NHK土曜ドラマ 「TAROの塔」

岡本太郎生誕100年企画

 ― 太陽の塔 ― は、太郎の作品の象徴的な存在であり、あらゆる困難を乗り越え6000万を超える人々を熱狂に包み込んだ、1970年「大阪万博」のシンボルでもある。今もわたしたちを魅了してやまない「太陽の塔」に込めた、岡本太郎のメッセージとは何だったのか?
― 芸術の聖家族 ― と賛嘆された岡本家の人びと。太郎は、小説家・岡本かの子と漫画家・岡本一平の子として、芸術一家に生まれた。狂おしいまでに芸術を求める岡本家の魂は、若き日のパリ時代、戦争、戦後の日本を通じ、太郎をアバンギャルド芸術の道へと駆り立てて行く。それは、古い日本社会との戦いの連続であった。そして、生涯のパートナーであり、後に太郎の養女となる岡本敏子との出会い。
このドラマでは、1967年〜70年の「太陽の塔」が出来るまでの万博の戦いを軸に、太郎、かの子、一平、敏子という「岡本家の人びと」の破天荒な人間模様を描いて行く。大正から昭和、戦争から高度経済成長、そしてパリと、時空を超え変化していくダイナミックな映像をベースに、伝説の芸術家・岡本太郎の全ぼうに、NHKが初めて挑む!

【放 送】 2011年2月26日(土曜日) 放送開始(連続4回)
【総合】毎週土曜日 午後9時00分から9時53分 / 【BShi】毎週金曜日 午後6時50分から7時43分

【脚 本】 大森寿美男

【音 楽】 `島邦明

【出 演】 松尾スズキ 常盤貴子 田辺誠一 濱田岳 山崎一 正名僕蔵 近藤公園
カンニング竹山 手塚 とおる 嶋田久作 松尾貴史 赤澤ムック 滝藤賢一
成宮寛貴 /西田敏行/ 平田満 余貴美子 中尾彬 小日向文世  寺島しのぶ ほか

【制作統括】 訓覇圭 出水有三

松尾スズキの「何だこれは!?」
第1回(2月26日)第2回(3月5日)第3回(3月26日)最終回(4月2日)
第1回『NHKの挑戦(1)』

この話が来たとき、なぜ俺にこの役来たんだろう? という問いが頭の中に沸いて仕方なかった。

初めてのことばかりだった。ドラマで主役をやるってことも、真面目に演技し続けるってことも。

そもそもまったく似てないし!

いろんな人に断られたあげく自分のところに?

いや、依頼が来たのは脚本すらできる前だ。

「自分は、長いセリフ、覚えられませんですけど」

強く、プロデューサーに念を押した覚えがある。

「大丈夫ですよ」

プロデューサーは言った。

そして上がって来た脚本を見て、僕は椅子からずり落ちた。

「セリフばっかりじゃねえか!」

まったく意見を反映してくれてない。

この脚本は、挑戦だ。これはNHKから自分への挑戦状だとうけとった。

自分がNHKだとしたら、と考えた。

松尾スズキに岡本太郎?

これほどリスキーな選択はないだろう。

松尾スズキに長セリフ?

やめとけ!

僕なら僕にそう言う。

しかし、岡本太郎という常に挑戦し続けた人間の物語を作ろうというときに、無難な配役にしてどうする?

という気概をそこに感じたのだった。

(続く)

第2回『NHKの挑戦(2)』

挑戦という言葉はあらためて字にしてみると、

すごく照れる。

今どきでない熱さと、軽薄さすら感じる。

しかし、資料を読むうち、大阪万博のテーマプロデューサーを

岡本太郎に任せるということが、

とんでもない冒険であり、挑戦であったことを知るにつれ、

その意気にNHKがのっかったとしか思えなかった。

松尾を岡本太郎に

は、万博を岡本に

と同義であり、

それはまた、岡本太郎を太陽の塔を作ることとも同義なのである。

つまりは、無茶をする精神の復活をそこに感じたのだ。

小心者の自分が恐れていたことがあった。

それは、ヘタに演じて初めて僕を見るお茶間の人たちの笑いものになることだ。

笑わせるものではありたいが、

笑いものにはなりたくない。

しかし、無茶をしようという精神の前で、

そんなことに思い煩わせるのはバカらしくなった。

太郎が後年笑いものになっても自分のスタイルを貫き通したように、

どうせやるなら笑いものになるくらいの覚悟で、

小さく演じることを自分に禁じた。

つまり、もう、自分の覚悟はいつの間にか決まっていたのだ。

僕は、TAROの塔に、出演する。

(続く)

第3回『僕の挑戦』

出演を決めたのはいいが、前四回分の脚本を前に僕は頭を抱え込んでいた。

とにかくセリフが多くそのほとんどが、普通じゃないのだ。

いや、普通じゃないセリフにはなれている。

僕がこれまで大人計画で演じてきた人間は、そのほとんどがインチキな人間だったり、やっかいな人間だったり、

へたしたら人殺しだったり、ひどいときには人間ですらなかったり、逆に普通のセリフを言っているときの方が少ないくらいだ。

しかし、太郎さんの言葉は普通でないうえに難解なのだ。

「バタイユは言った。エロティシズムとは死にいたるまで生を歓喜することだ」

みたいな、

一回読んだくらいでは頭に入らないセリフが一冊の中にゴロンゴロン入っている。

そして、僕は脚本に三行以上のセリフが入っていたら、

「お、今回気を引き締めねば」

と思うたちなのに、

五行以上の長セリフがやたらとある。いたるシーンにある。

そのほとんどのセリフを、太郎さんは会話のキャッチボールというより一方的に喋っているのだ。

セリフの一つ一つをノートに書き出し、録音し、毎日、聞きながら歩く。

僕は、そのスパルタ暗記を、撮影に入る前の二か月ほどやるはめになった。

受験生かよ。

つくづくそう思った。

(続く)

最終回『瓦礫と太郎』

2話と3話の間に地震があり、放映日に2週間も間があいてしまった。

全4話の放送でこういうことが起きる。

初主演作が、このコンディション。

まことに僕らしい悲惨な現象だが、

公共放送であるから、国民の役にたつ情報を優先して放送しなければならないので、

当然のことだ。

衣食住足りてこその娯楽であり、芸術である。それは確かにそうだ。

僕はみんなと同じように、暇さえあればニュースを見ていた。

瓦礫と化した東北の町の映像はまるで戦争の後のようだった。

 

そういえば、

太郎さんは華やかなパリでの生活の後、兵隊にとられ、捕虜生活を経て、

瓦礫と化した日本を目の前にして、芸術家の立場でこれをどうとらえただろうか。

僕は当時の太郎さんになり、復員兵の姿でシャンソンを歌った。

焼け野原を前にシャンソンを歌うのは不謹慎なことだ。

しかし、これは生き物にふりかかる不幸に対して、人間だけができる、身体の中からの抵抗だ。

実用ではない。もちろんない。虚用と言っていい。

でも、太郎さんが、あのなにもない日本のまっただなかで、火だるまになりながら、それでも芸術の必然性を主張し続けてくれていたこと。

あの姿勢に今、反応しない表現者がいるだろうか。勇気づけられない芸術家がいるだろうか。

 

僕は今、舞台の稽古中だ。

衣食住と最も関係ないものと、この混乱の最中格闘している。

誇りなどない。

動物じゃない。人間だから、人間にしかできないことをやろうとして、そうしてる。それだけだ。

 

太郎さんを演じた後と前では、明らかに僕は変わったと思う。

 

 『岡本太郎生誕100年記念事業』の公式サイトはこちら(※NHKサイトを離れます)