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2010年09月24日 (金)

こだわり人物伝 ~バーンスタイン 愛弟子が語る~


ことし没後20年を迎えたレナード・バーンスタイン。
華やかで躍動感あふれる その響きは今も世界の音楽ファンを魅了し続けている。
バーンスタインの愛弟子、指揮者・佐渡裕がNHKのスタジオにこもり、師とすごした足かけ4年の体験を、丸1日語り尽くした。
英語が苦手だった佐渡の殻を破ってくれた最初のレッスン、ウィーンフィルと衝突したリハーサル、作曲家としての複雑な思い、そして教育に命を燃やした最後の日々、、、さらに、第1回では、佐渡はバーンスタインから受けた最初のレッスンをとらえたホームビデオを初公開!
佐渡裕が絶妙のトークで描き出したバーンスタインの素顔を4回にわたって送る。


【出演】佐渡裕(指揮者)
yutaka_sado.jpg1961年5月、京都市に生まれる。京都市立芸術大学フルート科卒業。87年、タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタイン、小沢征爾らに師事。89年、新進指揮者の登竜門として権威あるブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。現在、世界各地で一流オーケストラへの客演を重ねている。2010/11年シーズンはケルン放送交響楽団、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団へのデビューが決定している。
国内では、兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者を務めるほか、「1万人の第九」「佐渡裕・ヤング・ピープルズ・コンサート」など多彩な音楽活動を行っている。


【放送日時】

(1) 「衝撃の出会い」
・本放送 (教育) 10月6日 (水) 午後10時25分~
・再放送 (教育) 10月13日(水) 午前5時35分~

(2) 「ヨーロッパの伝統VSアメリカの星」
・本放送 (教育) 10月13日(水) 午後10時25分~
・再放送 (教育) 10月20日(水) 午前5時35分~

(3) 「作曲家としての遺言」
・本放送 (教育) 10月20日(水) 午後10時25分~
・再放送 (教育) 10月27日(水) 午前5時35分~

(4) 「最後のレッスン」
・本放送 (教育) 10月27日(水) 午後10時25分~
・再放送 (教育) 11月3日 (水) 午前5時35分~

《24分X4回シリーズ》


【放送内容】

■第1回 衝撃の出会い

1987年8月、アメリカ・タングルウッド音楽祭で佐渡裕は初めてバーンスタイン本人のレッスンを受けた。それは、指揮者・作曲家として知られるバーンスタインがもう一つの顔、天才的な教育者としての素顔を、佐渡に見せた衝撃の出会いだった。
当時の佐渡は、音楽祭で大抜擢され巨匠から指導を受けられる3人に選ばれ感激しながらも、英語力に自信が持てず、周囲に心を閉ざしていた。そんな佐渡に、バーンスタインは「日本の能の動きにはマーラーのアダジェットを指揮する極意がある」と励まし、佐渡の音楽家人生に決定的な影響を与えたという。
その後もバーンスタインは、意表をつく課題で佐渡を鍛える一方で、ピンチのときには助け船を出し、佐渡を導き続けた。
感動的な師弟関係はどう始まったのか、佐渡が熱く語る。


■第2回 アメリカの星VSヨーロッパの伝統

アメリカを代表する指揮者バーンスタイン。実は、音楽の都ウィーンでヨーロッパの伝統とときに激しく戦いながら感動的な音楽を生み出していた。第2回は、佐渡がバーンスタインのウィーンにおける弟子としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のリハーサルに立ち会った経験をもとに、指揮者バーンスタインの素顔に迫っていく。
1988年9月、マーラーの交響曲第6番のリハーサルで、バーンスタインはトランペット奏者とある旋律のテンポをめぐり激しい議論を戦わせた。バーンスタインの解釈を優先するのか、それとも聴衆に受け入れられる音楽を目指すのか。佐渡が当時のやりとりを生々しく語る。
さらに、ライバル・カラヤンをバーンスタインはどのように見ていたのかも弟子ならではのこぼれ話を披露。最後は、カラヤンとバーンスタインの指揮のスタイルを具体的に比較しながら、ふたりの目指すところは最後はひとつだったのではないか、と、感動的な言葉で結ぶ。


■第3回 作曲家としての遺言

第3回は佐渡がバーンスタイン本人から聞いた自作を評価する言葉を通して、作曲家としての遺言は何だったかに迫っていく。
佐渡がバーンスタイン自身からレッスンを受けた曲が、バレー「ファンシー・フリー」。聞きやすいオープニングは、実は2拍子・3拍子・4拍子が入り交じっており、晩年のバーンスタイン本人にとっても指揮が難しかったという。ジャズ、クラシックをはじめとするさまざまなスタイルをとりこんだ複雑で豊かな音楽こそバーンスタインが目指したものだった。
バーンスタインの名を世界に知らしめたミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」。実は、ショービジネスとして成立させるために興行主の求めに応じ、最も美しい旋律をカットするなどさまざまな妥協を強いられた作品だった。「あの曲は娘のミルク代のために作曲した」といういい方を敢えてするほど、複雑な思いをバーンスタインはこの曲に抱いていたという。
そんなバーンスタインが、「これは靴のなかの小石だ」と気にかけていたのが若き日の実験的なオペラ作品「キャンディード」。佐渡はピアノでそのフィナーレを奏でながら、バーンスタインがこの曲にどんなメッセージを込めていたのか、読み解いていく。


■第4回 最後のレッスン

1990年10月バーンスタインはニューヨークで72年間の生涯の幕を閉じた。その3ヶ月前、最後の日々に執念を燃やしたのが、札幌で開かれたパシフィック・ミュージック・フェスティバルで世界22カ国から若手音楽家を教育することだった。佐渡は弟子の一人として最後の姿を目の当たりにした。
オープニングの記者会見でバーンスタインはこう語った。「神は残された日々自分が何をすることを望んでおられるのか、私は自らに問い続けた。結論は教育に身を捧げることだ。」
若手オーケストラを鍛えるためにバーンスタインが選んだのは、シューマンの交響曲第2番。この曲を通して、技術的な難しさを乗り越え、オーケストラが一丸となって「音楽」を表現することの大切さを、あるときは叱咤し、あるときは巧みなたとえを使って、バーンスタインは語り続けた。
そしてついに訪れた最後の別れの時、佐渡がバーンスタインから受け取ったものは果たして何だったのか。


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投稿者:ブログ編集部 | 投稿時間:17:52