NHKマンガ部

「マンガラブ」わたしのマンガベスト3 作家・冲方丁(前編)

第1回は、日本SF大賞など、数々の賞を受賞している作家、冲方丁(うぶかた とう)さん。
聞き手は『マンガ大賞』発起人、“よっぴー”こと吉田尚記さんです。

漫画家への道を諦めるきっかけとなった『ベルセルク』

——マンガに対する熱い思いをぶつけてもらう「マンガラブ」、第1回は、小説家になる前は漫画家志望だった冲方さんに、「冲方丁を作った心のマンガベスト3」をご紹介いただきます。早速ですが、3位の作品を教えていただけますか?

冲方:悩みながら、順位を決めました。3位は『ベルセルク』(三浦建太郎)ですね。僕は4歳から9歳くらいがシンガポール、10歳から14歳くらいまでネパールで過ごしたんですが、『ベルセルク』と出会ったのは帰国後、高校1年くらいの頃。『ベルセルク』には、僕が絵本で見たバイキングだとか、明らかにアイルランド、イングランド的な風景が広がっていた。日本人になじみのない景色、なじみのない装備にも、こんなファンタジーな世界を日本人が描いたのか! とビックリしましたね。

——『ベルセルク』に衝撃を受けたというクリエーターはとても多いですね。

冲方:展開もそれまでの作品になかったハードさがありますね。10代の僕は将来、絵を描いて食べていきたいと思っていたので、いろんな漫画を模写していたんです。でも、『ベルセルク』だけは泣きたくなった。描いても描いても写し終わらなくて(苦笑)。

——描き込みがすごいですからね。たしか三浦先生はアシスタントなしでお一人で描かれているとか。

冲方:こんなレベルの絵を描き続けるのはとても無理だと、漫画家への道をあきらめるきっかけになったのが『ベルセルク』でした。たしか……(と席を立ち、本棚から1枚の原稿を取り出して)これが当時、模写にくじけたときの原稿です。1枚だけ残しておいたのを今思い出しました(笑)。

——すごい、これはお宝ですね! それにしても『ベルセルク』の連載は1989年スタート。長く続いていますね。

冲方:キャラクターの特殊能力が増えて物語も長くなっていますし、キャスカが復活するのではないか? という説もある。この先どこまで話が続くのかというのは気になります。

——小説も大作連載というのは難しいものですか?

冲方:続けるのも大変ですが、長い物語をきちんと終わらせるほうがテクニックを必要とするんでしょうね。

——テクニックというと具体的にどういうことですか?

冲方:例えば時系列を先に決めてしまうとか。漫画も小説も、時代物や『三国志』『水滸伝』で長編にチャレンジする人が多いのは、物語が壮大でも歴史の長さ、額縁の大きさが決まっているので描きやすいからです。オリジナルの作品を連載させるには相当な理性が必要。そのいい例が手塚治虫先生ですね。

——手塚治虫先生の作品には、単行本数巻で終わる作品が山ほどありますからね。

冲方:『アドルフに告ぐ』はよく5巻で終わりましたよね。それがなぜ可能かというと、手塚先生はキャラクターを理性でさばいているから、お客さんも安心して読み進められるんです。そういう意味も含め、三浦先生が今後どう『ベルセルク』を描かれていくのか、いちファン、いち作家として興味深いですね。

複雑怪奇な人間関係を娯楽としてまとめあげた
『ぼくの地球を守って』

——では2位はいかがですか?

冲方:高校時代、男子校だったんですが、先輩がイチオシの作品があって。それが『ぼくの地球を守って』(日渡早紀)

——少女漫画誌(『花とゆめ』)の連載でしたね。なぜまた?

冲方:単純に面白かったというのがまずひとつ。あの柔らかいタッチの少女漫画的発想、男子の発想にはない展開ですね。途中で置いていかれそうになりながらも、追いかけたくなる感覚があって。そして、何がすごいって、人間の多重関係性ですよね。現世の7人と前世7人プラス周辺の関係性があって、過去と未来を横断して子孫までが連なっている。あの複雑怪奇な人間関係を娯楽としてまとめられたことに感動しました。

——分析的に読み込まれましたね。

冲方:各人の感情のぶつかり方がすごいんですよ。適当な感情の幅に収めて、好きだ嫌いだのといった世界にまとめることも可能なのに、地球を守る、月が出てくる……と広がっていく様がすごい。

——そもそも、『ぼくの地球を守って』というタイトルからしてスケールが大きくて。

冲方:それが初めからありきだったのかも気になりますよね。もしも予定調和だとすれば、結論を邪魔しそうな周辺要素は除外していかないと物語が破綻しますから。

——でも、予想外の展開を描く漫画家さんのエピソードを伺うと、まずはドキドキする展開を作って、後から伏線を回収する方が多いそうですね。

冲方:作家の頭というのは、そういうものだと思います。ある物事があり、そこから芽生える物語のほうが圧倒的に面白いですから。「この風景のなかから物語が生まれるとしたらどこだ?」と探すわけですね、だから、どうしても描きたいシーンというのは「そこに物語が生まれる」実感がある。『ぼくの地球を守って』なら、おそらく主人公のひとりの小林輪くんが高いとこから落ち、目覚めて宙を舞うシーンがまず物語を芽生えさせたのではと思うんです。シーンを作家が完成させればさせていくほど、そこから未知のものが生まれていく。そのなかで、読む人が求めるものは何か? 自分が求めるものは何か? 世の中にいちばん欠けているものは何か? と考えながら話を進めていくことで作家はよりよい物語をつむいでいけるんですね。

——つづく

<冲方丁(うぶかた とう)>
1977年岐阜県生まれ。早稲田大学在学中の1996年に『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞してデビュー。2003年に『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞を受賞。2009年、天文暦学者・渋川春海の生涯を描いた初の時代小説『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞。『シュヴァリエ』、『サンクチュアリ-THE幕狼異新』など、マンガ原作者としても精力的に活動している。

インタビュー・吉田尚記(「マンガ大賞」発起人)
テキスト・阿部美香
写真・水津惣一郎