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BS時代劇「立花登 青春手控え」 牢内の生活

第三回 はじめに

『立花登青春手控え』第三回放送御覧頂きありがとうございます。

第三回はタイトルにもなった「女牢(おんなろう)」が重要な舞台となっています。今回は女牢からお話します。

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女牢

女牢とは通称で、本来は西口揚り屋といいます。揚り屋はランク的には身分の低い武士の入れられる牢なので、男の入る大牢よりは少しだけ待遇が良かったともいえます。ただし、武士の入る揚り屋には身の回りの世話として改悛の見込みのある囚人を使役させる制度がありましたが、女牢にはありませんでした。

人数も少なかったため東口に女牢はありません。ただし、一時的に大勢の女囚が入牢した場合のみ、東口の揚り屋、通常遠島刑を待つ囚人の使う通称遠島部屋が使われました。女牢にも男の大牢と同じように牢名主らによる自治があったのは御覧の通りです。 

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死罪

処刑シーンの撮影は桜の時期でしたが、あいにく撮影地にあった本物の桜が早咲きで本番には散ってしまいましたので、皮肉にも市内を見渡せば桜満開の中、あえて造花で撮影されました。

現在最も重い刑罰は死刑ですが、江戸時代では死刑と一言でいってもいろいろあり、罪の軽重でいろいろな死刑がありました。通常の「死罪」では遺体は試し斬りや腑分け(医師が解剖)に供され財産も官没となります。最も軽い「下手人」刑では、死後遺体は引き取り人に下げ渡されきちんと埋葬してもらうことが出来ました。刑の重い者だと「獄門」といって刑場に首を晒されたり、処刑前に罪状の書かれた幟や捨て札とともに江戸市中を引き回す「引き廻し」が付加されました。さらに重罪だと「磔(はりつけ)刑」や「火罪」(火炙り)など極めて残酷な刑が行われていました。

おしの(前田亜季)の場合、刑の執行が昼間行われていたので、下手人刑だったと思われます。本来夫殺しは重罪なのですが、夫の暴力や劇中明らかになった惨い仕打ちで情状酌量されたのでしょう。処刑に臨む前、おたつ(明星真由美)が彼女の首にかけてやったのは、女囚たちが作った紙製の数珠です。さらに選別として集められたお金を貰うと、皆で「しっしっ……」という奇妙な風習で刑場へと送り出されていきました。お金は処刑後首がぞんざいに扱われぬように係の者へ渡すため口に含まれました。 

 


おわりに  

第三回の舞台で印象深かった猿屋町甚内橋のシーンは、滋賀県の日吉大社で撮影されました。本来なら比叡山の麓に鎮座する同社の石橋は山深い中にある橋といった印象なのですが、美術スタッフの頑張りとカメラアングルによって見事江戸市中に掛かる橋の趣が具現されました。時代劇で使える橋は少なくて、他にも京滋の候補地をまわりましたが、やはりこの場所が最も相応しかったと思います。

最後のアクションシーンと、つづく雨降らしのシーンは大覚寺です。撮影中本物の雨が降り、池の波紋をきらって撮る必要がなくなり、情感のこもった遠景を撮ることが出来ました。

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雨に濡れた登の表情も良かったと思いませんか。

 

 BS時代劇「立花登 青春手控え」公式ホームページはこちら

 

 

 

                                          

投稿者:スタッフ | 投稿時間:20:45 | カテゴリ:立花登青春手控え

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