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BS時代劇「立花登 青春手控え」 立ち回りの魅力

第二回  はじめに

『立花登青春手控え』第二回放送御覧頂きありがとうございます。演出部の前原です。

本作の魅力の一つに、時代劇には珍しい「柔術」を駆使した殺陣があると思います。今回は「柔術」について少しお話します。 

 

起倒流柔術

本作アクションシーンで登が駆使する武芸は、原作に「起倒流柔術」と明記されています。

明治になり講道館柔道が大成したので、今では柔道の名が一般的ですが、立花の時代は柔術や柔(やわら)とも呼ばれていたようです。起倒流は、伝承によれば柳生宗矩と共に武芸の研さんに励んだ茨木専斎俊房と、福野七郎右衛門正勝と共同で創始しました。寛永年間のことだそうですから17世紀前半、徳川家光の治世の頃です。江戸時代を通じて隆盛し、幕末から大正にかけて多くの実力者を輩出したそうです。戦場での組み討ちに使う武芸ですから鎧着用が前提で、起倒流には二十一の鎧組討事形があります。膝をついた礼をする時みせる独特の形は、鎧着用を想定しているために、膝を曲げきらないあの形となっているそうです。のちに講道館柔道を興した嘉納治五郎は投げ技を起倒流に学んで感嘆し、講道館柔道投げ技の基礎としたそうです。 

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殺陣としての柔術

こうした起倒流柔術を殺陣に活かすため、殺陣師・清家三彦ほかスタッフ一同は、起倒流柔術を現代に伝える京都東山の井上彰二八段の道場へ取材に赴きました。御年九十歳!とは思えぬ凛とした佇まいにスタッフ一同緊張しましたが、質問に答えていただくなど気さくにご協力を頂き、しかもその上なんと演武まで披露していただき、たいへん参考になりました。

殺陣としての柔術でたいへんなのは、投げる側よりもむしろ投げられる側であることは想像に難くないと思います。本作第二話でも、吉兵衛(河相我聞)が登に投げ飛ばされるカットではスタントマン(太田雅之)が河相さんに代って投げ飛ばされました。その見事な業は御覧頂いた通りでここで申し添えることはありませんが、その撮影中、河相さんがしきりに太田さんのことを心配し、現場に張り付いていたり、声をかけていらっしゃったのが印象的でした。もちろん河相さんは、投げられた太田さんの続きを演じる立場上当然かもしれませんが、お人柄が窺える光景でした。

医師として経絡(つぼ)の勉強もしている登ですから、殺陣にもその知識が活かされております。第一話で浪人の肘あたりをぐっと押さえつけていましたが、これは「尺沢(しゃくたく)」と呼ばれるツボです。浪人は激痛から刀を落としていましたが、本来は呼吸器症状や喉の痛みに効果があるそうです。登の部屋をよく見てみると、人体のツボ一覧図が壁に貼ってあるのですが、これはこうしたアクションプランを事前に聞いたスタッフによって用意されたものです。劇中の貼紙類を注意してみれば、ほかにも面白い発見があるかもしれませんよ。 

 

おわりに

ロケ地について触れずじまいでしたが、おみよ(荒川ちか)を見送る登と新谷のシーンは上賀茂神社、続いて稽古に向かって走り出す二人のシーンは金戒光明寺です。ご興味のある方は訪ねてみてください。

BS時代劇「立花登 青春手控え」公式ホームページはこちら

投稿者:スタッフ | 投稿時間:20:45 | カテゴリ:立花登青春手控え

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