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倫理の先生からのメッセージ①~高柳VSジュダ~

倫理・哲学・教育学の専門家・先生たちから「ここ倫」へメッセージを寄せて頂きました。
衝撃の第4回、高柳とジュダとの対話を専門家はどう見たのか?
“豊かな知識への架け橋”となるお勧め本もご紹介頂いています!


現実の理不尽さという「負け戦」に挑む 
小川泰治(国立宇部工業高等専門学校)

riri_210219_01.jpg私はカントの倫理学を専攻していたこともあって、第4回の高柳とジュダの対話のシーンが印象に残っています。ジュダの「人間の根本は悪であり、いくら善ぶっても人間は悪をなし続けているではないか」という主張に対して、高柳の反論は非常に弱々しく、「負け戦」に挑んでいるようです。それでも私は、開き直るようですが、このシーンにこそなぜ倫理を学ぶのかについてのポイントがあるように思っています。

それを今の私の言葉で表現するなら、倫理を学ぶことには、現実の理不尽さという「負け戦」を生き抜くための技と知恵を受け取るという面がある、ということです。

現実の問題の緊急性と比べると、倫理で扱う内容は、回りくどく即効性のないものばかりです。ドラマでも、高柳によって生徒たちの抱える問題がサッパリと解消されたわけではありません。それでも、だからこそ、容易ならざる現実を生きていかなければならないとき、倫理で学ぶ思想家たちの言葉や、対話で発せられる友人の言葉は、人が問い、考え、問題を受け止めていくための助けになるのではないか。そんな風に思っています。

最終回に向けて高柳がどんな風に「負け戦」に挑んでいくのか。高校生に倫理を教える意味はどれほどあるのだろうかと日々悩みながら教壇に立つ者として、見守りたいと思います。

【お勧め本】
中島義道『悪について』
大学の哲学科への推薦合格が決まった高校3年の冬、学校の図書室で手に取った本です。カントの倫理学を(善ではなく、敢えて)悪を切り口に読み解こうとするもので、第4回のテーマでもある根本悪も登場しています。著者は、ルールを守り周囲と協調できる一見すると「善い人」の中にこそ、「自己愛」という悪を見ます。はたしてその主張が納得できるものなのか、本を手に取って、一緒に考えてみませんか。


恐れや孤独を乗り越えて、考え続けるために
村松灯(立教大学)

riri_210219_02.jpg「ここは今から倫理です。」楽しく拝見しています。毎回、あっという間の30分です。
第4回では、ジュダの登場に心奪われてしまいました。ジュダは自らの主張のなかで、ハンナ・アーレントに言及しています。アーレントは、ユダヤ人虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、彼はあまりにも「普通」の人間で、邪悪な動機もイデオロギー的な信念ももっていなかったと報告しました。ではなぜ、そのような「普通」の人間が、途方もない悪を為してしまうのでしょうか。ここには、自分の行為の意味を深く「考えない」こと、つまり「無思考」が深く関わっているのではないか。逆にいえば、倫理とは考えることと一体のものだ。そう彼女は論じたのです。

とはいえ、考え続けるってなかなか出来ませんよね。陸のように、大切な人との関係が変わってしまうかもしれないとすれば尚更です。それでも、やっぱり、私たちは考えずにはいられない。考えずにいることも、同じように苦しいのではないでしょうか。陸も、「考えることが怖い、でも、考えずに済ますこともできない」というジレンマに苦しんでいたように思います。

考え続けるには強さが必要で、時として孤独にも耐えねばならない。けれども――というよりだからこそ、安心して考え続けるためには、「たかやな」のように寄り添ってくれる人が必要なのかもしれません。たかやなは決して人あたりのよいタイプではないけれど、対話の相手には体ごと向き直り、しっかり目を見てやりとりをするところに、私は彼の他者への信頼と「考える」ことへの敬意を感じます。たかやながどんなふうに生徒に寄り添い、どんな言葉を紡いでいくのか、最終回まで楽しみです。

【お勧め本】
ハンナ・アレント『責任と判断』 / 映画「ハンナ・アーレント」

アーレントに興味をもたれた方には『責任と判断』という論集をおすすめします。考えることと倫理との関係に関するアーレントの思想にふれることができます。また、映画「ハンナ・アーレント」もおすすめです。彼女が苦悩しながら考え続ける姿に、きっと勇気をもらえますよ。


アクチュアルな学園ドラマ ー「共に探究する」教師と生徒の躍動ー
小玉重夫(東京大学)

riri_210219_03.jpg高校生や高校教師が登場するドラマ、高校が舞台のドラマは数多くあります。特に近年は、現代の高校生が直面する様々な社会問題やスクールカーストなどの教育問題を正面から扱った作品も作られており、よるドラでは、一昨年と昨年に放映された「腐女子、うっかりゲイに告る。」が印象的でした。

「ここは今から倫理です。」でも、今を生きる高校生たちが直面する、貧困、性差別、暴力等々、かなり難しい問題を取り上げていますが、この作品が特徴的なのはそれを生徒たちの視点と、教師である高柳の視点との双方から描こうとしている点だと思います。これまでのドラマでは、教師が「教え諭す存在」で、生徒は「教えられ導かれる存在」として描かれるか、あるいは、教師の視点は排除して生徒の目線から、生徒同士の関係を描くか、というものが多かったと思います。それに対して、「ここは今から倫理です。」は、生徒と教師のどちらの側にも偏ることなく、双方の側の視点や言い分がぶつかり合い、響き合う、そんな様子がダイナミックに描かれています。

たとえば第4回では、違法なことに手を出している兄との関係で悩む陸と、それを何とか救おうとする高柳、そして高柳と陸との間に割って入る「悪の世界」を知る存在ジュダがいます。実は、高柳自身、過去に、ある高校生をジュダから救おうとし、救えなかっただけでなく、現在もその生徒は「悪の世界」で生きることができているという経験があるので、「悪の世界」から学校へ連れ戻すことが本当に「正しい」ことなのか、悩み考えていて、そうだからこそ、ジュダがハンナ・アーレントを引きながら悪は「凡庸なものだ」という発言にぐらつくのです。高柳も、陸も、悪とは何か、正しいこととは何かについて、ぐらつきながらも考え続ける存在として、描かれています。

今、高校では、選挙権年齢の18歳への引き下げや、大学入試改革などによって、学校での授業を単なる「学習」活動ではなく知の創造と主体的に取り組む「探究」活動へと変えていこうという動きが広がりつつあります。このドラマに出てくる生徒たちや教師も、倫理を「学ぶ」生徒、「教える」教師としてではなく、倫理を「探究する」生徒、「探究する」教師として躍動している、その姿に、このドラマのきわめて今日的なアクチュアリティを感じています。

【お勧め本】
小玉重夫『難民と市民の間で-ハンナ・アレント『人間の条件』を読み直す』
自分の著書で恐縮ですが、本書を推薦図書に挙げたいと思います。これは、第4回で取り上げられたハンナ・アーレント(アレントとも記す)の主著『人間の条件』を解説しつつ、それをスクールカーストやいじめなどの現代の教育問題と絡めて議論したものです。アーレントの主著は多くが文庫本で入手できますが、それらを読む際の手引きとしても使えると思いますし、また、これをきっかけに教育学にも関心を持ってもらえると幸いです。


よるドラ「ここは今から倫理です。」

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ミニ番組「ここはぺこぱと倫理です。」

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投稿者:スタッフ | 投稿時間:14:45 | カテゴリ:ここは今から倫理です。

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