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『薔薇の名前』第5回 笑うことの意義

(※ネタバレ注意! ドラマのストーリーに関する内容となっていますので、ドラマ本編をご覧になられてから、お読みいただくようお勧めいたします。)

いよいよ教皇が派遣した一団とフランシスコ会士たちの議論が始まりましたね。しかし、あんな激しい
ののしり合いになろうとは・・・。異端審問官のベルナールはレミージョに目をつけ始めました。
そして、森の少女はサルヴァトーレにつかまり監禁されてしまいましたが、大丈夫でしょうか? 風雲急を告げる様相となってきましたが、ストーリーはどうなっていくのでしょうか・・・。

■ 笑うな!の意味するところ
さて、修道院の中庭では、長老格のアリナルドが自分の老いを揶揄(やゆ)するかのように、ギリシャの詩を読み上げると、ウィリアムや他の修道士たちがドッと笑いましたね。不審な死亡事件が相次ぎ、不安でいっぱいの人々が、ほんの少しだけホッとできるひととき。しかし、その時・・・。

ホルヘ 「笑うな」
アルナルド 「これはミムネルマスの詩ですぞ」
ホルヘ 「聖クリソストモスいわく キリストは 決して笑わなかった」

いかめしい表情をしたホルヘによる「笑うな!」の一言。

彼が引用した「聖クリソストモス」とは、4世紀終わり~5世紀初めの人で、ギリシャ教会では「教父」とされています。説教が上手なことから「金口イオアン」「黄金の口」と呼ばれ、後の時代のカトリックの修道士たちにも大きな影響を与えたといわれています。「キリスト教と笑い」(宮田 光雄 著)によれば、クリソストモスは、笑いを戒めた新約聖書の「エフェソの信徒への手紙」を引いて、卑わいな冗談や下品な笑いが並べられていても、あなたは笑うのか、と修道士たちに訴えたそうです。

「聖なる者にふさわしく、あなたがたの間では、淫らなことも、どんな汚れたことも、貪欲なことも、口にしてはなりません。恥ずべきこと、愚かな話、下品な冗談もふさわしくありません。むしろ、感謝の言葉を口にしなさい」(新約聖書 エフェソの信徒への手紙 5章3節、4節  聖書協会共同訳)

そして、クリソストモスは、ドラマの中でホルヘが述べたように、福音書の記者は誰も、キリストは一度も笑っていないばかりか、微笑んだことについても、書いていない、と述べたということです。さらに、クリソストモスは、悲しみで泣く人は、ラザロの死に直面し、エルサレムの将来を案じ、涙を流したキリストに倣(なら)うことができる、と述べたといいます。(「中世ヨーロッパにおける笑い」(水田 英実 ほか著)による)

フランスの著名な中世史家、ジャック・ル=ゴフによれば、「涙を流す人」と中世の修道士は定義され、恩寵の涙に、祈りの涙、そして改悛(かいしゅん)の涙が重んじられていたのだといいます。(「中世の身体」池田健二・菅沼潤 訳 による)

『薔薇の名前』の原作では、ホルヘは、自分たちの修道会の規則を、みんなに思い出させたかったのだと述べます。その修道会の規則とは、おそらく、6世紀に書かれたとされる「ベネディクト会の戒律」とされる書のことかと思われます。“祈り、働け”をモットーにするベネディクト会の「戒律」は、修道士たちの生活の規範から心得を細部に渡って示したものですが、このなかで、「笑い」について記した箇所がいくつか出てきます。卑俗な言動や無益で笑いを誘う言葉は絶対に禁じる、とか、謙遜の段階として、修道士はすぐさま笑わないこと、や、穏やかに、笑わず、厳粛で謙虚に、道理にかなった話し方をして大声をあげないこと、等を挙げています。(「聖ベネディクトの戒律」(古田 暁 訳)による)。

たしかに厳粛な祈りの場において、大声を出したり、下品な話をしたりするのは、ふさわしくない気はしますね。ホルヘはきっと、その規則の番人を自認している人なのでしょうね。

■ “笑いは人間固有の性質”論
しかし、「笑うな」というホルヘに対し、ウィリアムは、ひるむことなく、反論しました。

ウィリアム 「笑いは沐浴同様、良薬です」
ホルヘ 「沐浴は良い 体液の均衡が整うからな だが笑いは 体を揺さぶり 顔の造作をゆがめて人間を近づけて見せてしまう 猿にな」
ウィリアム 「猿は笑わない 笑いは人間特有の理性の証です

「笑いは人間特有の理性の証」。
このセリフで思い出されるのは、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの「動物の中で人間だけが笑う」という定義です。(「動物部分論」)

この動物部分論を含むアリストテレスの著作の多くは、アラビア世界を通じ、12~13世紀に西ヨーロッパに紹介されたといわれます。アリストテレスの哲学とキリスト教の信仰を調和させ、理性と神への信仰の一致を図ったのが、13世紀の神学者トマス・アクィナスです。彼は大著「神学大全」のなかで、「笑いうるもの」は人間以外に述語されないと述べています。(前掲「中世ヨーロッパにおける笑い」による)

そして、「図説 笑いの中世史」(ジャン・ヴェルドン 著/池上俊一 監修)によれば、13世紀に広まった、都市や農村を歩き回り、信徒からの寄付により生活をする「托鉢修道会」の代表的な組織フランシスコ会の開祖「アッシジのフランシスコ」と弟子たちは、聴衆の気持ちをつかむために、説教の中で、ユーモアを発展させていったといいます。

ウィリアムは、そのフランシスコ会の修道士です。
ホルヘとウィリアムの「笑い」をめぐるこのやりとりは、中世という時代を背景に、教えに対して忠実に考えていくのか、人間らしさに重きをおいていくのか、考え方の違いを浮き彫りにしたシーンであったのですね。

次回、異端審問官ベルナール・ギーが動き出します。そしてアドソ初恋の少女の運命は・・・。
修道院内外の動きから目が離せません。ぜひお楽しみに!

■次回第6回は、1月19日(日) BS4K 正午

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投稿者:スタッフ | 投稿時間:11:00 | カテゴリ:海外ドラマ

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