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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年09月13日 (火)

"機能別"タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑦【財政学者・沼尾波子さん】

高齢化が進む一次産業の担い手として、国も地域も若者に期待をかける部分がある一方、地域の中での“小さな経済”、域内経済の循環で暮らしていくと考えたときに、壁になるのは“機能的な分断”にだと、沼尾さんはいいます。


--儲かるか儲からないか。企業体だと儲からないとなったら一気に引いていってしまうリスクも考えられますね。

沼尾氏 そうなんです。さらにいうと、農業は単なる産業ではなく、日本の風土や文化につながる暮らしを提供してきたという側面があり、大規模産業化することで、こうした原点が失われてしまうのではないかという危機感もあります。
日本の農というのは、そこに自然があり、その中で人も一緒に暮らして、そこで実るものから人々はその豊かさをいただいてという、やっぱり“人と自然とが一緒に暮らしてきたもの”ですよね。その中で田植え歌とかいろいろな芸能も生まれてきて。田植え歌って体を動かす時にリズムをとるのにいいらしいんですよね。日本の伝統芸能ってそんなふうにやっぱり農の暮らしと切り離せないということころがあるわけです。お祭りも実りへの感謝の気持ちからですし。森林があって、水があって、農産物があって、そこから育まれた技能や文化、風習はたくさんあると思いますし、今まさにそういうものの価値が逆に海外からも評価されていますよね。

ところが、これから先、暮らしとともに、こうした文化や風習の中で日々の暮らしを紡ぎ、地域とともに生きてこられた方が亡くなっていくわけです。ところが、その暮らし、技能、文化は次世代に必ずしも継承されているわけではありません。ほんとうの意味でそれぞれの地域が持っていた良さを、どこまで受け継いでいけるのか。残念ながらそういうところの稀少性に気づき、貴重な資源としてしっかり次世代に継承していこうという動きにはなかなかならなくて、そういうところには公費も入らないんですけれどもね。

技術をなんとか残したいと思っても、各地に伝わる有名な紬や陶磁器などもそうなのですが、いまは超高級品、伝統工芸になってしまって誰もが気軽に買うというものでもなくなっています。後継者を含めて、生産に携わる人たちが何十年も生きていくだけの生産を支える需要をどうつくるかが難しい。どうしたらいいのかという話が出てきて、「じゃあそれは文化財だから」となっても、「そこに全部公費で補助を入れるの?そうもいかないよね」と。すごく悩ましいことになる。そこの経済循環をどうつくっていくかですよね。
ローカルなところで、「こういう技能は大切だよね」と言いながら、みんなが上手に消費しつつ、それで作る人たちの所得にもなり、人々の暮らしが回していけるような経済循環がつくれればいいのですけれど、布でもなんでも格安な物が中国をはじめ海外からどんどん入ってきている中で、技術的にすごく手がかかっているものを日常的に使おうとはなかなかなっていかないですし。どうやっていけばいいのかが問われますね。

大阪市立大学の松永桂子さんと、関満博さんのお弟子さんで尾野寛明さんという方がいるのですが、このお二人の共著で、最近の若い人たちを中心に、仕事と暮らしの紡ぎ方の変化を取り上げた本が出ました。そこでは、“ローカルに暮らしながらソーシャルに働く”、“よろずの仕事をしながら、職業をこれと1つに決めずに生きている面白い人たちがいっぱいいる”ということを紹介しています。
尾野さんもいろいろな仕事をしているのですが、その一つに、エコカレッジというユニークな会社があります。いま全国の大学などでは図書館の蔵書が増えて持ちきれないという状況になっています。新しい本がどんどん出てきて図書館でも入り切れない。PDFファイルにして現物を捨てたりしているのですが、著作権の問題があったりしてそれもできずに処分されてしまう本がたくさんある。ほんとうにもったいないのですけれど。それで尾野さんは、東京だと地価が高いけれど島根の中山間地域だと低価格で土地が借りられるということで、大きな屋根つきの工場跡を格安で借りて、インターネットによる古本ビジネスを始めたのです。専門書の価格相場を把握するシステムを利用して本の仕入価格をはじいて、送料もこっち持ちでいいですよと言って、たいていの本は引き受ける。そしてそこに障害者の方々を雇ったのです。障害者の方々がきめ細かに届いた本を1ページずつチェックしていって、鉛筆で線が引いてあったらそれを消すとか、そうしたすごく細かい作業をこなしておられる。こうした古書をキレイに磨き、ネット通販で売っていく。


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島根県の中山間地に尾野寛明さんがつくった古本置き場

あわせて、近くの耕作放棄地で農作業を始めたりもしているのです。障害者の方々も、ずっとデスクワークだけだと体がなまってくるというので。それが地域の方々との交流にもつながっている。しめ縄づくりを地元の方に教わって、祭でしめ縄つくる人がいないということだったので、障害者の方々にもつくってもらっている。


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尾野寛明さんの後ろにある段ボール その中身は全国から送られてきた古本

 この仕事の組み合わせ方はすごいですよね。地域には本当に細かなニーズがたくさんあって、それ一つだけだと職業にはならないのですけれども、組み合わせると実は仕事になる。そして地域で暮らす多様な人々がそれぞれにできることを担い、役割を果たしながら生活できる。そういう世界があるのです。尾野さんは、そのビジネスモデルを他の地域でもどんどん展開しているんですよ。「組み合わせ技」ということで、各地で機会があれば「これやったらおもしろいんじゃない?」と言って、地元の人たちといろいろなことを見つけていって。

たぶん人口減少時代の地域づくりは、もう機能論では難しいでしょう。やっぱりトータルに見て何が足りないのか、何があるのかを考えて、関係を取り結び直すところから新しい芽が出てくるのでしょうね。


“機能別”タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑧に続く

インタビュー・地域づくりへの提言

沼尾波子さん

1967年、千葉県生まれ。日本大学経済学部教授。専攻は財政学・地方財政論。日本地方財政学会理事、総務省過疎問題懇談会委員、東京都税制調査会委員などを歴任。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。学生時代に中国河南省に留学。都市と農村との生活水準のあまりのギャップに仰天しつつ、それぞれの地域特性を踏まえ、地域に根ざした人々の暮らしを支えられるような社会経済システムのあり方について考えるようになる。多様な地域があり、多様な人々が共存できる社会経済のあり方について、先駆的な地域づくりに取り組む地域への訪問を続け、地域の社会経済構造と自治体財政のあり方について研究・提言を続ける。主な著書に「交響する都市と農山村 対流型社会が生まれる」(農山漁村文化協会)など。

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