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『薔薇の名前』第7回 災害、貧困、戦争・・・不安な時代 心の安寧はどこに?

(※ネタバレ注意! ドラマのストーリーに関する内容となっていますので、ドラマ本編をご覧になられてから、お読みいただくようお勧めいたします。)

第7回では、ドラマが大きく動きましたね。
サルヴァトーレと少女も捕まってしまいました。
レミージョに対する異端審問のシーンは見ているこちらも心が苦しくなるほどの迫力でした。

■ “魔女”とは一体何者・・・
今の感覚だったら、サルヴァトーレに監禁されていた少女は「被害者」であって、解放されるはず。
ところが、修道院の牢(ろう)に閉じ込められてしまいました!

兵士 「入ってろ 魔女め
少女 《泣》
兵士 《つば吐く》

ウィリアム 「今や娘はさらに危険な男の手に渡った!」
アドソ 「誰ですか?」
ウィリアム 「ベルナールだ」
アドソ 「審問官が? なぜ? 彼女は何もしていないのに 彼女は潔白だ 潔白だ」

「魔女」だとして、キリスト教の審問官によって捕らえられたことに、アドソならずとも、疑問を感じた人もいたのではないでしょうか?

古代エジプトやギリシャの時代から、魔女と呪術は憎まれ、民衆から迫害されたり、国家から処罰されたりする例はありました。「魔女狩り」(森島 恒雄 著)によれば、しかし、それは、魔女が宗教的な異端の罪を犯したということからではなく、呪術で人を殺したとか、家畜を病気にしたというものであったのが、“異端者”たちの運動が激しくなる11~12世紀から、異端者を裁く教会の裁判に「魔女」が現れ始めた、といいます。
そして、1318年にフランスの高位聖職者に、いつでもどこでも魔女裁判を開始し、続ける権限を与えたのが、教皇ヨハネ22世でした。この教皇はその2年後には、フランス・カルカソンヌの異端審問官に、魔女を異端者として処分し、財産を没収すべしとしたと命じたといいます。以降、この教皇自身、また後継の教皇も、何度も、魔女狩り強化令を出しました。
この本によれば、「魔女」は便利な道具だったことを指摘しています。異端裁判では、審問官は判決文を読み上げますが、難しい神学的理由は、一般大衆には理解されづらいが、魔女裁判であれば、“魔女と性交をした”とか、“魔女の集会に参加した”等、無学の大衆にもわかりやすい判決理由で済むからだというのです。

人々の不安が「魔女狩り」の背景にあることを指摘する専門家もいます。
14世紀の西ヨーロッパでは、飢饉の頻発やペスト(黒死病)が大流行しました。「図説 魔女狩り」(黒川 正剛 著)によれば、この時代、人々の不安が極度に高まるにつれ、マイノリティの人々や弱者が迫害され、その標的がハンセン病患者の人たちからユダヤ教徒へ、そして魔女へと移っていったのだといいます。

いつの時代も、不安な時代には、大衆は「スケープゴート(標的)」を求めるもの、なのでしょうか。

■ 災難に翻弄された14世紀の平信徒
サルヴァトーレ 「俺知らない! 異端が何かも ペルドナ・メー、アミクス あなたの あわれな犬を許してくだせぇ《泣く》」

裁判のシーンで、自分が助かるために、レミージョをあっという間に裏切ったサルヴァトーレ。
貴族の家の奴隷として屈辱の人生を送っていた彼を救ってくれたのはレミージョなのに。
(貴族の少年によって、首に鎖をつけられ、犬として、四つんばいでわんわん吠えてみせるシーンは印象的でした)

ドラマの中でサルヴァトーレを演じたステファノ・フレージは公式インタビューで、彼についてこんなふうに語っています。
「サルヴァトーレの身体的な特徴を考えた時、心に浮かんだ最初の動物が“犬”でした。なぜなら、彼は“ご主人”にはとても忠実です。彼がご主人だと認識した人物がレミージョだったのです。」

