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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年05月30日 (月)

"田園回帰"がひらく未来②【農学者・小田切徳美さん】

"田園回帰"がひらく未来①はこちらから。
都市部から農山村へと人々が「田園回帰」する動きがここ数年見られるようになっています。その移住を決めるポイントとして、移住コーディネーター・移住者の先輩・地域のおじいちゃんおばあちゃんたちなどの、“移住者の声”が決め手になっているようです。

--移住された方もそうですし、もともと地域にいらっしゃった方も、地元で引き継がれたり育まれてきたものの価値に気付き、自信を取り戻し始めているということですね。

小田切氏  その通りだと思います。私たちは農山村の最も根深い問題を「誇りの空洞化」という言葉で表現しているのですが、そういった地域の価値をどうしても評価できずにいたり、極端に言えばすべてがネガティブに見えてしまって、人の悪口とか陰口とか、そういうことばっかり言っている。率直に申し上げて、そういう農山村・地方というのは、やっぱり数多くまだ存在していると思うのですが、そんな所に移住者は行かないですよね。そういう意味で、“地域の価値”に気付いたところから動きが始まっていって、そう動いたところに移住者が入ってくるという、ある種の連鎖と好循環が生まれていると思います。

たとえば島根県の邑南町というところには、横洲竜さんという地域コーディネーターがいらっしゃるのですが、横洲さんはまさにその典型ですね。彼は自身も移住者であり、町役場の非常勤で地域コーディネーターを務めています。非常勤にもかかわらず、この地域に自ら惚れたということで、その思いを持って地域の人々と移住者に接しているのですね。本当に24時間対応で彼は動いています。邑南町に行くと、「彼がいなかったら絶対に来ていなかった」という声が続出していますからね。



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島根県の半数近いエリアで、30代女性が増加している
島根県中山間地域研究センター藤山浩研究統括監の調査より

おそらく、都市と農山村問わず、その関係性をフラットに見るような若者が出てきているということなのだと思います。そういう新しい世代、若者が出てきているというのが最近の特徴で、彼ら彼女らは、実は都市、地方、農山村だけじゃなく海外も含めてフラットに見ている。つまりいままでは、農山村より地方都市、地方都市より東京、東京より場合によったらニューヨーク・パリ・ロンドンといったような序列が、いつの間にかつくりあげられていました。そうではなくて、完全にフラットに見て「いま自分がいちばん活躍できるところは、いったいどこなのか」という、そういう思いで地域に入ってくる若者たちがいるのです。


--従来のイメージの序列にとらわれることなく、自分自身のライフステージを自らの価値観で選んでいるということですね。
小田切氏  そうだと思います。島根県の海士町は典型的ですが、そういうところで活躍しているアクティブな方々の多くは、海外経験もお持ちの方々ですね。自分のさまざまな経験の中で、「自分はどこで活躍できるのか」、あるいは「ここで活躍することで自分自身が自己実現できるんだ」という、そういう思いで活動しているのだと思いますね。そういったことを目の当たりにすると、いま農山村が直面している課題は、単なる人口減少という“数の問題”ではなくて、“人の質の問題”といえると思うのです。にもかかわらず人口減少=“数の問題”だけに注目して対策を考える傾向は、いまだ根強いですね。
例えば、いわゆる「増田レポート」では、20~39歳までの女性が、将来、半減することをもって「消滅可能」としていますが、なぜ半減すると消滅可能となるのかは、全く論じられていません。また単なる人口だけに注目してしまって、先ほど紹介したような方々の存在が見落とされてしまっている。私たちは、そうした方々のことを「風の人」あるいは「ソーシャル・イノベーター」と呼んでいるのですが、明らかに注視すべきは、人口ということよりも人材ですよね。したがって人口は減ったとしても、人材が増えればたぶん地域は維持できる。あるいは地域は別の形に変わっていくことができる。人口という数値だけに注目して、それだけで消滅可能を論じるべきではないのであり、私は“地域”とはそれほど単純なものではないと思っています

 

