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『薔薇の名前』第8回 真理を笑うことの意味

(※ネタバレ注意! ドラマのストーリーに関する内容となっていますので、ドラマ本編をご覧になられてから、お読みいただくようお勧めいたします。)

一連の事件の背後にいたのは、長老ホルヘでした。そして、キリスト教世界最大だという「知の宝庫」である図書館が燃えてしまうとは・・・。このエンディングを、みなさんはどんな思いでご覧になったでしょうか?
さて、最後のブログでは、いくつか、ドラマのセリフからその後の歴史も交えて語ってみたいと思います。

■ 教皇とフランシスコ会ついに決裂
ウィリアム 「ミケーレ ヨハネは安全の保証をしていない アビニョンへ行くのはよせ」
ミケーレ 「行くしかない 教皇を説得する」
ヒュー 「命を危険にさらして?」
ミケーレ 「ああ魂を汚すよりマシだ」

しかし、ドラマの舞台となっている1327年の翌年1328年に、結局、フランシスコ会総長チェゼーナのミケーレとオッカムのウィリアム(第1回のブログ参照)らは、教皇ヨハネ22世と対立していた神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世の元へと逃れることとなりました。(「異端者たちの中世ヨーロッパ」 小田内 隆 著 による)。『薔薇の名前』の原作(河島 英昭 訳)では、彼らの教皇に対する憎悪と恐怖が、計り知れなかったことをその理由としています。そして、ミケーレらは逆に教皇を「異端」として非難したということです。

■ 教皇の権威が失墜
教皇ヨハネ 「ドイツの犬がローマにおいてフランシスコ会修道士を 対立教皇として擁立しようとしている そんなやつは歴史から完全に抹殺してやる」

そして、その1328年、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世の後押しで、イタリア・ローマでフランシスコ会修道士のピエトロ・ライナルドゥッキが教皇ニコラウス5世を名乗りました。
しかし、この「対立教皇」は支持を失い、1330年に教皇庁のあるフランス・アビニョンへ送られます。この時は、いわばヨハネに屈したかたちとなりました。
ところが、1378年、教皇(グレゴリウス11世)がアビニョンからローマに戻ると、アビニョンにも、フランスの支援を受けた別の教皇が立ちます。教会大分裂(大シスマ 1417年まで)と呼ばれる事態です。
“教皇のバビロン捕囚”によって、フランス王の干渉を70年近く受けた後に、今度は、キリストの身体ともいうべき教会が、枢機卿たちの派閥争いによって、まとまることができなくなってしまったわけです。40年に渡るこの大分裂状態により、教皇の権威失墜が決定的になったとされています。

■ “あの哲学者”と神学
ウィリアム 「どうしてこの本を封印したかったのか 喜劇を扱った本なら他にもあるのに なぜこの本を?」
ホルヘ 「あの哲学者によって・・・書かれたからだ」

修道士が次々に死んでいった原因となったのは、アリストテレスの喜劇に関する本だということがわかりました。アリストテレス。いうまでもなく、ソクラテス、プラトンと並ぶ古代ギリシャの大哲学者。森羅万象をつぶさに観察し、体系づけた彼は、論理学、政治学、文学、自然学・・と、あらゆる分野の学問の基礎を作った「万学の祖」ですね。

ルネサンス期の1500年代初めにバチカン教皇庁にラファエロが描いた「アテナイの学堂」をご存知の方は、その絵を思い出していただければと思います。
真ん中で、語らいながら歩く2人の男。プラトンとアリストテレスだとされています。
天上を指さすプラトンに対し、アリストテレスの手の平は地上を指しているように描かれている。
現実を離れ独立して存在する「イデア界」に物事の本質があると唱え「理想主義者」とされるプラトンに対し、アリストテレスは、現実に存在する「個々のもの」の中に本質が存在すると考え、イデア論を批判したと言われています。アリストテレスの手が地上を指しているのは、現実主義者であったことを表現しているとも言われます。

