やけに弁の立つ法律考証会議

やけに弁の立つ法律考証会議

「やけ弁」の法律考証を担当する弁護士たちによる解説コラム。その名も「やけに弁の立つ法律考証会議」。今回は、番組のスクールロイヤー考証を担当する神内聡さんによる「校則」と「不登校」についてのお話です。

「校則と不登校~日本の教育制度の不合理さと『現場不在』の議論」

…弁護士 神内聡

2018年5月12日公開

スクールロイヤー考証担当の神内です。今回のコラムでは、第4回のテーマである「校則」と「不登校」について、教師と弁護士を兼業する立場の視点から解説したいと思います。

まず、校則についてですが、法的には学校が校則を制定できる点に争いはあまりなく、むしろ校則の目的と内容が合理的であるかが問題になります。
しかし、校則の目的と内容の合理性を判断するのは容易ではありません。校則に限らず、法律やルールの合理性は環境や時代によっても異なるので、その合理性を的確に判断するのは難しいことです。また、第4話の冒頭で田口弁護士が珍しい法律を紹介しているように、本当に合理的かどうかを突き詰めて問われると答えに窮するような法律がたくさんあるのも事実です。そして、学校教育はほとんどの人が経験するものなので、各自の経験に基づいて「合理的」だと考える教育観が無数に存在することこそ、校則の合理性の判断を難しくする最大の要因とも言えます。
ちなみに、私はおそらく日本の弁護士で唯一、教師として校則違反の生徒を指導しなければならない立場ですが、私自身もまた、校則の合理性に悩みながら指導することに日々苦労している身であり、自分が勤務する学校でも女子のスカート丈を定める校則の合理性に悩みつつ、学校からは「神内先生、もう少し女子のスカート丈が短いことを厳しく指導して下さい」などとよく注意されています(が、実際には男性教師が女子生徒の指導をすることもまた、容易ではありません…)。

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さて、第4話では、「髪色を染めてはならない」という校則の目的と内容に合理性があるかが問われていますが、大きく分けて、校則の内容が教育目的を達成する上で生徒の人権をできるだけ制約しないものでなければならないとする考え方と、教育目的を達成する上で著しく不合理でなければよいとする考え方があります。前者であれば、染髪を禁止するよりも生徒の人権を制約しない校則で目的が達成できるならば、校則に合理性はないと考えることになります。逆に後者であれば、他に生徒の人権を制約しない手段があったとしても、染髪を禁止すること自体が著しく不合理であるとまで言えないならば、校則に合理性があるということになるでしょう。
しかし、後者の考え方に立ったとしても、「髪色を染めてはならない」という校則と、「髪色を黒にしなければならない」という校則では、合理性の判断が異なります。後者であれば、地毛が黒でない生徒ならば、黒に染めなければならず、生まれつきの髪色を強制的に変えるということは憲法が掲げる個人の尊厳に大きく関わることであるため、その点が合理性の判断にも影響するでしょう。髪色は本来、個人が自由に決定できる事柄であることから、それを制約するには相応の合理性が必要になるのです。

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ただ、人権保障の視点から法的に校則の合理性を判断するが、実際に生徒を指導する立場ではない弁護士と、教育活動が円滑に行われるよう学校の秩序を保つためには、たとえ校則で生徒の人権を制約することになっても生徒を指導しなければならない立場である教師では、校則の合理性を考える立場が異なることにも注意しなければなりません。「校則が緩ければ〇・厳しければ✕」とは単純に言い切れないのです。
校則の合理性を判断する際には、法的な視点だけでなく、実際に生徒を指導する教師の視点にも立って考える必要があるでしょう。

次に、不登校については昨年に教育機会確保法が施行され、不登校の子どもたちの意思を尊重し、学校以外での学習活動の重要性や休養の必要性を踏まえて適切な支援を講じることが法律に盛り込まれました。しかし、この法律は不登校の実態や他の法制度との整合性を正しく検討していません。
一般的には不登校の理由として「いじめ」が注目されることが多いですが、実際には「病気」や「家庭に係る状況」を理由とする不登校のほうがはるかに多いのです。しかし、残念ながら教育機会確保法は不登校の子どもの疾患への対応や家庭環境の改善についてはほとんど言及していません。
また、子どもにとって学校に行くことは権利であって義務ではないため、不登校もまた子どもの権利の一環として議論されることが日本では一般的ですが、不登校は同時に保護者の就学義務に違反するかどうかも議論されなければなりません。しかし、教育機会確保法と就学義務の関係は十分に議論されているわけではありません。

私自身は教師の立場として、現状の不登校への対応が本当に不登校の子どもたちのためになっているのか、疑問を持っています。日本の公立小中学校では一日も登校しなくとも次の学年に進級し、義務教育課程を修了することが事実上行われていますが、これは海外の教育制度ではほとんどあり得ないことです。また、教育機会確保法の制定に際しては学校以外の学習活動として、ホームスクーリングやフリースクールでの単位習得を認めるかどうかも議論されましたが、海外ではこうした学校以外の学習活動は非常に厳格な要件の下で認められていることについては、ほとんど重視されていません。
不登校の議論をする時に大切なことは、子ども、保護者、教師の三者の立場で議論をすることです。しかし、今の日本の不登校の議論では、教師の立場は置き去りにされ、教育現場に身を置かない人たちが議論をリードするような「現場不在」の議論が行われているように感じられます。また、海外との比較を踏まえた学術的・中立的な議論をすべき必要性もあるでしょう。

やけに弁の立つ法律考証会議

番組をご覧の皆様には、男子生徒が不登校になっている理由、そして田口弁護士が男子生徒に問いかけた「積極的不登校」という言葉の背景にある日本の教育制度の問題点について、一緒に考えていただけると幸いです。

神内聡(じんない あきら)

都内私立高校に勤務する社会科教師でありながら、弁護士資格も持つ日本唯一の「学校内弁護士」。著書に「学校内弁護士―学校現場のための教育紛争対策ガイドブック」など。

 

やけに弁の立つ法律考証会議 一覧

「再び利益相反と田口の選択」(5月26日)
「重大ないじめ事案への学校の対応とスクールロイヤーの役割」(5月19日)
「校則と不登校~日本の教育制度の不合理さと『現場不在』の議論」(5月12日)
「利益相反とは?」(5月5日)
「教師の長時間労働と部活動について」(4月28日)
「教師が生徒にできること~体罰と指導のはざまで」(4月21日)
「スクールロイヤーについて」(4月14日)

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