【チーフプロデューサー・磯智明よりのメッセージ】
あたたかな、時には厳しいメッセージを頂きましてありがとうございます。
途中、野球中継による放送延長などありましたが、何とか無事放送終了することができました。感謝申し上げます。この放送期間、私たちはこのホームページを通じてとても幸せな時間を過ごすことができました。本来は放送中に、このページで質問にお答えしたり、難しい用語を解説したりできれば良かったのですが、名古屋放送局のドラマ班には町工場のようにわずかなメンバーしかおらず、十分な応対できませんでした。誠に申し訳ありませんでした。遅くなりましたが、このドラマについて今まで御説明できなかったことなど含めて、お話できたらと思います。
去年の秋、この企画が立ち上がった頃はこのような皆さんの大きな反響を想像できず、本当にこの世界をドラマ化できるんだろうか?ドラマ化できたとして果たして誰が見てくれるのだろうか?そんな不安で一杯でした。また、この企画の実現を疑問視する人もたくさんいました。
そもそも「監査法人」には原作がありません。会計の世界は本も沢山売れているし、ドラマ化すると面白いかもしれな…と思いつつもこれという原作とめぐり合うことができませんでした。ならばオリジナルでやるか、というのがまず一番初めの私たちの決断でした。
「ハゲタカ」とこのドラマを比べる方がよくいらっしゃいます。私としては比べられるなんてとんでもない、どこまであのレベルに近づけるか?そういう思いで制作に取り組んでいました。「ハゲタカ」の素晴らしいところ、それは幾つもありますが、私が特に凄いと思うのが現在と比較的近い過去をかなりリアルにドラマ化しているところです。経済活動は身近なようで実態はわかりにくい、善悪の評価もつけにくい、とても微妙なものがあります。表があれば裏があり、正しいものにも悪があるというような。だから、それを客観的にドラマ化するのはとても難しいです。それをやり遂げた「ハゲタカ」が、経済ドラマのハードルを上げてしまったと私は感じています。
あと、ハゲタカとの比較でよく話題に出ていたのが、主人公の年齢が若すぎるということでした。(だから、若杉というのではありません)40歳前後の主人公にした方が、人生の哀歓がより感じられたかもしれません。ただこのドラマは会計と言う動きが少なく、なじみがない世界を描こうとしていたので、まだ染まっていない青年が、善悪の微妙な事象にストレートにぶつかっていったほうが、分かりやすく、話がはじけるのではないかと思いました。あと、スペースがあればワーキングプアとか格差とか若者をめぐる問題にも触れたかったという思いがありましたが、残念ながらそこまではたどり着けませんでした。
オリジナルで作るために、取材をしつつ脚本を作り始めたのですが、その過程で名古屋放送局報道部の力をお借りしました。新聞や雑誌で監査法人や金融破綻の記事を目にするにつけ、NHKとしてどこまでのドラマ化が許されるのか、それが私たちの不安でした。原作がないので、自分たちで判断しなければなりません。このニュースのどこまでが真実と言い切れて、どこまでの表現が許されるのか、どこからフィクションにする必要があるのか、そのサジ加減を報道部の方々に相談し、話し合う中で私たちは掴んでいきました。
ストーリーを作るのは監修の先生方との戦いでもありました。
「監査法人が食品偽造を見破る話はできますか」
「それは会計士の仕事ではありません」
「でも、利益が不当に計上されていて、それを調べたら一度客に出したものを二度使いしていたというのが分かったらどうするんですか」
「会計士はそこまでしません」
「でも、不当計上されているんですよ」
「正しく計上するように指導します」
「その中で、食品偽造が分かっちゃたんですよ」
「会計士には捜査能力はありません。告発もできません」
「見てみないふりをするんですか」
「……、そこから先は個人の問題です」というような感じです。
さすがに食品偽造は取り上げませんでしたが、そういう駆け引きの中で生まれたドラマなので、プロの方から見ればあり得ないと思うところはあるかもしれません。監修の先生方には本当に苦労をお掛けしました。でも、決して会計士の方を貶めるつもりはありませんでした。
むしろ、私たちには会計士の方への期待がありました。それは社会全体に会計への関心が高まっているのと同じ理由だと思います。今、社会を動かしているのは政治ではなく、経済です。でもその実態や仕組みはよく分かりません。粉飾、不正、偽装などがニュースになって、初めて世の中こうなっていたと分かることが多いです。そうした中で、経済や企業の内情に詳しいと思われる会計士にスポットライトが当たってきているのだと思います。監修の山田真哉先生に、なぜ会計の本が売れているんですか?と聞いたことが有ります。山田先生は「それは世の中不景気だからですよ。みんなその原因を知りたいんですよ」と明快に答えてくれました。
