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本にまつわる物語
脚本家・大森美香さんインタビュー
『この声をきみに』では毎回、魅力的な童話や詩が登場します。あるときはドラマのスパイスとして、あるときは登場人物の心情をあらわにするものとして・・・。そこで、ドラマで採用された本について、脚本家の大森美香さんにお話を伺いました。

『ハート型の思い出』(寺山修司)

「朗読会で、泰代さん(片桐はいり)が朗読する『ハート型の思い出』は、最初が3文字からはじまり、最後も3文字で終わる文字列がハートになっている作品です。朗読しているとそれは分かりませんが、寺山さんのすてきな言葉遊びだと思います。第1回で京子先生(麻生久美子)が寺山さんの作品を読んでいるので、最終回のどこかでぜひ寺山さんの詩を登場させたいと考えていました」。

『おおきなかぶ』(A.トルストイ・内田莉莎子訳)

「京子先生に、『人生はそんなに悪くない』と笑顔で思ってもらえるような作品を、教室のメンバーみんなで朗読したいと、いろいろな作品を考えました。詩がよいかとも思ったのですが、「最後にみんなで読むのは『おおきなかぶ』でなくては!」という演出の笠浦さんたっての願いでこの作品になりました。どんな演出になるのか楽しみですが、とても楽しいお話だし、朗読教室のみんなが『うんとこどっこいしょ!うんとこどっこいしょ!』と読む姿は、きっと先生を笑顔にしてくれると思います」。

『ことばはやさしく美しくひびきよく・・・』(サトウハチロー)

「この詩は、いつか佐久良先生(柴田恭兵)に読んでもらいたいと思っていたので、最後の最後に入れました。『美しいことばは相手にキモチよくつたわる ひびきのよいことばは相手のキモチをなごやかにする』。ことばの美しさやすばらしさシンプルに伝えている詩です。それを佐久良先生が朗読すればより説得力がでるし、朗読をテーマにしたこのドラマを締めくくるにふさわしいと思いました」。

『あれも食いたい これも食いたい』(東海林さだお)

「東海林さだおさんのエッセイは読んでいると本当に食べたくなります。この食欲と言う欲望が朗読するとどう伝わるのか試してみたいと当初から思っていました。どのエッセイにするか迷いましたが、ちゃんとしたおそば屋さんの天ぷらそばではなく、立ち食いそば屋の天ぷらそばというのがまたいいですよね(笑)。邦夫さん(杉本哲太)が読んでいる怪しげな朗読会に定男さん(平泉成)も連れて行くようにしたのは、ここでお父さんにも新しい一歩を踏み出してほしかったからです。人生にはいろいろな楽しみがいっぱいあるぞって」。
「余談ですが、邦夫さんを船乗りという職業に設定したのは、朗読教室を取材させていただいたときに実際に船乗りの方がいらっしゃって、その方のお話がとても魅力的だったからです。奥さまのために朗読していらっしゃるのことで、それがとても素敵に感じたので、そのまま使わせていただきました」。

『HERO』(桜井和寿)

「詩や童話だけでなく、歌詞も取り入れたいと思っていました。このシーンでは、孝さん(竹野内豊)が京子先生(麻生久美子)を探して走り回っているときに、たまたまこの歌詞を朗読している絵里さん(趣里)の声がオーバーラップします。普通のドラマなら主題歌やテーマ曲が流れるところを、朗読にしてみたらどうなるんだろうという発想です。朗読を演出として使うというチャレンジをしてみたかったのです。そのときの孝さんの心情にどこか近い歌詞はないだろうかと考え、「HERO」のフレーズのある曲を考えました。以前からMr.Childrenさんの歌はメロディだけでなく、歌詞が印象的だと思っていて、この歌詞が思い浮かびました」。

『数学的媚薬』(ポール・オースター編)

「朗読作品に小説を取り上げたいのですが、短編であってもドラマに組み込むには難しい。短く区切ると意図が伝わらないし、長くなるとドラマの本筋がずれてしまいます。『数学的媚薬』は簡潔かつドラマチックで、短い中でも恋愛とはどういうものか?という問いに腑に落ちる答えがある作品だと思い、選びました。数学者である孝さんにこの本の朗読を勧めるのは、ニュートラルな感覚を持つ雄一くん(戸塚祥太)しかできないと思いました。また普段はさえない風貌の孝さん(竹野内豊)に、朗読的空想の中で一瞬でも「これぞ恋愛ドラマ」という美しい男性を演じてほしかったというのも本音です」。

『おじさんのかさ』(佐野洋子)

「ちょっと滑稽で、かわいらしい物語です。きっと多くの人に楽しんでもらえると思ったし、不器用だけど純粋な孝さんにぴったりだと思いました。そして、孝さんの父親の定夫さん(平泉成)にも。一見、相入れない親子のように見えますが、2人は根っこの部分でとても似ている部分があると思っています。また、年配の方々に朗読を聞いていただくシーンをどこかで入れたいと考えていたので、孝さんの父親がいる介護施設で朗読する設定を作りました」。

『回転ドアは、順番に』(穂村弘・東直子)