しかし、実は12世紀になるまで、西ヨーロッパでは、アリストテレスの著作は、一部を除き、ほぼ忘れ去られていたそうです。一方、こうしたギリシャの古典は、その間、東のビザンツ帝国や、イスラム世界で、知的財産となっていました。それが、第3回のブログで取り上げた「12世紀ルネサンス」と呼ばれる時代、西ヨーロッパに里帰りというか、逆輸入され、ギリシャ語やアラビア語から本格的にラテン語翻訳されたのでした。

イスラム世界で、さまざまなアリストテレスの著作の注釈書を記したのがイブン・ルシュド(スペイン・コルドバ生まれ、名前のラテン語読みはアヴェロエス)です。彼が取り組んだのが「全能者の逆説(パラドクス)」というものです。
たとえば「全能の神は、“重すぎて絶対に持ち上げられない石”を作ることができるのか?」という命題。
つまり、そんな石を作れないなら「全能」とはいえない。作れるなら、持ち上げられないのだから、やはり「全能」とはいえない、というもの。何やら禅問答みたいな、言葉遊びみたいな感じもしますが、論理的に突き詰めていけば、全知全能なんてありえないのだ、という考えにつながりかねないですよね。

論理に基づくアリストテレス的な考え方と、“不合理ゆえに我信ず”という伝統的なキリスト教の信仰は、共存・調和することが可能なのか・・・。13世紀以降の西ヨーロッパ思想界で大きな焦点となっていきました。

アリストテレスをアヴェロエスの解釈に従って理解し、キリスト教の教義に配慮しない主義を「ラテン・アヴェロエス主義」と呼びます。1260年代にパリ大学でシゲルスとその弟子たちによって唱えられました。しかし、1270年と1277年、このラテン・アヴェロエス主義者のアリストテレス解釈に基づく命題は、パリ司教によって禁じられました。(「西洋古代・中世哲学史」クラウス・リーゼンフーバー 著による)

ホルヘ 「あの男が書いた本は全て キリスト教が何世紀もかけて積み上げてきた知識の一部を破壊してきた」

“あの男”呼ばわりしながら、なんとも激烈な言葉でアリストテレスを批判するホルヘ。まさに、当時の保守的考えの持ち主として描かれたのだと思います。そして、原作では、ホルヘはスペインの出身という設定です。スペインは、キリスト教勢力によるイスラム勢力に対するレコンキスタ(国土回復運動)の過程で、アラビア語に訳されていたギリシャの古典をいち早くラテン語に訳した土地でした。ホルヘは、アリストテレスの著作が、それまでのキリスト教の世界観に対し、どんな意味を持つのか、良くわかっていたのかもしれません。

■「知」を隠すと死人が出る・・・
ウィリアム 「見せてくれ アリストテレスが書いた『詩学』の第二部を それは笑いの価値について書かれている本だ 誰もが幻の本と思ってきたが その唯一の写本をあなたがここに持っている」

古代ギリシャで隆盛を誇った悲劇や喜劇は、「詩」の形式で書かれていたといいます。現存している、アリストテレスの「詩学」は、喜劇について触れた部分はあるものの、全体として、悲劇について論じたものです。では、なぜ、その「詩学」に「笑いの価値」について書かれた第二部がある、と考えられるのか?

「詩学」第六章で、アリストテレスが「叙事詩と喜劇については後で述べる」と、喜劇論について予告するようなことを述べているからです。そのほか、「第二部」が存在したことを想起させる資料も残っていたりするそうで、研究者の間では、書かれたものの、伝承の過程で失われてしまったという推測が支持を得ているとのことです(「アリストテレス 詩学」三浦 洋 訳・解説による)。まさに“幻の本”だった可能性があるのですね。

ホルヘ 「神のご意志が笑いものにされたと知れ渡れば その災いを止める術はない」
ウィリアム 「だから暗闇で毒を塗ったのか」

ホルヘが「笑い」に対し、厳しい態度をとった理由は、第5回のブログで考えたとおり、笑うことを肯定するのは、伝統的な教えに反する、というものでしたね。

『知識人たちが夢中になっているアリストテレス。「笑い」について論じた本の存在が、もし知られてしまったら、神の権威に対する破壊力がどれほどのものになるのか・・・』とホルヘは恐れたのですね。
秦の始皇帝による焚書もそうですが、古今東西を問わず、権力というものは、往々にして都合の悪い書物は人目に触れないようにするもの。

