編集部イチオシ

近藤勇、土方歳三、永倉新八...歴女イチオシ!週末ぶらり新選組の旅

歴女イチオシ!
週末ぶらり新選組の旅

 BSプレミアムにて放送中の「新選組血風録」、お陰様で大好評です! 「このドラマで新選組のファンになった!」という方も多いようなので、今回は新選組入門?の皆様に向けて、東京近郊の新選組関連の史跡を「歴女イチオシ!週末ぶらり新選組の旅」と題してご紹介しちゃいます!
  一人でじっくり回るもよし、夫婦で楽しむもよし、歴女とのデートコースにするもよし。週末はぶらりとお出かけになってみてください!


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 というわけで、新人ドラマ記者のアンザイです。大好きな歴史ものの取材ということで、またまたテンションが上がっています! (笑)
 今回は「東京近郊の新選組の史跡めぐり」というテーマなのですが、都内には試衛館跡や沖田総司の墓所など、10件を軽く超える新選組関連の史跡が残されており、とても1日では見て回れません。
 「日帰りで、楽しく散歩できて、デートコースにもなるように...」という編集部からの指令が出ていますので、現役歴女の友人たちに綿密なリサーチを施し、おすすめの見学コースを組み立ててもらいました。
 今回のターゲット(?)は、近藤勇・土方歳三・永倉新八の3隊士。三鷹から巣鴨を経由して板橋に至る、日帰りの小さな旅です。隊士たちの息吹を感じられる、週末プチ旅コースに仕上がっています!


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■三鷹で「近藤勇」のルーツを探る。
 旅のスタート地点は三鷹。ここは近藤勇の生まれ故郷です。ガチの新選組ファンである歴戦の歴女(?)にリサーチしたところ、

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 「三鷹には近藤勇のお墓や生家跡などがあるので、何をおいても回る必要がある」

 ...とのことで、新選組好きにはマストなスポットのようです。
 JR三鷹駅から近藤勇関連の史跡までは、小田急バスで移動します。ゆらりとバスに乗りながら外を見てみると、商店街に「ゲゲゲの鬼太郎」の垂れ幕が! そういえば、「ゲゲゲの女房」の舞台もこの近くでしたね~。
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 バスに揺られること20分、「竜源寺」というバス亭で下車します。
またまた現役の歴女によると、

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 「近藤勇はもともと、宮川久五郎という農民の子として生まれました。その後、剣術の師匠である近藤家に養子に入り、姓を近藤と改めたのですね。このお寺は、その宮川家の菩提寺です。すぐ近くには近藤の生家もあります!!」

 とのことで、まさしくこの一帯は近藤勇のルーツなのです!

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 お寺には近藤勇の像と、天然理心流の石碑が立っており、また境内の裏手には近藤勇一族のお墓があります。
記者が訪れたのはけっこう早い時間(しかも雨天)だったのですが、お墓参りに来たご同輩?とおぼしき人たちで、境内にはチラホラと人影がありました。死後もこれだけ慕われ続けている近藤局長。ドラマの人気も一役買っている...ので...しょうか...!?

 龍源寺でお墓参りをした後は、近くにあるという近藤勇の生家へ。お寺からは徒歩で数分、300メートルほどしか離れていません。ホイホイと数分で着きました。

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 残念ながら生家そのものは現存しておらず、今は井戸のみが残されています。
ここでまたまたまたまた歴女によると、

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 「近藤勇の生家は、かつては広大なお屋敷でした。ところが戦時中、調布飛行場を建設するにあたり、取り壊されてしまったようです」

 とのこと。明治維新から太平洋戦争まで、まさしく歴史の荒波にもまれた場所のようです。そう考えると、ぽつんと残された井戸からでも、歴史の色々な局面を思い浮かべることができますね。これも史跡巡りの楽しみといったところでしょうか。

