『月に降りたロボット〜ソビエト秘密計画〜』 2008年5月28日(水) 19:00〜19:45

今から30年ほど前・・・。
アメリカのアポロ11号が人類初の月面着陸を成功させ、世界中が熱狂したかげで、ソビエトが探査車を2台、月面を走らせていたことをご存知ですか。
その小さな月面探査車の名は「ルノホート」。
地球からの遠隔操作で動く車型ロボットで、長い間、ソビエトのトップ・シークレットでした。
搭載できる電力はわずか電球1個分。
にもかかわらず40万キロも離れた地球から、自由に遠隔操作できるロボットを作る。
月面はどのくらい固いのか、それとも砂地なのか、まったくわからない手探りの中で、このソビエトの極秘計画は進んだのです。
知られざる「ルノホート」開発にかけた、ソビエトの天才技術者たちの熱い思いを伝えるドキュメンタリーです!
原題:Tank on the moon
制作:ZED・Corona Films / フランス / 2007年
番組内容
2008年5月28日放送

○ソビエトの野望とロボット研究
ソビエトの宇宙開発研究は、将来的に月面に基地を建設することを目的に行われていました。地球から遠隔操作ができる探査ロボットの開発は、そのための最初の一歩でした。
開発の中心人物はアレクサンダー・ケマルジャン。彼を中心とするチームは、実験を重ねた末に車輪を8個持った、カメのような車体の試作機を完成させました。走行実験は極秘にカムチャッカ半島で行われ、次々に改善が加えられていきました。
月面の昼と夜はそれぞれ2週間ずつ続きます。そして気温は、昼は160度、夜はマイナス170度にもなります。気温の過酷な変化を無事に乗り切るために“フライパン"とよばれるふたが開発されました。これは裏が太陽電池になっていて、昼間に得たエネルギーを車体に供給、夜はふたを閉じて厳しい寒さから機器を守るという、とても独創的な仕組みでした。
○月への一番乗り目前で・・・
ケマルジャンのチームが開発した無人探査機「ルノホート」は1969年2月にロケットに積まれて発射されました。アポロ11号が打ち上げられるわずか5ヶ月前です。
しかし発射直後にロケットは爆発。打ち上げは失敗に終わりました。月に一番乗りするという国家の威信をかけたソビエトの夢は、粉々に砕け散ってしまいました。
○ルノホート、ついに月へ!!
1970年、新しいルノホートがロケットに積み込まれました。発射は成功し、ソビエトの科学者たちの夢のロボットは、ついに月面に到達したのです。
月面のルノホートを地球から遠隔操作で動かすドライバーは、厳しい審査をくぐりぬけて選ばれた14人。彼らはルノホートから送られてくる、決して鮮明とはいえない映像に目をこらしながら必死に操作を続けました。
地球から見守り続ける科学者たちは、ルノホートがクレーターに落ちるなど、緊急事態が起こるたびに、忍耐強く最善の対処を工夫し続けました。そしてルノホートは当初の予定を大幅に過ぎて11ヶ月も月面調査を続けたのです。
ルノホートは、2万枚以上の月面写真や、500か所以上の土壌分析データを地球に送信しました。こうした調査をすべて地球からの遠隔操作だけで達成したのです。
この後、ルノホート2号が73年に打ち上げられましたが、無人探査計画のすべては秘密にされていました。
○チェルノブイリ原発事故にルノホート技術が活躍!
ケマルジャンたちの研究は月以外の惑星探査を目的としてその後も続きました。
その技術は、思わぬところで活躍することになります。
1986年に起きたチェルノブイリ原発事故。現場は放射能に汚染され、人間が近づくことは極めて危険です。しかし、別の原子炉の屋上に飛び散ったがれきを、一刻も早く取り除かなくてはなりません。ソビエト政府の指導者たちは、ルノホートの開発者たちを呼び寄せます。そして、ルノホートの技術を受け継いだ無人探査車が開発され、除去作業のために現場に送り込まれたのです。
○そして今・・・
ケマルジャンたち開発者の存在は、ソビエト政府が崩壊するまで西側諸国に広く知られることはありませんでした。
1990年に火星探査車として開発されたソビエトの「マーズホート」が、アメリカやヨーロッパの注目を集めたことをきっかけに、ケマルジャンたちと西側諸国の科学者たちの間に交流が始まりました。
人類は、将来、もっと遠い星へ無人探査ロボットを送り込むかもしれません。そこにはケマルジャンや彼のチームが残したルノホートの技術が、受け継がれていることでしょう。


