ヨーロッパ最大のメディアアートの祭典であるアルス・エレクトニカ。1979年に第一回が開催された。その発端は中世から続く伝統の町に新しい文化を作り、新しい風を吹かせたいという住民の思いだった。具体的にアルス・エレクトロニカを計画したのは、ORF(オーストリア国営放送)オーストリア上地域(オーバーエステライヒ)スタジオのトップであったハンス・レオポルドゼダーと、電子音楽家ヒュベルト・ボグナマイル、プロデューサーのユリ・ルッツェルだ。 テーマは、ハイスピードで変わり続ける「超小型電子技術」を取り上げた。アルスエレクトロニカフェスティバルは技術・芸術・社会をテーマとして取り上げることにより、新生リンツに胎動をもたらすという役割を課せられていた。アルスはテクノロジーに関する集まりの場となる一方、地域社会に深く根付いた祭りを目指し、リンツ「クラングヴォルケ」音楽祭も平行して実施されてきた。 デジタル・スタジアムでは2000年に初めてアルス・エレクトロニカを訪れた。この年のテーマは「Next Sex」という過激なもの。町の中心で行われる「精子レース」や生物を使ったバイオアートに戸惑いながらも、特番を制作した。 そして2001年。デジタル・スタジアムでは現地を取材し特番を制作するとともに、番組としてアルス・エレクトロニカに参加。メイン会場のひとつであるブルックナーハウスにブースを設け、テレビ番組を通して若いクリエーターを育成するというプロジェクトをヨーロッパの人たちに紹介した。 このホームページはアルス・エレクトロニカの姿を日本の人たちに紹介するため、デジタル・スタジアムが取材した情報と、公式パンフレットなどを元に制作された。2000年のアルス・エレクトロニカやこれまでのアルス・エレクトロニカの歩みについては、2000年バージョンを参考にして欲しい。 (番組プロデューサー 今村 研一 記)
「明日のアートの担い手はだれか」そんな問いかけをしてみたい・・・というのがそもそもの今年のテーマの発端でした。ここ数年、アルス・エレクトロニカでは「バイオテクノロジー」にスポットを当ててテーマを設定してきました。それは20世紀末のバイオテクノロジーの躍進で、社会や私たちの生き方そのものが大きく変わってきたというのが、その背景にありました。 しかし、経済や社会が閉塞的な情況を呈している今、私たちはその経済や社会における芸術の位置付けを考察したいと考え、芸術そのものをキーワードに据えたいと思いました。特に21世紀を迎え、これまで芸術と考えられてきた概念の枠組みを越えて、芸術=アートが生み出されつつあるという現実があります。 そういう新しいアートはいったどこで生まれるのでしょうか。芸術大学なのか、技術系関係の専門学校なのか、ユニークなコンテストなのか、あるいはデジスタのようなユニークなプロジェクトなのか。経済活動の産物としてなのか。それを模索するのが、今年のアルス・エレクトロニカの目的であるかもしれません。 特に今、注目に値するのが、コンピューター・ゲームです。従来のゲームは、エンターティンメント業界の単なる商品に過ぎませんでしたが、実は高度な芸術作品として見なすことも出来るという新しい視点が生まれています。コンピューター・ゲームにはストーリー性を盛り込むことが出来ますし、しかもユーザーがストーリーに参加することさえも考えられます。こういう参加型のゲームこそ、未来の芸術のあり方を示唆しているのではないか、と私たちは注目するわけです。 デジタル革命により、ハイテク商品の消費者でしかなかった若者たちは容易に作る側に回っていきます。彼らは氾濫するポップ・カルチャーをただ傍観するだけではなく、既製のキャラクターを作品の中に組み込んだり、全く新しいキャラクターを自ら作ったりということを、何の気負いも抵抗もなく、やすやすとやってのけます。 また、コンピューター・ゲームの分野は空想や夢の世界を描き出しています。このこと自体、もともとアートの世界に通じることですが、必ずしもアーティスティックな製品ばかりでないのも事実です。しかし、ビジネスという点で多大な成功を収める可能性があることから、クリエイティブな面やアーティスティックな面を改善するために優秀な人材を確保する余裕が十分にあるわけです。こうして今まではなかなか、作品を認めてもらうチャンスの少なかったアーティストたちがこういう世界で、才能を発揮できるようになっているという現実があります。 ですから、「明日のアートの担い手は誰?」と問うたとき、それはこれまでのアートの概念の枠組みをはみ出したところに存在するかもしれない・・・、まさにアートはこれまでの枠組みを越えて、新しい場所と新しいシーンに存在し始めているのですから。そういう私たちの思いが、今年の「テイク・オーバー」というテーマに反映されているわけです。特にアマチュアとプロの境界線にいる若者達に焦点を当てたいというねらいがあります。 そういう意味で、同様なコンセプトを持つ「デジスタ」の参加は、今年のアルス・エレクトロニカにとっても大いに歓迎されるものだったのです。 「テイク・オーバー」=「明日のアートの担い手は誰か」を問うことは同時に、「明日のアートの姿」を探ることでもあるのですから。