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 そして生家跡のすぐ近くに、近藤神社という建物があります。ここは戦後、近藤勇を崇敬する有志によって建てられたものだそうで、それほど大きな建物ではありません。しかし、色鮮やかな「誠」の旗や、参詣する人が絶えないところを見ると「ここはファンの聖地なんだなあ」としみじみ感じさせてくれます。
 近藤勇の生まれた三鷹・調布は、今もなお自然の多い地域です。この地で農民として生まれた勇は、その後異例の出世をして、最後は幕臣にまで上り詰めます。そんな彼がなぜ朝敵とならなければならなかったのか。歴史とは、人生とは、明治とは...そんなことを考えながら、静かに手を合わせる記者でした。

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■ちょっと寄り道をして巣鴨へ!
 さて、次は近藤勇の終焉の地である板橋に向かいます...が、これだと真面目すぎて、デートコースにはならないですね。記者のような歴史オタなら全然オッケーなのですが、さすがにデートや夫婦で、という場合には一息つきたいところです。
 そこで「休憩がてら、ぶらぶらお散歩できる場所はありませんか。できれば歴史を感じられるところで」と歴女に聞いてみたところ...

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 「板橋といえば、中山道で日本橋から数えて最初の宿場町です。旧中山道を歩きながら板橋に向うのも、けっこう楽しいのではないでしょうか」

 という、年頃の娘とは思えないヘビーな答えが返ってきました! さすが記者の友達!
 とはいえ、旧中山道を全部歩くと日帰りどころではなくなってしまうので、板橋と日本橋の間にある「巣鴨」に行ってみようということになりました。巣鴨であれば、最終目的地の板橋までも徒歩圏内ですし、ノスタルジックな風景にも出会えそうです。

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 JR巣鴨駅を降り、駅から歩いて十数分。巣鴨の地蔵通り商店街の入口がありました。ここの「とげぬき地蔵」はテレビでもよく取り上げられるので、首都圏以外にお住まいの方でも、ご存じの方がいらっしゃるのではないでしょうか。商店街にはいい雰囲気の甘味処や香辛料の量り売りなど、都心ではちょっと見かけない風景があります。

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 せっかくなので、とげぬき地蔵さんにも参拝します。お参りにはちょっとした作法があって、「お地蔵さんに水をかけたあと、自分の治したい体の部位を拭いて健康を願う」という手順でお祈りをします。私は最近働き過ぎなのか、肩こりがヒドイので(笑)肩をしっかりと拭いてきました。

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 商店街の中を歩きまわり、途中にあった甘味処に立ち寄ってしばしゆっくり。店員さんに「板橋の近藤勇関連の史跡はここからどのくらいですか?」と聞いたところ、「あと15分くらいかなあ」と言われました。結構歩くんですね~というと、「ずっと商店街が続いているから、いろいろ見ながら歩くとすぐ着くよ」とのこと。
 地蔵通り商店街を西に進むと、都電荒川線が走っていました。商店街の中を路面電車が走る姿は、なんとも風情がありますね。

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■板橋の墓所で永倉新八と対面!
 商店街から西に進むと、JR板橋駅前にたどり着きました。
 駅の東口へまわって1分ほど歩くと、新選組の元隊士・永倉新八が整備したといわれる、近藤勇と土方歳三の墓所、諸隊士の供養塔、そして永倉新八自身のお墓があります。この一角は小さな公園のようになっており、平日のお昼にもかかわらず、沢山の人が手を合わせていました。

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 どうして三鷹にも板橋にも近藤勇のお墓があるの...? と思ったのですが、歴女によると

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 「近藤勇はここ板橋で打ち首になり、遺体はこの近くに葬られたと言われています。そして首は京都に送られ三条河原にさらされたのですが、その後首がどこにいったのか、実はよくわかっていないのです。元隊士が遺体の一部を取り戻したという逸話もあったりして、そのため近藤勇のお墓は全国にいくつかあるんです。三鷹のものは近藤勇の一族としてのお墓で、板橋は近藤勇の散華の地ということで、永倉新八が整備したものとされています!」