「これは、ある春の日に出会って、ある春の日に別れる男女の心情を、詩人の穂村弘さんと東直子さんがお互いの言葉に刺激され合いながら順番に綴った恋愛問答歌です。朗読や声をテーマにラブストーリーを書こうと思ったとき、物質的に近づいたり、ふれ合うことはしないで、声だけで駆け引きしたり、密接な関係にさせることはできないだろうか?と考え、当初からこの本を朗読できないかと考えていましたが、とても大きなチャレンジでした(笑)。このシーンがどう撮影されたか、視聴者の方々にどう届くのか、心配でもあり、楽しみでもあります」。

『今日』(伊藤比呂美訳)

「奈緒さん(ミムラ)に何か朗読してほしいという気持ちがありました。今は孝さんにキツイ言葉をばかり投げてしまう奈緒さんだって、本来は優しい声を持ち、本当はいつだって優しい声で語り掛けたかったはずなんです。奈緒さんにエールを送るような作品はないだろうか、探しに探してめぐりあったのがこの作品です。読み人知らずの詩で、それを日本語に訳してくださったのが伊藤比呂美さんです。奈緒さんの固まってしまった心をホッと少し緩ませ、ドラマを見てくださっている方にもそんな柔らかな気持ちが届けばいいなと思いました」。

『くじらぐも』(中川李枝子)

「これは、私が小学生のころに教科書で実際に読んだことのある物語でした。シンプルで、そして想像力をかきたてるお話です。エンディングのタイトルバックでも象徴されているように、孝さん(竹野内豊)は自らの考え方や価値観でがんじがらめになっています。そんな孝さんを、いつか物語のくじらのようにふわっと飛ばせてあげることができたらいいなと思いました」。

『雨ニモマケズ』(宮沢賢治)

「カフェライブという設定だったので、朗読としてスタンダードな作品がいいなと思って選びました。『群読の場合は、こんな感じで読むパートを割り振ります』という例を朗読の先生から書く前に教えて頂き、それを参考に書かせていただきました。そして、出来上がった映像を見て、その迫力に驚かされました。『生きる』の群読もそうでしたが、人の声って本当に力強いものなのですね」。

『ふたりはともだち』(アーノルド・ローベル)

「朗読の先生やスタッフさんおすすめの朗読にふさわしいと思われる本を、脚本を書き始める前に何冊も送っていただきました。そして、その中にこの一冊がありました。実は私も最初、孝さん(竹野内豊)と同じようにカエルが主人公か・・・と思いながら読みはじめたのですが、どんどん物語に引き込まれました。孝さんは、どうして歩みの遅いカタツムリに手紙の配達をわざわざ頼んだのか?と不思議がりますが、私も同様にドキドキ読んでいました。きっと、なかなか届かない手紙を待っている、その時間がいいんでしょうね」。

『生きる』(谷川俊太郎)

「孝さん(竹野内豊)の心にぽっかり空いていた空洞が一瞬満たされる。その際に読まれている作品はどのようなものがいいだろうか?もちろん谷川さんのこの詩は知っていましたが、じつは最初ほかの作品で考えていました。でも、いまいちしっくりこないなと思って、監督をはじめとするスタッフのみなさんに相談すると、『生きる』が候補に上がりました。とてもストレートな作品なので、数学のことしか頭にない孝さんの胸にも響くはずだと思い選びました」。

終わったけど、はじまっています。

最終回では、成長した孝さん(竹野内豊)を見せたかったので大学での講義のシーンを入れ、物語のラストは孝さんと京子先生(麻生久美子)の会話で終わりたいと考えていました。そして、孝さんが京子先生に言う『この声をきみに』という最後の決めセリフ。これは、第1回の孝さんなら絶対に言わないセリフでしょう。京子さんへの呼び方も当初の『あんた』『あなた』『そっち』から、途中で『先生』『京子先生』となり、そして最後の最後に『きみ』へと変わっていく。そこが自然に出来るかどうか、とても難易度は高かったけど、最後はどうしても言ってほしかった。どんな声に仕上がっているか、私もとても楽しみです。
ドラマは最終回を迎えました。でも、私の空想の世界での『この声をきみに』ははじまったばかりです。孝さんと京子先生はこの先もきっと何度もケンカしながら、離れたり、くっついたりするんだろうな。航海から邦夫さんが帰ってきたとき、孝さんはどんな顔をするだろう?もしかすると抱きついて再会を喜ぶかもしれない。実鈴ちゃんは不毛な恋に喜んだり傷ついたりしつつ成長して、いつか声優としてデビューできたらいいな。絵里さんの恋話も書きたかったけど、由紀夫くんあたりと出会ってみたらどうだろう。雄一くんもいいパートナーと出会ってほしいし、喜巳子さんがボランティア仲間のいざこざに巻き込まれる話や、邦夫さん夫婦の出会いの話なんかも見てみたい。続編が出来たら、その時こそきっと佐久良先生の奥さんが登場して、孝さんは朗読による新しい刺激で新しい論文を書き東原さんをびっくりさせたりして。そして奈緒さんや子どもたちと新しい関係を築いて、ずっといいお父さんでいつづけてほしいな……などなど。
今はそんなとりとめのない空想がどんどんはじまっています。脚本家としての仕事は終わりましたが、私の中での物語はこれからまだまだ続きそうです。