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「なにわ3人姉妹ストーリー」
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その3人姉妹の実家は大阪で印刷業を営んでいた。
3人姉妹は大量の紙とインクの匂いに囲まれて育った。
長女はおっとり、しかし、しっかり者で、昔、流行った3高男性を見つけて、さっさと結婚し、普通の家庭の普通の主婦の幸福をがっちりつかみ、大学教授の妻の座におさまった。
次女と3女は大量の紙とインクの匂いがしっかり身体にすり込まれたせいで、なかなか紙やインクが手放せなく、
絵を描いたり、文章を書いたりして青春時代を過ごした。
その頃はテレビのCMや雑誌広告が一つの作品として、注目されるようになってきた頃で、「広告批評」という雑誌が脚光を浴びたり、コピーライターという職業が憧れの職業として、マスコミに取り上げられるようになった頃だった。
そんな時代に「時の人」として雑誌やテレビで大活躍していたのが、糸井重里さんである。
コピーライターという職業の存在を世に強烈に印象付けた最初の人だったかもれしれ
ない。次女と3女はそんな糸井さんに憧れ、熱烈なファンとして、糸井さんの追っかけをしたほどだった。
たまに上京したりすると、糸井さんのいきつけの喫茶店で何時間も張り込んだりもした。
三女は糸井さんのようになりたくて、コピーライター養成所に通った。
次女は既に絵の勉強をし始めていたけど、もの作りを志すきっかけを与えてくれたのは、やはり糸井さんだったと思っている。
年月が経ち、三女は念願叶ってもの書きになった。最初に就職した中国系商社を舞台にした赤裸々なOL奮闘記を谷崎光というペンネームで初めて出版した。この「中国てなもんや商社」という本が思いもがけず、大当たりし、映画化されたりして、念願の作家としての1歩を踏み出した。糸井さんに1歩近づいたと思っている。
次女は数々のヒット・キャラクターを生み出す、CGアーチストになった。たまたま「デジタル・スタジアム」という番組に関わることになって、心の師糸井重里氏も同じ番組にゲスト出演していることを知り、「いつか会えるかもしれない」というほのかな期待を抱き始めた。その期待が現実のものとなったのが12月2日の「デジスタ・アウォード」の日。憧れの人「糸井重里さん」が50cm先で話しをしていた。しかし、次女は、いまだに胸の鼓動がバックン、バックン鳴って、声もかけることが出来なかった。糸井さんのホームページをマメにチェックし、センサー登録もしているから、毎日「ほぼ日新聞」が届く。自分にとってはいつも身近に感じている人なのに…。結局、何も話せず、その最初で最大の「自分を知ってもらう」チャンスは過ぎ去ってしまった。
今、次女は思っている。「もっと、もっとビッグになって、糸井さんに声をかけられるような人になろう。」と。デジスタ・アウォードの審査会場で、糸井さんが「あっ、あなたがあの有名な松浦季里さんですね。」と声をかけてくれる日を夢見て。
※ 谷崎光(たにざきひかる)
「中国てなもんや商社」文芸春秋版
1996年発行 \1,359
「てなもんやバンチ!」文芸春秋版
1998年発行 \1,429
「中国てなもんや商社」文春文庫
1999年発行 \524 |
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