星空紀行 ~銀河鉄道の夜汽車に乗って~ 渡部潤一教授

2017年02月13日

そして賢治は宇宙へ(5)

 いつのまにか高次の幻想空間を走る鉄道にのったジョバンニは、金剛石のかけらがばらまかれたようなまばゆい景色に目をこすりながら、ふと気づくのが、親友カンパネルラの姿だった。

 「すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気がつきました。そしてそのこどもの肩のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、にわかにその子供が頭を引っ込こめて、こっちを見ました。それはカムパネルラだったのです。」

 驚いたジョバンニは、前からここに居たのかを聞こうとすると、先にカムパネルラがつぶやく。

 『みんなはね、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった』

 高次の幻想世界から、背景となる幻想世界へ戻る物語の終わりで、この言葉の意味がわかる仕組みになっている。もちろん、カンパネルラは友人を助けようと川に入り、そのまま流され天に昇っていったという設定である。賢治はさまざまな場面で、このような仕掛けを盛り込んでいる。

 「カムパネルラは、なぜかそう言いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持がしてだまってしまいました。」

 そして、場面は銀河、つまり天の野原を旅する雰囲気へと切り替わる。一挙に、当時の旅の風景と幻想の旅の車窓とが混じり合う物語へ突入する。

 「ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いよく言いました。
 『ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える』
 そして、カムパネルラは、まるい板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤の上に、一々の停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。」

 当時はカメラは高級品である。とてもではないが、一般の人が手にできるものではなく、旅の記録と言えばスケッチ帳だ。さらに自販機がどこにでもあるような時代ではない。のどを潤すお茶や水を入れる水筒も旅の必需品だった。それでも、カンパネルラは構わない、と言う。大事なのは銀河鉄道の道筋を示す地図だった。それもまるい板を、ぐるぐるまわして見ること、背景が黒曜石のように真っ黒なこと、それをジョバンニがどこかで見たように思うこと、などから、天文ファンならピンとくるはずである。星座早見盤である。実際、銀河鉄道に乗る前、ケンタウルス祭りで賑やかな町の時計屋の店で、ジョバンニが見入った黒い星座早見盤を、ここでイメージさせている。

 そして幻想的な天の車窓の描写へと続く。

 「『そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか』
 そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀の空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。
 『月夜でないよ。銀河だから 光るんだよ』」

 読者の皆さんは天の川がいかに明るいか、実感されたことがないかもしれない。私はオーストラリアのアウトバックと呼ばれる砂漠地帯で、人工光の影響のまったくない夜を体験したことがある。天の川の中心部、銀河中心と呼ばれる領域がオーストラリアでは天頂にやってくるが、月の光のない夜空では、その天の川の明るさで、自分の影ができているのがわかるほどなのだ。賢治が生きていた時代の花巻郊外も、おそらくそんな夜空が残っていたに違いない。ジョバンニの「銀河だから光る」という言葉は、決して誇張ではないのである。

(続く)

渡部 潤一(わたなべ じゅんいち)
最新・難解な天文学の成果を誰にでも判るように伝えてくれる人は、渡部教授をおいて他にはいない。流星や彗星など太陽系天体の研究の傍ら、国立天文台の副台長も兼任され、テレビ、講演、執筆などで大活躍中。
東京大学大学院、東京大学東京天文台を経て、1990年代のハワイ大学滞在中は、すばる望遠鏡建設推進の一翼を担い、2000年代には国際天文学連合の惑星定義委員として準惑星という新しいカテゴリーを誕生させ、冥王星をその座に据えた。活躍の場はワールドワイドだ。現在、自然科学研究機構国立天文台天文情報センター教授・副台長、総合研究大学院大学教授。理学博士。
1960年福島県生まれ。宮沢賢治に魅かれ、賢治の文学に現れる宇宙・天文について関心をもって調べてきた。当サイトでのコラム執筆には、賢治が星々をどのように表現して、どんな思いを込めたかについて、時代や風土も踏まえて見つめ直し、日本文藝家協会会員としての筆力を発揮して、東北の人々にエールを送りたいと意欲満々である。
主な著書、「新しい太陽系」、「ガリレオがひらいた宇宙のとびら」、「星空からはじまる天文学入門」、「天体写真でひもとく 宇宙のふしぎ」、「太陽系の果てを探る」)など一般向きの書物も多数。