 とのこと。

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 この大きな石碑のある一角が、供養塔兼・近藤勇と土方歳三の墓所です。中央の供養塔の側面には、戦死した新選組隊士たちの名前が彫り込まれているのですが、残念ながら痛みが激しく、全てを読むことは出来ませんでした。
 しかし根気強く読んでいくと、戦死した隊士だけでなく、粛正された隊士たちの名前もが彫り込まれていました。どういった気持ちで、粛正された隊士たちの名前を彫り込んだのか...そんなふうに思いを馳せているだけで、何時間でも過ごせそうですね。これまた歴史散歩の醍醐味です。

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 そしてこちらは永倉新八のお墓です。永倉新八は維新後北海道に渡り、そのまま現地で亡くなるのですが、その後遺骨の一部が板橋に移され、いまは近藤勇のそばに眠っています。

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 この墓所には供養塔のほかにも、新選組ファン同士が交流するためのノート置き場、近藤勇の仮の墓石と言われる岩、近藤勇・土方歳三の肖像画、永倉新八の写真など、新選組ファンなら必見の文物が、所狭しと並べられています。
 そして近くの喫茶店は、新選組ファンの集まるスポットになっているご様子。時間があればここで一休み...というのもいいですね!

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■ご住職にも話を聞いてみた
 板橋の墓所は小さいながらも見所が沢山。あれこれ写真を撮ったりしていると、もう夕方になってしまいました。週末ぶらり散歩はここでおしまい。ではまた来週...と終わっても良いのですが、もっともっと新選組について知りたい!と好奇心がムクムク沸いてきたため、墓所を管理されている、壽徳寺のご住職にもお話を聞いてきました。

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 墓所から壽徳寺までは徒歩10分ほど。静かで綺麗な境内です。突然の取材依頼にも関わらず、ご住職には優しく応対していただきました。本当にありがとうございます。

記者:
 「駅前の墓所はどういった由来で出来たのですか?」

ご住職:
 「近藤が処刑されたのは、板橋宿の平尾一里塚付近と言われています。処刑後、この壽徳寺の檀家であった石山さんという方によって、近藤の遺骸が埋葬されました。しかし、明治政府の意向により明治9年まで墓を建ててはならないとされたため、近藤はひっそりと眠ることになります。明治9年を過ぎた後も、お墓は目立たない佇まいのままでした」

記者:

 「今のような立派な墓所ではなかったのですね」

ご住職:

 「そうです。その後、近藤の遺骸を奪還するため、新選組関係者がしばしばこの板橋宿に訪れることになります。中には近辺で暴れたり盗みをはたらくものもいたりして、あまり旧板橋宿の住民にとって、新選組のイメージは良いものではありませんでした。しかし、元新選組隊士・永倉新八などの尽力により、現在の場所に立派な墓所が出来たのです」

 ...とのこと。
 ご住職によると、毎年4月25日頃に近藤勇の供養祭を行っており、全国から近藤勇を慕う、多くの人が羽織姿で訪れるそうです。年によっては500人を超えることもあるとか。

 そして最後に、記者が福島生まれの宮城育ちという出身のためか、東日本大震災の話になりました。ここでご住職が一言。

ご住職:

 「もし新選組が現代に生きていたら、震災後数日で現地に駆け付けていたでしょうね...」

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 ...うーん、とうなってしまいました。
 新選組というと、どうしても暗殺集団という怖いイメージがあります。しかし、隊士たちが最後まで幕府に忠誠を誓い、次々と命を落としていっていたことを考えると、彼らは本当に「人のため、国のため」に、ただ純粋でまっすぐに活動していたのではないか、と思うこともあります。住職のこの言葉も、そういった背景から出たものではないでしょうか。

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 ...というわけで、新選組の史跡を巡る日帰りぶらり旅、いかがだったでしょうか。このコースだと、ちょうど半日くらいで回ることができると思います。
 みなさんも、週末はお一人で、お友達と、恋人と、もしくはご夫婦でお出かけになってみてください。プチ旅行で歴史の息吹を味わっていただいて、帰宅後はBSプレミアムで「新選組血風録」(日曜夕方6時45分から)を味わっていただければと思います!


■関連ホームページ
BS時代劇 「新選組血風録」


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