それでも、アリストテレスの「形而上学」の冒頭のあまりに有名な一句にあるように、
“すべての人間は生まれながらにして、知ることを欲する”のです。
幻のアリストテレスの「詩学」第二部を、どうしても読んでみたくて、ホルヘの罠にかかって、死んでいった修道士たち。権威が「知」を隠したいと思う時に、それに触れようとする者には、命の危険があることを、このドラマは伝えたかったのでしょうね。
そして、その「詩学」第二部を渡すまいと自ら食べてしまう、ホルヘの狂気じみた姿がなんとも印象的でした。

■黙示録に惑わされたウィリアム
ウィリアム 「なんと愚かな」
ホルヘ 「誰が?」
ウィリアム 「私だ アリナルドの言葉から一連の犯罪は黙示録の7つのラッパに沿って行われたと思った 実際はあなたが犯人だったのに」

理性的に考え、行動することを旨としているウィリアムでも、一連の事件が、アリナルドが暗示したように聖書の「ヨハネの黙示録」の記述にしたがって起こっているのだと思い込んでしまっていたのでした。

みなさんお気付きになったでしょうか? 修道院の建物が火事で燃えているときの庭での場面、炎に包まれた馬がアリナルドを吹き飛ばしました。

「第6の天使がラッパを吹いた。(中略)私は幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、火の赤、青玉の青、硫黄の黄色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄を吐いていた」(新約聖書「ヨハネの黙示録」 聖書協会共同訳)

ドラマのクライマックスで「黙示録」を彷彿(ほうふつ)とさせつつ、「神の啓示は我々の胸の内に」と叫ぶアリナルドが吹き飛ばされてしまうシーンに、制作者はどんな意味を持たせたかったのか・・・。
考えてもみるのも面白いかもしれません。

■「薔薇の名前」とは・・・
ウィリアム 「薔薇の美しさと色と香りがあせた時 残るものはただ 名前だけ」

有名なドラマの最後の最後の印象的なセリフ。この「薔薇の名前」は何を意味するのか・・・。
原作がベストセラーになった時から、さまざまな解釈がなされてきたようですね。

よく言われるのが、「ロミオとジュリエット」の有名なセリフとの類似です。
“What’s in a name?
That which we call a rose
By any other word would smell as sweet,”
(名前に何の意味があるの? 薔薇と私たちが呼ぶものを、どんな名前で呼ぼうと、甘い香りがすることに変わりないのに・・・)

・アドソ初恋の「少女」なのか
「薔薇の名前」の原作では、アドソが少女と初めて結ばれた後、彼女を「薔薇の花」に例えて表現した箇所が出てきます。アドソは、全宇宙が自分に向かって、少女の香しさと顔立ちのことばかりを語りかけてくるような思いにとらわれてしまいました。そして、第一回のブログでご紹介した12世紀の詩人・神学者アラヌス・アブ・インスリスの言葉(その時は師匠ウィリアムから教えられたシーンでしたが)と、その続きを以下のように引用していました。

「すべての宇宙は神によって書かれた書物で、すべての被造物は、文字であり、生と死を映す鏡である。一輪の薔薇でさえ、私たちの解説となる」

その意味するところはー
《何を見ても、何を聞いても、愛おしい人を思い出す・・・。彼女のことを“神が作りたもうた薔薇”のように感じている》ということなのでしょうね。

・ローマの教会か
このセリフと、中世の神学・哲学者たちの間で議論になった神学論争「普遍論争」との関連を指摘する人もいます。普遍論争とは、哲学や倫理の教科書に従えば、以下のような説明になります。
《実在するものは具体的な個物か、それとも普遍的な概念であるのか》という議論です。
よく、これを説明するのに、アリストテレスは人間である、という文章が例えとして使われ、「アリストテレスが“個”で、人間が“普遍的な概念”である」という表現がされます。
普遍的な概念が存在すると主張するのが「実在論」。これに対し、実在するのは個物だけで、普遍的な概念は“名前・名目に過ぎない”という考えが「唯名論」です。

