…伊勢谷友介
兵庫県芦屋生まれ。暴れん坊だった神戸一中時代を経て、イギリス・ケンブリッジに留学。帰国後、正子と結婚。吉田茂と親交を深める。43年、食糧難を見越して鶴川村に転居し、農業を営む。戦後は終戦連絡中央事務局参与に就任、「日本国憲法」誕生の現場に立ち会うなど、GHQとの折衝の最前線で、「従順ならざる唯一の日本人」と言われる。83歳で逝去。遺言書は「葬式無用 戒名不用」。
…中谷美紀
貴族院議員樺山愛輔の次女。祖父は薩摩出身の伯爵樺山資紀。14歳で、女性で初めて能舞台に立つ。米国のハートリッジスクール留学の後、次郎と結婚。二男一女を得る。小林秀雄、青山二郎などの影響を受け、骨董にも傾倒。43年初の著書「お能」を刊行。その後、各地を旅し「かくれ里」「十一面観音巡礼」「西行」など旺盛な執筆活動を続ける。88歳で逝去。
…岸部一徳
第34、38、39代内閣総理大臣。国民の熱狂的支持を受けて首相となるも、軍部の暴走を止められず。戦後、GHQから戦犯に指名され、服毒自殺する悲劇の貴公子。
…原田芳雄
第45、48、49、50、51代内閣総理大臣。気骨あるリーダーシップで戦後混乱期の日本を復興に導いた吉田を、次郎は「オヤジ」と呼んで敬愛し、陰日向で政権を支える重要な役割を果たした。
…石丸幹二
次郎の幼い頃からの親友。近衞文麿の私設秘書官として、次郎を政治の世界へ引き込む重要な役割を果たした。
…高橋克実
帝国陸軍軍人、駐英大使館付きの武官としてロンドン在任中に吉田茂、白洲次郎との親交が深まり、後に吉田茂が首相となった際の軍事顧問を務めた。
…田中哲司
次郎の友人。文芸、音楽評論家。小林秀雄や中原中也、青山二郎らと親交があった。東京大空襲で自宅を焼かれ、鶴川の次郎の家に身を寄せる。
…市川亀治郎
伝説的な骨董の目利き。文筆、絵画、装幀等、幅広く活躍。文士たちと飲み明かした「青山学校」からは小林秀雄、河上徹太郎、そして白洲正子ら多くの人材が育った。
…奥田瑛二
次郎の父。神戸で綿花貿易に成功し巨万の財をなし、「白洲将軍」と呼ばれた怪人物。1928年、金融恐慌のあおりを受け白洲商店は倒産。晩年は一人阿蘇の山奥で暮らす。
…原田美枝子
次郎の母。幼少の頃、病弱だった次郎を必死で育て上げた。次郎は「世の中で一番尊敬しているのは母」と語っている。
…竜雷太
幣原内閣の国務大臣として憲法問題を担当、天皇大権護持の松本案を作成した。GHQの激しい反発を受け、マッカーサー草案を提出される。
…遠藤憲一
日本製鉄筆頭常務。国内産業の育成こそ復興の要と主張し、広畑製鉄所売却を巡って、外資導入派の次郎と衝突する。
…眞島秀和
辣腕新聞記者。外資導入に暗躍する次郎のスキャンダルをものにしようと徹底マークするが、次郎の不思議な魅力に引き込まれていく。