A.ひとつ思っているのは、公式資料が残っていない、実は何をした人なのか分からない部分もかなりある。フィクションである部分が大きいんですよね。
だから、白洲次郎をどう受け止めるか、受け手側の想像がものすごく大きくなっている。写真を見るとあまりにかっこいいんで、こういう人だったんじゃないかという想像が大きく膨らんでしまう。誰にとっても、自分がなりたい、思い描きたい白洲次郎になってくれるーそういう部分があるんですよね、彼の履歴も含めて。まるで理想を映し出す、合わせ鏡のような存在なわけですよ。しかも、そんな思いを何も言わず全て受け止めてくれるという(笑)。ブラックホールのような、ものすごく“巨大なフィクション”という気がするんですよね。
もちろん、今回描く白洲次郎像が絶対的であるとは思っていません。本物に近づきたいと思って努力しているし、徹底的に調べてもいるけれど、この白洲次郎像が絶対だと思って欲しくないという、相反した気持ちも間違いなくある。むしろ、このドラマをきっかけに、色々な僕たちの知らない情報が発掘されてほしいとも思っているんですね。
決して、彼を持ち上げるだけ持ち上げるという意図もありませんしね。ただ、今生きている僕らが学ぶべき点が、数多くありますからね、彼の信念を貫いた生き方の中には。それを、二元論的な、しかも道徳的な善悪で判断するのはドラマの仕事ではない。人間であれば、誰もが複雑な様々な顔を持っている。その清濁併せもった、複雑な次郎さん像を描くことが、フィクションの仕事だとは思っています。
「白洲次郎という実在する人物、その実像にどこまで迫れるのか」−そんな覚悟と、そこからぶれてはいけないという自戒の念も込めて、あえてタイトルを“白洲次郎”にしました。
A.“本物”を追及していたら、時間もお金もいくらあっても足りない。その中でいかにフィクションとしての嘘をつきながら白洲次郎に向き合っていくのか。これだけ活動が多岐に渡る人物になると、武器になるのはそれぞれのスタッフ個人の(俳優部も含めての)美意識になってきます。
例えば伊藤佐智子さん(衣装デザイン)が何を武器にして白洲次郎に迫っているかというと、彼が実際に着ていた服をそのまま再現するという方法論ではなくて、伊藤佐智子さんの美意識と感性で作っていると思うんです。無論そこには、様々な経験と知識の蓄積がありますけどね。美術も、カメラの切り取り方もそうです。実際に“伊勢谷次郎”が動き始めたときに、現場でどう感じてアクチュアルに切り取っていくかというところで、個々の「こうであってほしい白洲次郎像」が動き出すと思うんですよね。それは撮影していく中で、言葉にしていちいち確認しなくても、スタッフ全員分ってましたよね。目の前で動いて少しずつ成長していく伊勢谷君演じる白洲次郎を見ていて、あるとき「あ、次郎さんてこうだったんじゃないか」と本当に思える瞬間が間違いなくあったわけで。そういうことを通じて、見て下さる方々が僕たちの作った白洲次郎像から、何を感じ取ってくれるか、だと思います。
A.伊勢谷君自身も映画監督もしていてアーティストだし、俳優である自分をすごく客観的に見つめられる自分もいる。俳優業だけでなく、もっと自分で楽しめるものとか大事なものを持ってる人のような気がするし、入り込み方のバランスがすごくいいと思うんですよね。白洲次郎さんもそうだったと思うんです。役者としてはもちろんのめりこんでくれているけど、なんというか、のめりこみ方が異常にならないというか、非常に常識人としての“大人の”白洲次郎になっていると思います。“勢い”や“自分の感情”に任せて何かをするだけではなくて、一つ一つの行為に理性が働いているというか、理性とプリンシプルがちゃんとあるというか。伊勢谷君個人にもそういうところがあると思っていて、そこに僕が思う白洲次郎像と重なる部分があると思います。
