渡したことでも知られている。

 

毛利家の当主 有能な家臣を登用
毛利敬親 ・・・北大路欣也

hanamoyu0711_06.jpg長州藩第13代藩主。有能な人材を藩政に登用して改革を推し進め、藩の財政を建て直した。家臣たちに十分に議論をさせたうえで、その判断を信頼して任せることが多かったため"そうせい侯"とも呼ばれていたという。また、藩校の明倫館を移転・拡充させるなど、藩士の教育にも力を注いだ。
松陰が11歳の時に兵学の講義を受け、その英才ぶりに感銘を受けて以来、松陰を陰ながら庇ひ護ごし続けた。明治2年(1869年)に家督を子の元徳に譲るまで、32年間の長きにわたって藩主の座にあった。

 

長州藩を支える重臣
周布政之助 ・・・石丸幹二

hanamoyu0711_07.jpg藩校・明倫館に学び、若くして政務役筆頭となって藩政を取り仕切った。酒好きが高じてたびたび失敗を起こしたが、その優秀さ故に常に藩政の要として期待され続けた。
松陰が塾で正式に講義ができるよう計らったり、塾生らを江戸や京に送ったりするなど、松下村塾の活動を支援した。
しかし、松陰や塾生らの思想や活動内容が過激さを増すにつれ、その対処に追われるようになっていく。
元治元年(1864年)に幕府による長州征討が決まり、四国連合艦隊により砲撃を受けると、藩での実権を失い、山口で自害した。
●大河ドラマ初出演● 

 

松下村塾四天王の一人
吉田稔麿 ・・・瀬戸康史

hanamoyu0711_08.jpg松下村塾の塾生。高杉晋作・久坂玄瑞・入江九一らとともに松下村塾の四天王と称されている。実直な人柄で、松陰から特にかわいがられた。情報を集めるのが得意で、江戸に出てからは幕府とのパイプを使い、重要な情報を入手しては松陰に伝え続けた。松陰の死後、尊王攘夷運動に傾倒していったが、元治元年(1864年)、池田屋事件に遭遇して討ち死にする。
同じ塾生で後に明治政府の内務大臣にもなった品川弥二郎は「もし稔麿が生きていたら総理大臣になっていただろう」と語ったと言われている。

 

農民から初代内閣総理大臣になった男
伊藤博文 ・・・劇団ひとり

hanamoyu0711_09.jpg松下村塾の塾生。貧しい農民の家に生まれたが、父親が萩の下級武士の家を継いだため、自身も下級武士に連なる。
松陰の死後、井上馨らとイギリスに秘密留学。帰国後、塾生の高杉らと行動をともにし、倒幕運動へと突き進んでいく。明治政府樹立後、岩倉使節団の副使として欧米を視察。大久保利通の死後、内務卿となった伊藤は憲法の制定に尽力し、日本初の内閣総理大臣となった。
●大河ドラマ初出演●

 

松下村塾四天王の一人
入江九一 ・・・要潤

hanamoyu0711_10.jpg松下村塾の塾生。高杉晋作・久坂玄瑞・吉田稔麿らとともに松下村塾の四天王と称されている。下級武士の家に生まれたため、働きながら家計を支え、学問に励んだ。松陰の思想に深く傾倒し、他の塾生が過激さを増す松陰から距離を取ろうとしたのに対し、投獄されるまで弟の野村靖とともに最後まで松陰に従った。松陰の死後はさらに尊王攘夷運動に奔走し、下関砲撃事件や奇兵隊の結成に関わった。禁門の変では参謀として会津・薩摩連合軍と戦ったが、重傷を負って自刃した。

 

松陰の遺書「留魂録」を抱いた明治の大臣
野村靖 ・・・大野拓朗

hanamoyu0711_11.jpg松下村塾の塾生で入江九一の実弟。兄とともに松陰に最後までつき従い、城下の岩倉獄に投獄される。赦されて出獄した後は、幕府に恭順する家老の暗殺計画に関わったり、四境戦争で幕府軍と戦うなど、倒幕運動に身を投じた。明治維新後は内務大臣や逓信大臣を歴任するなど、近代日本の成立に尽力した。
明治9年(1876年)、沼崎吉五郎から松陰の遺書・留魂録を受け取った。
●大河ドラマ初出演●


 


題字:國重友美さんのメッセージ
hanamoyu0711_12b.jpg母方の故郷、萩にある松下村塾に初めて行ったのは小学生の時だった。
中学生の時には父方の故郷、防府まで高校受験のお守りを買いに行った。
そういった山口での風景を昨日のことのように思い出す。
新しいものにチャレンジする精神、世界に挑む志を持つ私のルーツはここにある。
幕末期の輝いた男達を支えた強く優しい長州の女を想いながら、魂を込めて描きました。
今回のご縁に感謝致します。

國重友美さん プロフィール
山口県生まれ。6歳より習字を始め、20歳のときに最初の英漢字作品をひらめく。
国語科書道科第一種教員免許を取得し、2003年より英漢字アーティストとして活動をスタート。独創的な作品を次々と生み出している。
 

 

「文が出会った至誠の人々」 … 制作統括 土屋勝裕
家族、友、弟子がいなければ、松陰は歴史にその名前を残すことは無かったと思います。家族や友が松陰を支え、松陰の死後は弟子たちが志を受け継ぎ維新を成し遂げました。松陰の辞世の句「親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん」は、親の愛を受けて育った松陰の愛の深さを物語っています。松陰は弟子たちを「愛す」とも言っています。今回発表するメンバーは特に、松陰を支え、志を受け継いでいった人物たちです。藩主・毛利敬親も松陰から兵学を学んだ弟子で、松陰の良き理解者でした。松陰の妹の文は、いつも松陰のそばで、松陰と家族、松陰と弟子たちが交わす熱い議論を聞いていたに違いありません。文と家族、そして仲間たちが、命をかけて激動の幕末を乗り越えていく姿を楽しみにしてください!
 


  平成27年大河ドラマ 『花燃ゆ』 

【ヒロイン・文】
 井上真央

【作】
 大島里美、宮村優子

【音楽】
 川井憲次

【制作統括】
 土屋勝裕、小松昌代

【プロデューサー】
 堀之内礼二郎

【演出】
 渡邊良雄、末永創 ほか

【クランク・イン】
 2014年8月

【放送予定】
 2015年1月~

「花燃ゆ」これまでの記事
→平成27年大河ドラマ『花燃ゆ』制作発表!主演は井上真央さん
→平成27年大河『花燃ゆ』大沢たかおさん出演決定!
→大河ドラマ 『花燃ゆ』 新キャスト発表!

 


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