そして、今度は、異端審問官のベルナール・ギーが、まるで新しいご主人様であるかのように、屈してしまうのでした・・・。

サルヴァトーレは、『薔薇の名前』原作者ウンベルト・エーコが創作したキャラクターだと思われますが、ちょっと彼の人生について少し考えてみたいと思います。

『薔薇の名前』の原作(河島 英昭 訳)では、ストーリーが中盤に差し掛かろうとしていたところで、サルヴァトーレがアドソに向かい、自身の半生を語る場面が出てきます。
農村に生まれたものの、幼年時代に、長い間、天候不良による洪水に襲われ、作物は全滅し、人々は感染症に見舞われ、多くの人が死んでいき、人肉を食べる者もいたこと。
そして、村を逃げるように出て、ヨーロッパ各地で、盗みや托鉢したり、領主に仕えたりしながら、放浪の生活を送ったこと。
サルヴァトーレが色々な国の言葉を一緒くたに話す理由については、ステファノ・フレージはこんなふうに分析しました。「彼が歩んだ人生の厳しさによって、彼の頭を混乱させ、色々な言葉が混ざってしまうのでしょう。」

当時の西ヨーロッパの気候に目を向けてみましょう。西暦1000年ごろから300年ほど比較的温和な天候が続き、農業技術の進歩による農業生産が増大し、商業が発達、貨幣経済が進みました。ところが、1300年代にはいると、気候が大きく変動、寒冷化が進み、飢饉の時代になっていったのです。

特に、1315―1317年は「ヨーロッパ大飢饉」でした。
何か月も続く長雨、洪水、赤痢などの疫病、寒冷な冬が猛威をふるいました。

そこに慢性的な戦争が、人々の生活に追い打ちをかけます。ドラマ冒頭でも出てきましたが、イタリアでは、各都市の間で、教皇派、神聖ローマ皇帝派に分かれ、戦闘が行われていましたし、地中海の覇権をめぐって、ベネツィアとジェノヴァも争っていました。

そんな14世紀を、ヨーロッパの「危機の時代」と指摘する人もいます。

中世史家のジャック・ル=ゴフは、黙示録的な世界観に支配されることの多かった14世紀の人々は、目の当たりにする悲惨な出来事を、新約聖書の「ヨハネの黙示録」に登場する3人の騎士(聖書協会の共同訳では「生き物」と訳されている)になぞらえて考えていた、それは、すなわち、飢饉・戦争・疫病だ、と指摘しています。黙示録では、キリストのことだと考えられている小羊が7つの封印を解いていくと、最初の4つに対して、ひとりずつ騎士が現れると記されているが、2番目以降の3人は、戦争・飢饉・疫病を象徴していると考えられているそうです。(「ヨーロッパは中世に誕生したのか?」 菅沼 潤 訳)

「気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀」(E・ル=ロワ=ラデュリ 著/稲垣 文雄 訳)によれば、彗星や北欧での血の流れるようなオーロラ、月食、地震などが、人々に“神の予告と共に災害が現れた”と感じさせたといいます。オランダの同時代の年代記作者が、1315年の彗星の出現は、人々に飢饉によるこの世の終わりを意識させた、と記録しているそうです。

「また、小羊が第六の封印を解いたとき、私が見ていると、大地震が起きた。太陽は毛織の粗布のように暗くなり、月は全体が血のようになって、天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようであった。(中略)神と小羊の大いなる怒りの日が来たのだ。誰がそれに耐えられようか」(新約聖書「ヨハネの黙示録」6章 聖書協会共同訳)

そんな“終末の世”に生きたサルヴァトーレは、「薔薇の名前」原作では、何百年もの間、封建領主と飢饉に苦しめられてきた、農村出身の平信徒(聖職位をもたない一般の信徒=在家信徒)のひとり、と定義されています。彼は、過酷な暮らしのなかで、木々が蜜を流し、食物をふんだんにもたらす、おとぎの国のような「別の種類の世界」を渇望していました。

