戦跡 薄れる記憶東京大空襲の記憶 教員の「執務日誌」(2016/8/14 放送)

戦争末期の昭和20年3月、10万人が犠牲になった東京大空襲。その被害を受けた女学校の教員たちが当時の状況や心境を綴った「執務日誌」が残されていることが分かりました。8月15日、終戦の日に東京・江東区で行われた戦争の経験を語り継ぐ催しの中で、中学生がこの「執務日誌」を朗読し、戦争の悲惨さを訴えました。

朗読に込めた中学生の思い

「空襲警報発令、都内数十か所に焼い弾による火災発生」空襲で、女学校では生徒や教師、少なくとも5人が犠牲になり、校舎も全焼。日誌には、東京大空襲当日の様子が詳しき記録されているほか、教職員たちの心境もつづられています。

「路上より猛火に包まれ行く校舎を注視し万感こもごも胸にせまり、折からの火と風との中に立ち、低徊去ることあたわざりき(行きつ戻りつし、立ち去れなかった)」。

この日誌を朗読した中学3年生の太田菜瑞奈さんと土田恵蓮さんは、催しに先だって、空襲当時、女学校の近くに住んでいた竹内静代さん(85)に当時の様子を聞きました。

2人と同じ14歳のとき、空襲を体験したという竹内さん。「警戒警報がウーと鳴ると、飛行機が飛んできて赤い火が落ちてきた」と当時の様子を語りました。

話を聞いて太田菜瑞奈さんは、「具体的な体験談も聞けたので文章に感情を込めて、もう少しよくして本番で伝えられたらいい」と話していました。

空襲の記憶を語り継ぐ

そして迎えた朗読会の当日。
「折からの烈風と周囲の火災のため、遂に講堂、理科室に延焼しはじめる」
「午前6時、全く灰燼と化した校舎跡に立ち戻り、未だ燃えつつある校庭に立つ」
初めての朗読に挑戦した2人は、戦争の記憶を受け継いでほしいと願う人たちの思いに懸命に応えました。朗読を終えて太田菜瑞奈さんは「自分なりに体験者の方のお話を伝えることができて、すごくやりがいを感じました」と話していました。

また、土田恵蓮さんは「体験談を聞ける人は少なくなってきているので、今度は私たちが次の世代につなげていきたいなと思いました」と話していました。

「畢竟、一面焼け野原と化した灰の中から生徒も教師も懸命に生き復活した記録である」
今、空襲の記憶は、次の世代へ語り継がれようとしています。