◆藤幡正樹氏は、アルス・エレクトロニカと深く関わってきたアーティスト。(藤幡氏プロフィールは後述) そんな藤幡さんに、中谷キャスターが 「take over」 について、またアルス・エレクトロニカの魅力について、聞きました。 中谷:アルス・エレクトロニカの今年のタイトルは「Take over」でした。去年は「next sex」だったわけですが、タイトルからみた今年の傾向はどういったものですか? 藤幡:ここ3年間くらいは、バイオロジー系のことをやってきて、今年はそれを踏まえてさらに新しいアートの領域を開けるかというのが、テーマになってきました。 ちょっと息切れしてきたところもあります。(出展作品の)数が足らないんです。最低10とか20とか、(テーマに沿った)傾向をもっているものがないと面白くないですね。見る側としても。 また、溜まってきているテーマもいっぱいあったみたいで、随分いろいろと悩んで、僕も色んな事言って、いくつかトピックがあってそれを全部取りまとめてみたときに、全体としてはアート、つまり「新しいアートとは何か」っていうことを、もう一遍やる。そして、そのサブのサブジェクトとして色んなテーマを持ってこようってことになったんじゃないかな。 それで「Take over」。だれが好きか、だれがひっぱっていけるかってことに。タイトルはひとつのマニフェストだから、みんながいろんなことを言うし、それも批判的なスタンスを取るのが普通なので、それはそれで面白かったですけどね。 中谷:アルス・エレクトロニカも次を考えていかなくてはならないと思いますが、藤幡さんが見る次の世界というのはどういうものですか? 藤幡:いっぱいアスペクトはあると思います。2つ位話すと、サイエンスのトップレベルで起こっていることは、ことごとく情報化しているんですね。だから目に見えない、触ることができない世界。ゲノムにしてもただ塩基の配列が並んでいるだけみたいなことでしか僕たちは理解できなくて、その先に起こっていることが直接手で触れるようにはならない。ほかの世界もそういうのが多い。そうするとビジュアライゼーションの問題が起きてくる。僕たちが見ることのできる電磁波、光も電磁波だとすると、あるレンジの中しか見えないわけじゃない?そういうところに情報を持ってこなくてはならない訳だから、その辺のスキルといかデベロップメントというかが、まだ足らない。 そういう最先端の科学が、社会とどう接点を持っていけるかという事です。コンピュータは、かつては計算機だと言われたんだけど、それが文字や絵を扱うようになって、ツールと言われるようになって、その次はメディアだって言われて、それが人と人をつなぐようになった。人と人をつなぐやり方が変わって来たので、情報の流れ方も変わってきちゃった。 例えばテレビで国会を見ていると、実際表の舞台でしゃべっている以外にアンダーグラウンドで流れて、そこでオーガナイズされていく部分のパーセント、まぁ昔からそうだと思うんだけど、その方法が変わってきているのだと思うんだよねぇ。 アルス・エレクトロニカのテーマである「Take over」みたいなこと、つまり、あのポスターのように一人の天才が出てきて世の中をひっくり返すっていうのは、情報が過疎の時の話しだと思うんだ。 今みたいに瞬間的に誰かが言ったことが、ぱっとディストリビューションされてしまうと、それこそアンディ・ウォフォールが「3秒間は有名人になれる」とか言ったけど、3秒が0.3秒くらいになっている状況だから、むしろそうじゃなくて、そういう、うごめきの中からある方向性、いいのか悪いのか分かんないけど、みんなが同じ方向を向かうとか、そういう別の方法をとらないと、「Take over」しないんじゃないですかね。 そのへんが、まだ表向き立ち上がってないと思うけど、アルス・エレクトロニカの中でもメディアアートが激しく表面に出てきた時代と比べると、ネットのカルチャーがすごく表に出ていて、メディアアートといわれている作品の中の3割くらいネットワークをテーマにしてない?