「ペニテンツィアージテ(悔い改めよ)!」を警句とする、ドルチーノ派につきしたがったサルヴァトーレ。

“『終末が近づく今、救世主(メシア)が現れる、世直しをする』と訴える集団とたまさか出会い、今よりも少しでも良い世の中を求めてついて行っただけで、何が異端で、何が正統か、なんて、無学の平信徒である自分にはわからない・・”。裁判での彼の言葉は、当時の時代背景に目を向けて見てみると、そんな本心からの叫びだったように感じられるのです。

■終末論を説く集団
レミージョは、ついにドルチーノ派であったことを認めましたね。
レミージョ 「私はずっと信じていた 我々の手で教会を再生させることを」「そうとも 告白してやる 我々は何もかもうち捨て その時を境に 誰からも金銭を受け取ってこなかった」

「中世の異端者たち」(甚野 尚志 著)によると、ドルチーノは1300年以降、何度か自分たちの考えを示したマニフェストを出し、独自の終末論を展開したといいます。
彼は歴史の過程を4つの段階に分けて主張しました。
第一は旧約聖書の時代、第二はキリストと使徒たちの時代、第三は313年にキリスト教を公認したローマのコンスタンティヌス帝から今終わろうとしている時代で、教会が堕落し腐敗している時代、そして第四が、ドルチーノが指導する、人々が清貧を守る時代。それは最後の審判まで続くと説いた、ということです。
その考えに共鳴した数千の農民を率い、ドルチーノは北イタリアで蜂起、山に立てこもりました。
これに対し、1305年、教皇は十字軍を派遣、戦闘が続きました。
ダンテ(1265-1321)は「神曲」地獄編の中で、山に立てこもるドルチーノへのメッセージとして、亡霊の口を借りて、勝利したければ、食糧を貯えよ、と記すほどでした。このことから、同時代の人たちが、大事件として関心を持って受け止めていたとも考えられます。しかし、この武装蜂起は、結局、鎮圧され、1307年ドルチーノと妻マルゲリータは火刑に処されました。

■現代社会への教訓は
ベルナール 「焼き討ちと強奪をした」
レミージョ 「確かに・・・焼き討ちと強奪はしたなぜなら我々は清貧を普遍の掟としていたからだ」

このドルチーノ派と、『薔薇の名前』の原作が書かれた当時の、イタリアのある事件との類似性が取りざたされたのはよく知られるところです。1978年、アルド・モーロ元首相の誘拐殺人。事件を起こした極左テロ組織「赤い旅団」のリーダー、レナート・クルチョがドルチーノと同じようにトレントに住んでいたことや、妻の名が同じマルゲリータであること、等によるものです。(「バラの名前 探求)谷口 勇 訳 による)
当時、イタリアでは、労働者の権利を主張するために、暴力に訴えるような集団が出現、そうした極左だけでなく、極右によるものとされるテロも頻発、「鉛の時代」と呼ばれました。

ウィリアム 「審問官殿 あなたはレミージョとフランシスコ会の行いは同じだと言おうとしているが 我々の教えに憎しみはない 暴力と流血はもってのほか その点あなたは異端と同じ手法を使っている だが言った通り 暴力で人の信仰は変えられない」

原作が書かれて40年が経つ21世紀の今の世界は、貧富の格差が拡大し、移民排除の動きもあったりして、分断の時代とか非寛容の時代と言われます。気候変動や災害、感染症の心配や戦争の危機も、すぐ近くにあります。その意味で、人を取り巻く環境は、物語の舞台である中世後期とあまり変わらないような気がしますが、ウィリアムのこのセリフは、不安な時代を生きる、今の時代の私たちにも、当たり前だけど、大切なことを訴えてくるように感じました。

みなさんはどうご覧になったでしょうか。

BS4K『薔薇の名前』

 

投稿者:スタッフ | 投稿時間:12:00 | カテゴリ:海外ドラマ

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