ドラマでは、私たちの会計士への期待を含めてキャラクターを作っているので、実際の会計士の方からある程度の批判やお叱りを受けても仕方がないと思います。でも、もしかしたらこのドラマの会計士像が当たり前の世の中が来るかもしれません。同じ国家資格をもつ医師や弁護士だって、社会的な要請によって役割を広げていきました。会計士もきっと社会のニーズに従って、今よりもどんどん活躍の場が増えていくだろうし、それに従って会計士をめぐる法整備も進むのではないでしょうか。きっと、これから色んなドラマの中でももっと多様で個性的な会計士が誕生していきます。だから、会計士の方たちももっと大きく構えていただけるとありがたいと思うのです。
脚本家の矢島正雄先生は2話のラストで語っています。「幸福は心の問題、成功は金と権力の問題。成功者で理想(=自分の心に誠実に生きること)のまま一生を終えた人間など一人もいない」
これは経済ドラマのある本質を言い当てている言葉だと思います。経済ドラマの場合、サクセスストーリーがハッピーエンドにならないことが多いです。むしろ、主人公が挫折や失敗を通じて幸福の意味を知ると言うのが、経済ドラマの王道ではないでしょうか。こういう筋立ての方が、視聴者がリアルに感じると思いますし、このパターンを「監査法人」でも踏襲しました。むしろ近年の「会計士」と「監査法人」の動向に、この経済ドラマの王道を発見したのかもしれません。
監査法人は厳格という正義を標榜しながら、監査対象から報酬を貰い、法人として利益も上げなければならない。独立性を謡いながら金融庁の管轄化にある。しかも、日本的経営と国際的監査水準の狭間で葛藤するという、まさに「理想」と「現実」、「幸福」と「成功」で揺れ動く「監査法人」そして業務に携わる「会計士」の姿が近年のニュース、もしくは実際に取材を通じてドラマ性を強く感じました。
そしてこの葛藤を描くことによって、働くことの「誇り」を描いてみたいと思いました。矢島先生が言うには、「人は働く誇りを失った時に転落する」そうです。だから、働くことに誇りを持てない現代は異常なのだとも言っておりました。ちなみに会計とは働いた人たちの記録で、会計士は働いた人たちの記録を読み解く人だと私は思っています。
このドラマの中で若杉健司は、働くことに「誇り」を失った、失いかけた様々な人たちと出会い、自らの「誇り」を揺さぶられてゆきます。2話のラストで篠原が「(小野寺の理想を信じて)押しつぶされて、疲れているようにみえるがね」と言うと健司はしばし沈黙の後、答えます「それでも、誇りが支えてくれる」と。
しかし、こうして健司の心を揺さぶった篠原に、今度は健司が会計士としての誇りを失いかけて、5話のラストでこう問いかけます。「あなたは会計士として何に誇りをもって働いてきたんですか?」私はこの二人のシーンがとても好きです。でも、2話のラストも5話のラストもこのシーンは初稿ではありませんでした。絶対に健司と篠原のシーンは必要ですから書いてください、とこちらで頼んだのです。矢島先生は照れくさかったみたいです。自分の息子に説教しているみたいなシーンを書くのが。でも、どちらも名シーンになりました。さすがです。
何人かの方が「ドラマを広げすぎたのではないか」という指摘をして下さっていました。私たちが反省するところです。むしろ、話を作っていくうちに広がってしまったというのが事実です。あるシーンを作るとエクスキューズ(言い訳)のために別なシーンが必要なるということがしばしば起こり、会計の世界は私たちが予想していたより奥深かったということに段々と気づいていきました。だから、あらかじめシナリオを作り、頭からもう一度それを見直した上で撮影に入れば、もっとクオリティーが上がったかもしれません。作らないと分からないことが一杯ありましたので、お許し願えればと。
監査法人は報酬を監査対象からもらっているのではなく、その企業の株主から貰っていると考えるべきで、そちら側のドラマも描くべきではないかというメールを頂きました。それは正しい指摘だと思います。ただ、株主サイドの話に入り込んでいくと、外資やそれこそハゲタカのような近年の株式の話題に触れざるを得ないと思ったので、今回はあえてそこまで話を広げませんでした。監査法人とハゲタカの対決などやってみると面白そうですが、そこまで制作者側が作り込めるかどうか、自信がありません。作る過程で、ある程度ドラマ世界を区切らざるを得なかったことを御理解ください。
皆さんから励まされると同時に、教えられることが多く、放送が終わっても尚、メールを頂き本当に感謝の念にたえません。こうした叱咤激励をバネにもっと面白い、もっと深いドラマを作って行きたいと思います。ご覧頂いてありがとうございました。