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(作者のことば) 「山本周五郎の世界」 大野靖子
山本周五郎の原作と出会ったのは初めてです。
歌舞伎の世界で云えば世話物、理念も思想も底に沈ませ、感性や心情だけで描き出されてゆく江戸の市井の片隅で、懸命に生きている庶民の哀歓は一見作劇としてはやさしげに見えますが、殆ど安易に流れての善人ごっこ。パターンに陥りがち。
その落とし穴に落ち込まないようにがんばれたのは、原作者・山本周五郎の時空を越えた原作にあります。
我が家にある三十八冊の全集のうち武家物を除いて「柳橋物語」をはじめ二十数編近い短編を読み込み、原作六十七年の哲学と、権力への強烈な反抗、貧しき者だけが持つ誇りや、心根のやさしさ、に突き当たり、ハッと眼からうろこが落ちました。自在な人間模様の造形力にも驚きました。
今回は「柳橋物語」をしっかり底流に据え、物語の流れに沿って楔を打ち込むように数編の短編を入れてみました。つまり「柳橋物語」が連続十六回の連続ものには短く、短編がだんとつ面白かったからです。みんなが主役「柳橋界隈物語」という題が正確でしょう。一種の群像劇に近い形になりました。しかし、「柳橋物語」の中にご都合でなく自然な短編をなめらかに溶け込ませるという作業のむずかしさを書き始めた瞬間から思い知らされました。
脚本の未熟さは新旧入り交じっての俳優さんの演技(正直、私が好きな俳優さんばかりを小見山プロデユーサーが熱心に口説き落として下さいました。)
NHKの優秀な美術お始め技術、制作陣の方々のご協力を願ってやみません。
また、ベテランの門脇ディレクターを中心に若い演出の方々の参加もあるとか、これは大変嬉しいことでした。
みなさんが脚本家の意図を理解して下さり、それぞれのジャンルで全力投球をして下されば、今迄とは一味も二味も違った周五郎ドラマが出来ると思います。私事で云えば、脚本を書きはじめて四十余年、いつも謙虚に真摯につとめてきた私ですが、周五郎全集を読み込んで、知らない間に身にかぶってしまった自信や自負のほこりがいきなり胸を突かれたような衝撃で飛び散ったことでした。
昔の作家は偉いです。作品にかけた創作精神の強靱さ人物表現にこだわる執着心、貧しき者への限りなき愛情など、いつか忘れてしまったことを、目の前に立ちはだかった原作者から叱咤されたような感じでした。真正の作家になりたいという初心が久しぶりによみがえってきました。
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