まだ伊勢谷君は32歳なのに、曲げられない何かがある気がするんですよね。譲れないところをちゃんと持っていて、そういう部分を持てなくてみんな苦労している、だから白洲次郎に憧れるんだけど。演じる以前の問題でそういうことを持っている役者さんかどうかって、今回のドラマにとってはすごく大事な素材というか、そう思いますね。
A.イギリスロケから戻ってきて、大きく変わったという気がしました。まず最初に畑のシーンから入ったんです、伊勢谷君の初日(国内ロケ)って。
まず畑で泥だらけになって汗をかいてもらうことが、生の白洲次郎像に近づくために、もっとも重要なことであると思っていましたから。
で、雑草を刈ってもらうところから撮影が始まり、その後イギリスのケンブリッジに行く順番でした。イギリスに行って、ああいうところで白洲次郎さんが9年間暮らした人だということを伊勢谷君なりに実感し、咀嚼して、それで変わった感じがしますよね。次郎さんの原点にある一番多感な時期、17歳からの9年間を暮らしたイギリス、ケンブリッジ。そこで吸収したものが彼のベースになっていると思うんです。僕らが行ったのはロケのたった2週間弱ですが、その中で伊勢谷君なりに感じるものが相当あったという気がするんです。戻って来てからの佇まいが、本当にびっくりするぐらい急速に変わって行った、それが一番ですよねやっぱり。
A.最後にちゃんと「メリークリスマス」って言って、礼を尽くして去るところは、伊勢谷君なりに“白洲次郎さんだったらこうだったんじゃないか”ということを考えつくした、ひとつの到達点だと思っています。“僕だったらこうする”と言うことが、“白洲次郎像”と違和感無く重なっている、まさにそのピークの瞬間の撮影だったように記憶していますからね。
無論僕も脚本を書いている段階で、演出的に何か一工夫必要であることは感じていました。
ですから、「どうぞ」っていう感じでしたね。実際、このシーンだけでなく、いろんなアイデアを出してくれるんですね、伊勢谷君も。それが本当に撮影が進むにつれて、全く違和感なく「どうぞお好きに」っていうことになってくる。そういう瞬間まで、じっといろいろなボールを投げかける、我慢するのが僕ら演出家の仕事でもあるから、それは「やった!」ってことになる。あとは、眼の前で生の白洲次郎像がぐぐっと生き始める、それを充分に楽しめばいい。乱暴な言い方だけど、伊勢谷君が演じればなんでも白洲次郎になっちゃうくらいの、そういう捕まえ方がだんだん出来るようになってくる、そこまでくればしめたもの、ですからね。現場スタッフが本当に高揚して“伊勢谷次郎”を見つめていた―その瞬間を“演出”できたことが、今回の仕事の、僕の最大の喜びでしたね。
A.歴史的な評価がちゃんと定まってる人ではない部分もあり、そのへんの怖さはあるけれど、だからこそフィクションとして自由にいける部分もある。白洲次郎目線で見るからこそ、戦後最大の宰相である吉田茂も一般的な評価とは別の描き方で描けるし、近衞文麿も、日本を戦争に導いた指導者という見方ではない、もっと人間味のある目線で一国の指導者を見つめていけるわけですよね。なぜかというと次郎さんは彼らと政治家として付き合ったわけではない。もっとプライベートな感覚で付き合った人だから。プライベートな吉田茂像、近衞文麿像にアプローチしていける、人間像に踏み込んでいけるという意味でも、白洲次郎さんの存在は大きいと思っていました。
昭和史は、なかなか踏み込んでいけない部分がまだいっぱいありますよね、そこを今回思い切って白洲次郎さんの目線を通して語ることで、ちょっと踏みこんでフィクションに出来た部分もある。で、それがどう受け止められていくか、楽しみでもあったし、不安でもあった。ただ、僕らは必ずしも歴史を描くことを目的として作っているわけではないので。あくまでも白洲次郎さんという人物を描くこと、彼を通して伝えたいメッセージがあるから作っているわけで。彼の生き方や彼の中にあった精神がどういうものだったか、僕達自身が創作を通じて追体験したい、それをエンターテイメントとして視聴者の皆さんに届けたいということが、最大の目的だったので。ですから、その結果が視聴者の皆さんにどう受け止められるのか、本当に楽しみですよね。