だから、もうそういう状況なんですよね、もう。 中谷:アルス・エレクトロニカでは、藤幡さんが1996年にゴールデン・ニカをとられて、徐々に日本の人が増えてきますよね。そのあたりの傾向は、なぜでしょうか? 藤幡:ひとつはデジスタの影響が今年はかなり強かったと思いますね。相当興味持ってくれたね。 こちらの人たちも日本を知りたいわけでしょうね。日本はアーティストがリーダーシップをとって、インダストリー・オリエンテッドでどんどん産業化していっちゃう訳だよね。だからその産業化して行くレベルがヨーロパの人から見ても奇異なものに見えるんですよ。こんなものが商品になるのかって。例えば「たまごっち」とかね。 だから日本人の作家がフィーチャーされ、日本のカルチャー、ムーブメント全体にヨーロッパの人が興味持っているという側面はあると思う。 だから別の面でいうと、もっとアーティストをフィーチャーするのではなくて日本のカルチャーをフィーチャーしたチャネルを、アルス・エレクトロニカでも作ったらいいんじゃないかと思います。 中谷:僕は何年かここへ来て、だんだん思い始めたのは、これだけ歴史を刻んできたメディアアート、これだけ世界中のメジャーなメディアアーティストが集まっているのに、なぜこれだけお客さんがが集まらないかということです。我々の責任もあるし、運営の本体も、もっと努力して人に見せないといけないんじゃないかと。 藤幡:でも今年は多かったよ。全体的にトピックが柔らかかった、というのもあるし、アルス・エレクトロニカがまたアートに帰ってきたっていう言われ方が、はっきりしていたし。だから2,3年来ていなかった人が帰ってきた。 オーガナイゼーション側の問題としては、シンポジウムの席が足りなかったんですよ。ということは、彼らが始めから見込んでいる数はそんなに多くなかった。 ただ、もしもシーグラフみたいに人が来たら、ここはパンクしちゃうと思う。ホテルも足りないし。だからある意味では彼らもそれを意識していると思う。 そのかわり非常に飛び抜けた内容を持ち込んでくる。だから本当に、ヨーロッパ中の(アートシーンの)オーガナイザーたちが来る。だからひとつのショーケースになっていて、アーティストはここで頑張れば、次の展示ができる。そういうチャンスが生まれてくるんだよね、アルス・エレクトロニカでは。 ヨーロッパどこの街もそんなにでかくないので、アートもそういう風に動いている。単にここだけの人間の数で見ると、見間違ってしまうと思う。1度ここでヒットするものを作ると、3年くらい続くんですよ、オファーが。あっちこっちから。スペインの田舎までいくみたいな。 中谷:藤幡さんの個人的なことについてお聞きしたいのですが、いかがでした、今年参加されて。 藤幡:今年は、シンポジウムが大変だったね。内容的にも僕に責任があるし、言い出しっぺでもあるので責任もってしゃべろうと思っていたので、結果的にはうまくいったと思っていますけど。来てくれた人にも、結構評判も良かったんで。ひとつ問題があるとすると、それは言葉。英語が第二外国語って人は、たくさんいる訳だから、そういう意味ではまぁいいと思うけど。 アメリカでやる方がきついねぇ、シンポジウムは。彼らは全然日本人容赦しないので。しゃべるのはいいんだけど、聞く方がつらいよね。 中谷:来年はどういう関わり方を? 藤幡:分かんない、全然。でもまぁ、展示をやってしゃべって、審査員やって、それを全部果たすのはなかなか疲れますね。 中谷:今年、審査を担当されたゴールデン・ニカのインタラクティブアートのお話を伺いたいのですが。 藤幡:去年もそうだけど、今年もいい仕事できたと思いますね。というのは、インディペンデントで、ひとりで色んな事考えてお金あつめてきて、作品をリアライズしていく。そういうものって個人にとって大変なことじゃないですか。 だから、強い意志をもった人を、できるだけ勇気づけてあげたいじゃないですか。そういう意味では、成功したと思いますね。 コンピューターアニメーションのセクションでは、ずっと問題になっているのですけど、お金かけているコンピューターグラフィックスに賞あげちゃうと、お金かけないでコツコツ作っている子たちが「なんだ、お金かけないともらえないんだこの賞は」って思っちゃったら寂しいじゃない。 今年も相当アンビシャスで、よくこんな面倒くさいことをテーマにするっていう、ジクジクやっている作品があった。しかも、実際にここで展示もしてもらって、みんなに評価される部分もあってプッシュしていたんだけど、受賞しなかった。来年、できるかもしれないって言ってたけどさ。 中谷:二年続けてパネル展示だけの作品が受賞して、残念ですよね。 