白洲次郎の自宅といえば、ファンの方にはおなじみの「武相荘(ぶあいそう)」。
町田市鶴川に現存する建物を、そっくりそのままオープンセットに再現し、撮影を行いました。
茨城県某所で武相荘が建設されるまでをご紹介します。
昭和18年、日本の敗戦を見越した次郎は、戦禍を逃れるため、また自給自足の生活を目的とし、東京郊外の鶴川村にあった茅葺きの農家を購入し一家で移り住んだ。武蔵と相模の境目にあたる地だったため、無愛想をもじって「武相荘」とした。
現在も東京都町田市鶴川に「旧白洲邸 武相荘」として一般公開されている。
ここは茨城県の某所。この草ぼうぼうの土地にこれから武相荘を再現します!そこで作業初日は、何はなくともマストアイテム!仮設トイレがやってきました。この場所には衣装への着替えやメイク用のプレハブが来るため、制作スタッフ総出で「真夏の草刈りまつり」開催、、、暑かったなあ、、、(注:トイレとプレハブの周辺をスタッフが草刈りし、武相荘を建てる部分は建築業者さんが整地。)
草刈りも完了し、プレハブを設置。武相荘の建設中は作業員の皆さんの休憩&準備場所に、完成後は役者の皆さんの衣装への着替えとメイク場所として使うものです。
同じ頃に武相荘の建設がスタート!実際に住むための家ではないので、地中にコンクリートの土台などはありませんが、通常の木造住宅を建てるのに近い段取りで作業がはじまりました。
今回のセットでは、実際の武相荘より少し大きいサイズで建てていきます。撮影用にカメラを置いても撮れる十分な広さを確保するためです。
作業開始から11日。棟上式が行われました。職人さんとスタッフで今後の工事の安全祈願!
武相荘といえば「茅葺き屋根」。このオープンセットももちろん茅葺きします。使用した茅は4トントラック7台分ほど。一ヶ月がかりの作業となります。実際の茅葺きでは屋根に板を張ることはなく、屋根の面に沿って組んだ木・竹などの上から茅を並べていきます。今回は少ない量でも茅葺きらしく見せるための「上げ底」として板を、また雨風対策に防水シートを使用しています。
下から順に茅を荒縄で固定し、足場のための丸太を渡していきます。
屋根の頂上部分(棟)まで茅を張り終えたら棟を形作ります。その後、足場の丸太を外しながら茅を切り揃え、順次下りていきます。最後に軒の部分のカッティングをして茅葺き屋根の完成です。
このセットでは室内と縁側方向からしか撮影しないため、裏側半分は茅葺きにしていません。
茅葺きが出来る職人さんは茨城県内では引退された方がほとんどで、今回は福島県下郷町(茅葺きで有名な大内宿がある)の職人さんにお願いしました!ありがとうございました。
ここまで出来てくるともう「武相荘」だなという雰囲気です。
実際には次郎は古い農家の建物を購入したので、新築のセットにも長く人が住んだ雰囲気を加えます。塗装で壁の汚れや煙突からのススで黒ずんだレンガの風合いなどを表現していきました。
武相荘は周囲を緑に囲まれた家。次郎は終戦までお百姓さんに徹し、家族の食料自給のために農業に従事しました。(ドラマの中で登場する広大な畑はこのオープンセットの周辺ではないのですが)撮影の内容に合わせて、夏は青々と葉が繁る木々を、秋〜冬は葉の落ちた木を用意し仮の状態で植え、地面には落ち葉を撒くなどして理想の庭を造ります。

これでほぼ完成の状態。茅葺きと庭の風情でセットとは思えない完成度。普通に住めそうですよね(笑)
縁側では職人さんが床板の塗装をしています。



門が完成しました。第1回で、白洲家の長女・桂子(かつらこ)が「ぶあいそう」(実際には「ぶあししょう」と聞こえましたが(笑)と読んでいた門です。
実際の武相荘のように坂道を登りきったところに設置した状態と、別の位置での撮影用に移動させるために吊り上げているところです。可動式!・・・ではないので撮影ごと何度も移動するのは多少きつかった・・・というのは携わってくださった建築業者さんの感想です・・・ありがとうございました!
足掛け3ヶ月、ついにオープンセットでの撮影スタート!
撮影初日はあいにくの大雨、地面がぬかるんでスタッフは泥だらけ!
そんな中、伊勢谷さんと中谷さんは本物そっくりに飾り込まれた内装に見入っていたそうです。
初日は第2回で子供たちと大根を洗う次郎のシーンを撮る予定でしたが雨で中止。
第2回冒頭の、鶴川のご近所の方との宴のシーンが撮影されました。