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--都市と農山村問わず、その関係性をフラットに見るような若い世代の価値観の変化は、どういったことから芽生えていったのでしょうか?
小田切氏  そこはまさに、これからの研究が求められている部分です。そもそも若い世代の価値観が変わっているということの共有化は、まだできていない段階です。私の場合、幸い大学と言う場を通じて若い世代と、日々、接することができています。教育を通じて、そういうことが実感できるということがあります。その一方で、私たちのように若者に接している人間の理解と、そうでない方のギャップというのは結構あります。そういう意味では、たぶんまだ争点は、そういう若者が本当に生まれているのかどうかというレベルだと思うのです。
ただ、いくつかの議論の中で、確実に影響していると思われる要因のひとつは、やっぱり3・11東日本大震災の衝撃だと思いますね。あの地震・津波で、あれだけの大きな被害を受けた。あるいは現在も福島で、あれだけの多くの方々が放射能被害で苦しんでいる。そういう状況に対して、ある種、自分たちの生活を見直そうということがあるのだと思います。あのとき東京圏でも「計画停電」があって、あの事態は、人々の基礎的な考え方を揺さぶったと思うのです。これだけ豊かな社会に生まれていながら、あの地震ひとつで、あるいはそれに伴う原発事故ひとつで、被災地はもちろん、被災地以外も生活が一変してしまうということですよね。本当に私もあのとき思いましたけれど、信号さえも止まった真っ暗な中を人が黙々と歩いている姿を見て、いったいこれは何なんだというものすごい不安感。その中で、自ら人生を振り返り、また家族を考え、なんらかの形での内省をした人びとが少なくなかった。そのような機会をやっぱり与えたのだと思いますね。それが影響していることは、間違いないと思います。

それとあわせて、もうひとつ指摘しておきたいことがあります。NHKなどと一緒にやった移住者調査の結果もそうなのですが、実は東日本大震災が起きる2011年の前から、移住者は着々と増えているのです。私たちは2009年から数字を拾っているのですが、2009年から2010年、2010年から2011年と増えているのです。そういう意味では、恐らくこの動きは、単に3・11がきっかけになったということではなく、それまでの動きの中で3・11が一種のインパクトを与えたと理解するのが正しいと思います。底流として何かがあって、その背を押したのがあの3・11の悲劇だったと。その底流として存在しているものは何なのかというと、そこはまさにわれわれがこれから議論する必要があると思います。「成熟化社会」という一言で表現していいのか。「成熟化社会」の中で人々の価値観が多様化すると言われてきたことが、いよいよそういう形で表に出て来たということなのか。あるいは多様化という言葉で表現できないような変化なのか。そのあたりをしっかりと把握をする必要があると思います。ただいずれにしても、大学教育に携わって若者を見ている限り、明らかに若者の質が変わっていますね。


--冒頭で話されていた、この国のあり方が大きなふたつの分岐点を迎えつつあることとも関係しているのでしょうか。
小田切氏  そうですね。その点についてもう少し触れると、日本の高度経済成長期以降の動きは、「キャッチアップ型の開発主義」、いわば“追いつけ追い越せ”というものですね。その開発のために国家が前面に出てくることになり、官僚機構も肥大化した。こうした「キャッチアップ型の開発主義」によって、日本はある程度、豊かになったことは事実なのですが、その矛盾がいろいろなところで出てきて、キャッチアップという目標自体がなくなってしまったということがひとつありますよね。それから「開発主義」。国家の開発に任せれば何とかなるんだというとらえ方。そういうことでもなくなったということですね。
やはり何といっても、地域の人々の多様性といいますか、多様な意識が存在しているなかで、開発といったようなひとつの行為で、すべての問題が解消あるいは吸収できるという状況でなくなってきているということです。おそらく戦後70年間、戦後の混乱期を除いて60年間、高度成長期以来続いた「キャッチアップ型の開発主義」からの脱却という非常に大きな流れの中でいまの変化があり、先ほど言ったちょうど分水嶺・分岐点に来ている。その流れの中で、引き続き「キャッチアップ型の開発主義」で問題を解決しようという議論、東京オリンピック・パラリンピックを契機として再び東京を軸に日本を景気のいい社会にしていくんだという議論が、また出てきているのというは、かつてどこかで聞いたような話ですよね。それって、もうとうの昔に時代遅れになっているのではないのかという、率直にそんな思いがしますね。


"田園回帰"がひらく未来③に続きます

インタビュー・地域づくりへの提言

小田切徳美さんプロフィール

1959年、神奈川県出身。専門は農政学・農村政策論・地域ガバナンス論。東京大学農学部卒業、東京大学博士(農学)。東京大学大学院助教授などを経て、現在、明治大学農学部教授。著書・編著に『農山村再生に挑む―理論から実践まで』(岩波書店、2013年)『地域再生のフロンティア』(農文協、2013年)、『農山村は消滅しない』(岩波書店、2014年)など多数。日本学術会議会員、地域の課題解決のための地域運営組織に関する有識者会議座長(内閣官房)、国土審議会委員(国土交通省)、食料・農業・農村政策審議会委員(農林水産省)、過疎問題懇談会委員(総務省)、今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会座長(全国町村会)などを兼任。過疎や限界集落、農村問題の専門家として、現地でのフィールドワークから理論的分析まで幅広く課題解決に向けた研究・実践に取り組み、提言を続けている。

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