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秋からの朝ドラはデザイナー「コシノ」一家がモデル!

■ヒロインは"大阪のお母ちゃん"朝ドラ「カーネーション」発表!
連続テレビ小説第85作、ヒロインは「大阪のお母ちゃん」です。大正時代lこ生まれ、日本のファッションデザイナーの草分けとして活躍、やがて女手ひとつで三人の娘を世界的ファッションデザイナーに育て上げたヒロインの波乱万丈の物語。
舞台は、勇壮な「だんじり祭り」で知られる大阪・岸和田市です。大正から昭和、平成までを『だんじり魂』で駆け抜けた92年の生涯。そのパワフルで笑いに満ちた女性の一代記を愛情たっぷりに描きます。

真っ赤なカーネーション、それは母から娘へ、娘から母へ届けられる感謝のエール・・・。この物語は大阪・岸和田で、生まれ育ったファッションデザイナー・小篠綾子さんをモデルに、仕事に生き、母として生き、ファッションを通して人々に夢と喜びを与えることに生涯を捧げたヒロインとその家族を描く"青春一代記"です。

■あらすじ
この物語のヒロインの名は小原糸子(オハラ・イトコ)。大正二年、大阪・岸和田の呉服商の娘として生まれました。生まれながらにおてんばだった糸子はだんじり祭りが大好き。でもそれを曳くことができるのは男だけでした。「女より男やったら人生どんなに楽しいんやろ...」そう思った糸子はやがて「女にしか出来んことを見つけて自由に生きたい」と思うようになり、裁縫の道を選びます。やがて岸和田のパッチ屋で一台のミシンと運命的な出会いを果たした糸子は、父の反対を押し切って女学校を中退。ミシン修行を積んで、20歳のとき、夢にまで見た洋装店を開業します。その後糸子は22歳で父の見合わせた仕立て屋の男性と結婚。
しかし三人目の子供をみごもったとき、夫は出征先で戦死し、女手ひとつで娘三人を育てることになりました。
絵が得意でお嬢さん育ちの長女、だんじり好きで男勝りの次女、そして女子テニスで日本一になった三女。
「職場が男の戦場なら、育児はそれ以上の女の戦場です」と言ったお母ちゃんと、個性あふれる三姉妹が織り成す涙と笑いの子育て奮闘記の始まりです。

■ドラマの舞台
ヒロイン・糸子が生まれ育った大阪・岸和田市はかつて岸和田藩主・岡部氏の城下町として栄え、明治以降は糸偏産業の街として発展してきました。岸和田のシンボル・岸和田だんじり祭りは五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭がその始まりと伝えられ、約300年の歴史と伝統を誇ります。曳き手が走り、速度lこ乗っただんじりを方向転換させる「やりまわし」を見どころとして、60万人の観光客が集まります。

■ドラマのモデル・小篠綾子(コシノアヤコ)さん
1913年(大正2年)、呉服屋の長女として生まれる。綾子という名前は、一生糸に関わる仕事に就けるようにと名付けられた。15才でミシン踏みの修行から洋裁の道に進み、岸和田にコシノ洋装店を開業。その後結婚し、24歳で長女ヒロコを出産、以後終戦までに次女ジュンコ、三女ミチコが誕生し、その間オートクチュールの草分け的ヒットを生む。30歳のとき、紳士服のテーラーだった夫が出征し戦地で病死。戦後は女手一つで娘3人を育てる。三姉妹が世界的なデザイナーとして活躍するようになった後も岸和田で洋装店を続けた。2006年、脳梗塞で帰らぬ人に。享年92歳。

■タイトル「カーネーション」について
母の日に贈る花として世界中で愛されているカーネーション。花言葉は「情熱」と「母の愛情」。この物語のヒロインの人生はカーネーションにたとえられます。女性を美しくする洋服を作ることに打ち込んだ「情熱」の青春時代。そして仕事にほんろうされながらも三人の子育てに奮闘した「母の愛情」の後半生。昭和という時代の荒波をかき分けて必死に生きてきた日本の母親たち、そして母親を慕うすべての人たちに贈る、家族の絆の物語。それが連続テレビ小説「カーネーション」です。