この「普遍論争」、何やら言葉遊びのようですが、実はキリスト教の信仰にとっては大事なものだったと言われます。普遍的な神は実在するのか、あるいは概念に過ぎないので、人間の思惟の中にだけあるものなのか・・・。また、これもよく使われる例えですが、もし、唯名論に立つならば、《「人間」という普遍的な概念は名前に過ぎないので、知恵の実を食べたのは「アダムという“個”人」の罪であって、人間の原罪が成立しなくなってしまう》とも説明されます。

そして、唯名論を唱えたのが、ドラマのウィリアムのモデルのひとりともされる、オッカムのウィリアムです。哲学と神学をどう調和するか、と苦心した神学者たちがいた中で、オッカムは、神学と哲学を離婚させた、とも言われます。唯名論は、観念的な考えを排し、「個物」を観察や実験によって真理を追究するという科学につながった、ともされています。

「薔薇の美しさと香りが色あせたとき、残るのは名前だけ」というセリフを、普遍論争に照らして考えてみたとき、“「薔薇」は普遍的な概念に過ぎない”と言っているようにも聞こえ、“残るのは名前だけ”と終わることからも、唯名論に立ったような表現にも思えます。

カトリックは「普遍」を意味します。「薔薇」は、かつて西ヨーロッパを覆ったローマ教会の大いなる権威のことで、このセリフは、「個々」の国家が強くなり、相対的に教皇の力が弱まって行った、この時代のことも表している、とは考えられないでしょうか?

・ドラマの原作者は?
実は、「薔薇の名前」原作者のウンベルト・エーコ自身が、このセリフには元ネタがあると白状しています。
「バラの名前 覚書」(谷口 勇 訳)によれば、12世紀の修道士バーナード・オブ・モーレー(モルレー、とも)の「俗性蔑視」から採ったということです。オランダの歴史学者ホイジンガが1919年に著した有名な研究書「中世の秋」(堀越 孝一 訳)の中で、このバーナードの詩を紹介しています。「バビロンの栄華はいまいずこ・・・」で始まり、まさに、薔薇の名前のセリフのように、最後に「きのうの薔薇はその名前のみ むなしき名を我々は手にする」と終わると言われています。
この詩には、古代バビロニアやペルシアの王、ローマ帝国皇帝のカエサルの名前も出てきますので、栄華を誇った都市や英雄の「つわものどもが夢の跡・・・」を歌ったものだと思われます。

エーコ自身も、“かつての偉人や、繁栄を誇った都市、美しい女性たち・・・すべてが露と消える、という当時よく行われた表現だけでなく、消え去ったもののうちに、ただ名前だけが残る、という考えを付け加えたのが、この詩の特徴だ”としています(上掲「バラの名前 覚書」(谷口 勇 訳)より)

平家物語の「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」にもどこか似ていて、無常観を表しているのですね。

キリスト教世界最大を誇った修道院の図書館も、燃え落ちて灰になってしまえば、残るのは、かつての名声だけ・・・・。

ホイジンガによれば、中世末期、ヨーロッパでは「無常観」は芸術作品のテーマとしてとても愛好されたのだそうです。このドラマから少しあと、ヨーロッパ中をペスト(黒死病)が襲います。「メメント・モリ(死を想え)」という言葉が唱えられるようになるのも、人々が人生に限りがあることを強く感じたからです。
そこから、命を礼賛し、より良く生きていこう、というルネサンスの精神が生まれた、とも言われます。
このセリフは、無常観だけでなく、そんな新しい時代到来の予感まで、示唆したのでしょうか。

初老のウィリアムが、これから長い道のりを歩む弟子アドソに向けた人生訓なのか。
はたまた、年老いて人生の無常を知ったアドソが、別れ際に師匠ウィリアムが贈ってくれた言葉の奥深さを噛みしめたのか・・・。

原作者エーコは、その意味を、どう読み解くのか、それぞれの読者に結論は任せた、と書いています。

幾重にも解釈できるからこそ、「薔薇の名前」は不朽の名作であるのだろう、と改めて感じました。

ドラマもブログもご覧いただきまして、どうもありがとうございました。

BS4K『薔薇の名前』

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投稿者:スタッフ | 投稿時間:13:15 | カテゴリ:海外ドラマ

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