A.なんだかんだ言って次郎さんはプリンシプルを大事にした人だから、それに固執するあまり自由になれないところもあったと思うんですよ。イギリスという“しきたり”の社会の中で青春期を過ごした人でもあるので。その次郎さんにとってみると、正子さんってアメリカでおてんばに暮らしてきて、貴族社会の中で生まれ育った令嬢なんだけど、すごく奔放な感性と精神を持った人だったから、彼女みたいなパートナーをそばに置いておくことが次郎さんにとって大事なことだった気がするんですよ。安全弁というか、なんというか。
「Noといえる白洲次郎」、その背中を押していたのは、間違いなく正子さんだったという気がしているんですよね。
不思議なカップルだなと思っていたんです、最初は。でも次郎さんにとっては三つ指突いて迎えてくれる奥さんよりも、あんたはあんたで勝手にやんなよって放られることで楽になれる局面もあったと思う。正子さんが自分の好きな事にまい進していく姿を見て、きっとパワーをもらうこともあったと思うんです。
例えば2話の中で描いている、自分はGHQとの折衝に入ってだんだんいろんなことを背負わされていくなかで、一方正子は“青山学校”(当時、青山二郎のもとに集まる文人に大岡昇平が付けた呼び名)に入り、自分のやりたいことでわーっと突っ走り始める。正子は好きなものに一直線にのめり込んでいくわけですよね。そういうパートナーがそばにいることで、勇気付けられたり違うパワーをもらったり、だからこそ頑張れることもあったんじゃないかという気がします。
西洋的な感性を持って育った2人なんで、べたついてないですよね。2人の暮らしは。ひとつ屋根の下に、言い方は悪いけど、すごい強い個性を持った猛獣みたいな人が2人住んでるっていう(笑)。しかもお互いのなわばりをちゃんと守って。そのルールを守れるもの同士が暮らしていたと思うんですよ。必要なことは共有しあってという。感覚としては何ですかね、ルームシェアに近い?と思ったりもするんですよね。そこのパートナーシップのあり方ってどちらかに依存するあり方ではないので、非常にクールで面白いパートナーシップなんですよね。だからといって愛情が無いわけじゃないし、むしろどんな家庭よりも深いような気がしていて。子供たちともちゃんと付き合えるし、ひとりひとりを個の存在として認め合うという根本的な何かがお互いの中にあった人たちだと思います。
A.最初に出演交渉に行って、正子さんのルーツはお能であるというお話をして、お能の中にあるいろんなものを体感してくださいと伝えました。自主的に丸々一年近くお能の稽古を続けてくれたんですよね。その中から白洲正子像に確実に近付いて行っているんですね、中谷さんは。それは本当にびっくり!感性が豊かということもあると思うんですが、努力によって成り立っているということなんですよね、中谷さんが作っている白洲正子像というのは。そこにこそ、中谷さんと白洲正子さんの共通点があるような気がして。
考えてみれば白洲正子さんにしても、最初からあんな文筆家としての才能、目利きとしての才能を持っていたのかは分らなくて。もちろんセンスや知識、バックボーンはあったと思います。でも、彼女も胃液を吐きながら青山学校でさんざん馬鹿にされ、本当に努力して何枚も書いて、赤ペンでぐちゃぐちゃにされて、破かれ、罵詈雑言を浴びせられ、その中から這い上がってきているわけで。ですから、白洲正子さんも実際はものすごい努力家だったと思うんですよね。自分の身の回りの美しさとか、生活の中の些細なことにしっかり目を向けられる、その凄さも含めて。そこに、実は多くの人が共感することが出来る芽があるのだと思います。多くの女性たちが憧れる理由が分かる気がします。白洲正子さんは“努力する天才だった”という印象が、撮影を通して実感することが出きた。それが“中谷正子”のひとつの到達点だと思っています。