■企画意図
無縁社会という言葉が生まれ、人と人との結びつきが失われつつある現代。この絆の喪失が現代人から生きる実感を奪っているのかもしれません。だからこそ、家族と、地域と、そして自分自身としっかり向き合うヒロインを描きたい。ファッションデザイナー・小篠綾子さんをモデルにドラマを作りたいと思ったのは、そんな思いからでした。ドラマの舞台となる大阪・岸和田市はだんじりの街として知られています。中でも全速力で曲がり角を走り抜ける「やりまわし」は岸和田だんじり祭りのシンボル。それ見たさに訪れる 60万人の観光客を毎年魅了してやみません。綾子さんの人生もまた、この豪快なやりまわしのように「体当たり」の人生でした。「どうして男だけが好きなことできんの?女だって自由に生きたい」と言い、それを実行した綾子さん。「針とはさみをうまく使えば女は美しく見える。それが女たちに喜びを与え、生きる力になる」そう気付いた時からファッションに魅せられ、夢をふくらませました。それからは仕事にも遊びにも一生懸命。もちろん、男社会の真っただ中で女性が好きなことをするのは大変なことでしたが、そんな「母」の生きる辛さや喜びを見て、三人の娘たちは成長し、やがて世界へと羽ばたいていったのです。綾子さんが娘たちに残した最後の言葉は「与うるは受くるより幸いなり」。自分が好きなことから始め、与えることに喜びを見出すようになった人生。人と触れ合うことで豊かになっていく人生の素敵さをとっておきのエピソードとともにお届けします。どうぞ半年問、お楽しみください。

■脚本家の言葉――渡辺あや
小篠綾子さんの92年の生涯。それはそのまま大正から平成にいたる日本の女性史、と同時にファッション史、生活文化史でもあります。激動も波乱もてんこもりな三つの時代を背景に、しかし物語はあくまでも、ひとりの女性のそぼくな愛情の歴史でありたいと思っています。綾子さんが晩年に書かれた言葉があります。「敗戦の瓦礁の中から、戦勝国も目を見張る高度経済成長を遂げ、今日の繁栄を築いた、バイタリティあふれる戦後の復興。それを支えたほんとうの力は、日本中の母親たちの母性愛だったのではないか、と私は思っています。子供たちに少しでもいい暮らしをさせてやりたい。その純粋な思いで、一心不乱に、ひたむきに働いてきたのは私だけではありません。男はんをぎょうさん戦争にとられ、(中略)焼け跡でほんとうに生きる根性を見せたんは、日本中のお母ちゃんやったと思うのです。」綾子さんの、こんな鮮やかな誇り。そして、同じ時代を生きた女性たちへのやさしい敬意。これから私たちがドラマの中に育て咲かせるべきも、きっとそういうかたちの「花」である気がしています。一輪の花のような毎日の15分が、やがて大きな花束となって、抱かれることができますように。あの花の意味が、時間も場所も立場も超えて、届きますように。

<渡辺あや>
1970年兵庫県生まれ。島根県在住。大学卒業後、ドイツで5年間を過ごす。 2003年に映画「ジョゼと虎と魚たち」で脚本家としてデビュー。その後主に映画の脚本家として活躍。2010年NHK大阪放送局制作ドラマ「その街のこども」 NHK広島放送局制作ドラマ「火の魚」で放送文化基金賞脚本賞を受賞。また「火の魚」はイタリア賞をはじめ海外のコンクールで多くの賞に輝き注目された。

 

■制作にあたって――チーフ・プロデューサー 城谷厚司
「いったいどんな育て方をなさったのですか?」三人の娘を個性あふれるデザイナーに育てた小篠綾子さんに初めて会う人の10人が10人、こう質問をしたそうです。そのたびに「何もしてません。ただ娘たちは私の背中を見ていただけです」と答えていたとか。これ以上の潔い答えがあるでしょうか。教育は子供への投資ではない、子供を叱る前に、まず親の生き方が問題...頭ではわかっていてもなかなか実行できるものではありません。しかし逆に言えば、自信を持って堂々と生きてさえいれば、子供は必ず見ていてくれる。そんなメッセージにも聞こえます。「とにかく忙しかったからあっちへ行け、と言い続けたんですよ」しかし娘たちはミシンの下でかくれんぼしたり、床に落ちたボタンを拾ったりしながらひそかに母の姿を追いかけていたのだと思います。仕事に没頭する母の姿は娘たちに何かを語っており、目が離せなかったに違いありません。仕事lこ、遊びに、恋に、一生懸命。自分の好きなことに正直に生きてきたお母ちゃん。私たちは半年間、その背中を見つめ、そこにどんな人生が凝縮されていたのか、ひも解いていきたいと思います。きっとそこに人生を豊かに生きる、そして大切な人を幸せにする秘訣が隠されていることを信じて。

■放送予定
平成23年10月3日(月)~平成24年3月31日(土)
※放送予定が変更となりました。

■制作スケジュール
平成23年1~2月ヒロイン・オーデイション
平成23年2~3月ヒロイン発表
平成23年5月中旬クランク・イン予定


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