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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2020年08月11日 (火)

ボランティアの力でつくる地域福祉~「すずの会」代表 鈴木恵子さん【第1回】

神奈川県川崎市宮前区の野川地域は、住民ボランティアが築いた地域福祉の先進モデルとして、注目を集めてきました。中心となってきたのは、家族の介護を担いながら互いに支えあってきた女性たちです。20年以上にわたる活動は、行政や専門家も巻き込み、多様なかたちへと発展を続けています。「すずの会」代表の鈴木恵子さんに、支えあうご近所づくりについて、うかがいました。(インタビューは2020年1月に行われました)

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鈴木恵子さん

 

家族介護からボランティア活動へ

ボランティア活動を始めることになったのは、家で10年以上介護をした経験からです。私の母と父、義理の母と父、同時に4人を見ないとなりませんでした。

当時は介護保険制度が2000年に始まる前で、社会福祉協議会(社協)も役所も、何もしてくれませんでした。いちばん頼りになったのは近所の人やPTAの仲間です。ちょっと困ったなというときに飛んできてくれたり、一緒にお茶を飲んでほっとする時間を作ってくれたりして、それがすごくありがたかった。母の介護が終わったときに、「きっと同じように困っている人がたくさんいるだろう。今度は私が手助けをやれたらいいな」と思ったんです。

この頃いっしょに悩みにつきあってくれたのが保健師さんでした。今の地域包括支援センターのような役割をしていて、子どものことから高齢者のことまで、地域をよく知っている方だったので、「わたし、これから地域のために何かできるかしら」と言ったときに「いっしょに考えよう」と言ってくれました。

それと、私を助けてくれたPTAの仲間のなかに、海外赴任の経験があり、ドイツでボランティアをした経験のある人がいました。彼女が、「あなた、これからボランティアとしてやることがいっぱいあるわよ」と。「これから私たちもここで生きていかないといけないんだし、自分たちが住み続けられるような地域づくりをやってみようよ。困っている人に、ちょっとお手伝いできるようなグループ作りが必要だと思うよ」と言ってくれたんです。今もいっしょにボランティア活動をやっている人です。

「すずの会」という名前は、「ちょっと困ったときに鈴を鳴らしてくださいね」という意味でつけました。鈴の音、つまり地域の声を聞いて、私たちが何ができるのかを探そうと思ったわけ。そんなに大したことはできないだろうと思っていたけれども、地域の方たちはどんな希望があって、どんなことで困っているのか。まずはそこをしっかり自分たちで見たり聞いたりしながら、そのひとりの希望をかなえるために何ができるかを考えていこうと。

最初は、その保健師さんといっしょに、ちょっと気になる人のお家を訪ね歩くことから始めました。当時は(義)父母を介護しているという女性が多くて、「親が手がかかるようになってから、自分だけのための買い物に行ったことがないんです」とか、「みんなとお茶飲みなんて何十年もしたことがないです」とか、いろんな声が聞こえてきました。真っ暗な家の中でおばあさんと2人きりという姿を見て、なんとかしなくちゃということが、いろんなお宅を訪ね歩いてわかりましたね。

そこで、お留守番とか、いっしょにお茶を飲むとか、ちょっとしたお手伝いをやり始めました。そこから次々に広がっていきましたね。

riyosha.pngのサムネイル画像

すずの家で ミニデイサービス

 

ミニデイの始まり

あるとき、「私と妻が参加できる場所がありますか」と言ってきた男性がいました。奥さんは50代で、いわゆる若年認知症だったんです。その男性は、60歳で定年したあと、妻の世話を続けてきましたが、「誰ともしゃべらない日がたくさんあるし、ふたりで行けるようなところがないんです」と言われていました。

「じゃあ、この人のために集まれる場所を作ろう」と思って始めたのが、ミニデイサービスです。デイサービスも、元気な人ならいくらでも行くところがあるけれど、行き場のない、誰ともつながれないような人が気軽に来られるような場所を私たちは作ろうと、「老人いこいの家」という公的施設を借りて始めました。

最初は部屋もなかなか貸してもらえなかったですね。その施設は元気な高齢者が遊びに来るところだから、問題のある人たちは来られたらダメだと。それと、当時、私はまだ40代だったので、60歳からでないと、たとえボランティアであっても入館はダメだと言われました。

でも、そのころちょうど社協が「老人いこいの家」を使ったミニデイサービスのモデル事業を始めることになり、どこも手を挙げるところがなかったので、「わたしたちがやります」と言ったんです。

ミニデイでは、ひとつの部屋で高齢者や認知症の当事者の方を見ながら、隣の部屋で、介護者の会をやりました。介護者の人が自由にしゃべれるスペースを作ったことで、いろんな人が来ましたね。高齢になった母親を介護している男性や、ご主人がぼけてしまって、ほかの集まりの場所からは「来るな」と言われてしまった人だとか。

特に男性の介護者は行き場所がなくて、みんな孤立していました。そういう人たちが、保健師さんから紹介されたり、ボランティアさんに声をかけられたりして、次々とやってきました。買ったおむつを手に町を歩いている男性を見かけると、ボランティアが「おうちでお困りの方がいらっしゃるんですか、よかったらこういう集まりをやってますからどうぞ」と声をかけるんです。

いちばん最初は、認知症の奥さんを見ている男性でした。だから動き出すきっかけは、声をかけてくれた誰かがいるんです、必ず。

 

suzunokaimember.jpgのサムネイル画像すずの会メンバーたち

 

第2回に続きます

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