藤幡:展示のスケールサイズっていうのもちょっと変わってきましたからね。 中谷:パネル展示も、それなりに気合いを入れたプレゼンテーションであったことはたしかだと思いますけどね。 藤幡:去年のゴールデン・ニカを獲った、ラファエロも今年はロッテルダムで、かなり大きいプロジェクションの作品やりました。これには、自分も勇気づけられているし、また、お金出す側も作品を見ればわかりますよね。「これは、良い」って。そういう意味では絶対間違ってない人に賞あげたなと思います。ホっとしました。 中谷:新鮮ですね、審査員がそれだけ責任をお持ちだと聞いて。 藤幡:4,5人とやりとりしていくわけだから説得しなくてはいけないでしょ。そのためには材料が必要だし、そのためにはいろいろ努力しなくちゃ。 エンジニアサイドの人もいるし、コンピュータサイエンティスト、いわゆるデザイナーがいて、アーティストがいて、オーガナイザーがいて・・・。だから「それぞれの価値観を持った人が、私が推す作品を見ると、どう感じるのか」って、考えた時変わりますよね。 中谷:藤幡さんが時々言われているように「メディアアートを見ることによって、芸術がわかる」という部分がありますね。 藤幡:そうですね。そうであれば、いいと思いますけど。価値観っていうものは与えられるものじゃない。結局アートって分かんないものです。でも分かんないってことが大事なわけ。分かんないってことは、そこに深さがあるから、深いから分からない。全く無意味だから分かんないっていうのではなく「分からない深さ」っていうのが大事なのです。 例えばピカソの絵も「分からない」と言われてきたじゃない。すごい時間かかって色んな背景も理解されて、理解が成立する。だから分からないって大事なことなのです。それは「深さ」そのものだから。 同じ文化の中にいると、その深さがわからなくても、分かった気がしているけど、違った文化に触れると、いきなり分からない。それは相手も深い、こっちも深くなっちゃっているから。その「分からない」って言うことを、大事にしていく。「分からない」といって過ぎてしまうのではなく、色んな形で接点を見つけていく。そういうことが、面白いと思うし、そういうことのあり方として、過去の物もいいけど、いま現在の僕たちをかこんでいる状況が大切。ヨーロッパでも電話やテレビは表面上は全部同じでも、それが違った風に扱われているとかも、「分からない」っていうことの一つかもしれない。 それに気づくと、初めて文化的な違い、深さに接するわけ。そういうことを考える場所としても、アルス・エレクトロニカここは機能しているように思います。 中谷:デジスタを見ている視聴者の方も、アルス・エレクトロニカは、ほとんど知らない世界ですね。でも、この番組を見ればアルス・エレクトロニカというものが大体わかると思っています。さらに、これだけは知っておいて欲しいと思うことはありませんか? 藤幡:こういう場所は世界にそんなにありません。そんなにいっぱいあってもおかしいけど。「エクストラオーデイナリー」って言葉があるけど、規格外を受け入れられる力がヨーロッパにはあるんだよね。 日本はずっと高度成長の時に規格化したじゃないですか。学校の教育からして。今頃になって創造的な人間を育てる教育をしようとしている。 その時には「とんでもない」って思えることが、どこに着地するっていうかが分かるという意味で、アルス・エレクトロニカのような場所があるんだと思う。一度見に来て損はないと思いますよ。 ◆ 藤幡正樹氏プロフィール 1956年生まれ
80年代初頭からコンピューターグラフィックとアニメーションの制作。その後彫刻の制作を経て90年代からはインタラクティブな作品を次々に発表。ネットワークをテーマにした作品<Global interior Project>はリンツアルスエレクトロニカでグランプリを受賞。 97年にはインタラクティブをテーマにした作品<Beyond Pages>がドイツにあるメディアアートセンターZKMのコレクションになった。また、98年には客員芸術家として滞在し、ここでの成果を11月に<Nuzzle Afar>というネットワーク作品をドイツ・オランダ・オーストリア・日本をつないで発表した。 http://www.ntticc.or.jp/Collection/Interview/Fujihata_M/ index_j.html http://www.artfront.co.jp/art_necklace/jp/who/artist/ tokamachi/fujihata/profile.htm