星空紀行 ~銀河鉄道の夜汽車に乗って~ 渡部潤一教授

2017年01月10日

そして賢治は宇宙へ(4)

 級友たちにからかわれたジョバンニは、走って黒い丘に向かい、天の川の見える頂きにやってきて、「天気輪の柱」の下で、どかどかするからだを、つめたい草に投げ出す。ここからが、賢治の幻想世界への飛躍が始まるのだが、その前に現実世界での汽車の描写がある。

 「野原から汽車の音が聞こえてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果(へいか、リンゴのこと)をむいたり、わらったり、いろいろなふうにしていると考えますと、ジョバンニは、もうなんとも言えずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。」

 都会の中の電車ではない。田舎を走る汽車である。しかも現代よりも街灯も少ない真っ暗な中であれば、その窓から漏れる光はさぞかし目立ったことだろう。寒い夜、明るい室内から漏れる光を眺め、なんだかその中にいる人たちが幸福に見え、蚊帳の外にいる自分が惨めに思える、などという経験は誰でもあるに違いない。

 賢治はまず、現実として汽車に乗っていないジョバンニの思いを明確にさせた上で、幻想世界への飛躍を仕掛けている。寝転びながら、天の川を眺めているうち、次第に幻想世界へ入り込んでいくのだ。

 「そしてジョバンニは青い琴の星が、三つにも四つにもなって、ちらちらまたたき、脚が何べんも出たり引っ込こんだりして、とうとう蕈(きのこ)のように長く延びるのを見ました。(中略)」

 天気輪の柱は、輝く三角標になると同時に、銀河ステーションという声が聞こえてくる。

 「億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火を一ぺんに化石させて、そらじゅうに沈めたというぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくしておいた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼をこすってしまいました。気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。」

 こうしてジョバンニとカンパネルラを乗せた銀河鉄道は走り出す。そして、その会話の中で、「白鳥と書いてある停車場」であることを明らかにする。天の川の中を飛んでいる姿に描かれる、はくちょう座である。

 賢治が銀河鉄道の始発駅にはくちょう座を、そして終着駅にみなみじゅうじ座を選んだのは、きわめて深い意味がある。単純に目立つ星座と言うことだけではない。はくちょう座は、その均整のとれた形から「北十字」と呼ばれているからだ。

 カンパネルラも、途中から乗車してくる沈没したタイタニック号の乗客だった少女もいわば死出の旅路の設定である。仏教で言えば、三途の川を渡る旅、キリスト教で言えば神に召される旅だ。宗教に造詣が深かった賢治ならではの構成である。終着点だけでなく、出発点も、まさにキリスト教の象徴とも言える「十字架」においた。賢治は銀河鉄道を北十字から南十字と設定したのである。

 「にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派をあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を、水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。その島の平たいらないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架がたって、それはもう、凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。「ハレルヤ、ハレルヤ」前からもうしろからも声が起こりました。」

 賢治は、実に見事に、この始発駅に深い意味を持たせているのである。

(続く)

渡部 潤一(わたなべ じゅんいち)
最新・難解な天文学の成果を誰にでも判るように伝えてくれる人は、渡部教授をおいて他にはいない。流星や彗星など太陽系天体の研究の傍ら、国立天文台の副台長も兼任され、テレビ、講演、執筆などで大活躍中。
東京大学大学院、東京大学東京天文台を経て、1990年代のハワイ大学滞在中は、すばる望遠鏡建設推進の一翼を担い、2000年代には国際天文学連合の惑星定義委員として準惑星という新しいカテゴリーを誕生させ、冥王星をその座に据えた。活躍の場はワールドワイドだ。現在、自然科学研究機構国立天文台天文情報センター教授・副台長、総合研究大学院大学教授。理学博士。
1960年福島県生まれ。宮沢賢治に魅かれ、賢治の文学に現れる宇宙・天文について関心をもって調べてきた。当サイトでのコラム執筆には、賢治が星々をどのように表現して、どんな思いを込めたかについて、時代や風土も踏まえて見つめ直し、日本文藝家協会会員としての筆力を発揮して、東北の人々にエールを送りたいと意欲満々である。
主な著書、「新しい太陽系」、「ガリレオがひらいた宇宙のとびら」、「星空からはじまる天文学入門」、「天体写真でひもとく 宇宙のふしぎ」、「太陽系の果てを探る」)など一般向きの書物も多数。