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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年05月30日 (月)

"定常型社会"の時代へ④【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】

"定常型社会"の時代へ③、はこちらからお読みください
地域づくりで大事なのは、“ないものねだりではなくてあるもの探しだ”といわれています。日本はもともと地域の多様性が豊かな国でしたが、ここ100年くらいの成長期において、良くも悪くも中央集権的になっていたのですが、本来の地域の多様性みたいな時代が今、またやってきつつあると広井さんは考えています。
そうした時代の変化に、若い世代が反応し始め、地元志向が高まっている。それを支えるために様々なサポート、お金の再分配の仕組みを整えるべき、というお話でした。


--教育費と住宅費のふたつが何とかなれば地方でも暮らせるという人は、結構多いかなという印象はあります。そこに国のお金が回るような仕組みをつくってほしいのですが、ずっと変わらない現状がありますね。

広井氏  確かにそうですね。やっぱり日本社会というのは再分配への抵抗が強くて、特に高齢者から若者へとなると非常に抵抗が強いというのがあると思います。それでも希望を込めて言うと、いま少しずつではありますが、子どもとか若者にもう少し回すべきではないかという気運が高まってきているとは思いますし、18歳まで選挙権が広がるということにもなっていますしね。

その抵抗感の根底には、国民の政府に対する不信感があるという指摘もされていますが、私はそれ以外に2つの要因があるのではないかと思っています。ひとつは、とにかく成長がすべての問題を解決してくれるという意識が非常にしみついているということ。税収もやがて経済成長で伸びて、別に増税とか税率を上げなくても経済成長で解決するという意識が、団塊世代とその前後の世代の人たちを中心に根強く、また上の世代に行くほど強い。最初の話ともつながりますけれど、拡大成長モデルというか、それが非常に強いし、成功体験がかなり強く記憶に残っているというかね。
もう1つは、「社会的孤立度」いうのが多い。これも「世界価値観調査」からの資料ですが、先進諸国の中では日本が最も「社会的孤立度」が高いかたちになっていて、家族を超えたつながりといいうか、連帯というか、そうした意識が非常に希薄になっている


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社会保障というのは、家族とか自分の周りの集団を超えて支え合おうという共通意識の上に成り立っているものであり、再分配なんかはまさにそうですね。集団や個別の共同体を超えて再分配したり、連帯するといいますか、その辺がいま非常に希薄になっている上に、成長で課題は解決できるという意識が染みついているわけですから、この先いつか解決するだろうという漠然とした雰囲気のまま、結局、いまこの場にいない人、その典型としては将来の世代に全部ツケを回す、先送りするというような感じになってしまっていますね。

そう考えると非常に悲観的になってくるのですが、ひとつ私としては希望が持てる要素もあります。『相互扶助の経済』というさっきの本で、やや日本のことを過大評価し過ぎている印象もあるのですけれども、みなさんよくご存じのように無尽講とか頼母子講と言われる講という相互扶助のネットワークが江戸時代あたりに非常に普及していて、報徳思想にしても個別の共同体を超えてコミュニティとコミュニティがネットワーク的につながるというか、もともと日本にはそういう個別の集団を超えてつながるような「相互扶助ネットワーク的な伝統がある」というようなことを、このテツオ・ナジタさんは書いていているんですね。これに限らず、先ほど紹介したような「三方よし」とか「論語と算盤」的な伝統があったりもするので、そういうのを見ると支え合い的なものが社会保障を含めて発展していくような、よく“懐かしい未来”とか言われますけど、そういうポテンシャルはあるのではないかと考えています。実は昔のほうがそういうものがあって、戦後、高度成長期に、会社だけとか学校だけとか、非常に単一化されていったわけですから。


--工業化の過程、また人々が都市部に出てくる過程で、そういうつながりが切れてしまって、やがて他人のことはどうでもいいとか、全ては自己責任だと考える風潮が強くなっている気がします。
広井氏  私も、さっき団塊世代という言い方をしましたけれど、そういうつながりが切れて、いわゆる会社人間一辺倒でやってきた人たちが、またそういうつながりを持っていくというのは、かなり至難の業ではないかと思います。
ただ、これもちょっと希望を込めて言うと、「地域密着人口」というとらえ方でみてみると、15歳未満の子どもと65歳以上の高齢者が、この「地域密着人口」に当たります。暮らしの場が主に地域になるという層ですね。結局、退職後は地域でつながりをつくっていかざるを得ない。人間というのは、その環境に適応するように何かつながりをつくっていかざるを得ない部分もあります。高度成長期は、会社という良くも悪くも非常に便利なコミュニティがあったので、それ一辺倒になっていました。ところがいまは状況がかなり変わってきて、退職して「地域密着人口」にあたる高齢者の層がワーッと増えてきた。


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例えば江戸時代を考えてみてください。なぜ江戸時代に地域のコミュニティがしっかりあったのかというと、どこか遠くにある会社に働きに行くわけじゃなくて、今の商店街のようなイメージで、職場も生活の場もその地域なので、そこでコミュニティをつくらざるを得ないという状況だったんですね。いままた地域でコミュニティをつくっていかざるを得ない人たちが急速に増えているので、手探りでそういうつながりを模索し始めている移行期でもあるわけです。構造的に、会社中心から、地域中心とまでは行かないかもしれませんが、比重的にそっちが出てきているような。
ただ、よく言われるように、女性のほうがわりとそういうのに適応していて、男性は相変わらずですね。おもしろいのでときどき紹介する事例があるのですが、かつて日経新聞の研究所がやった調査で、首都圏の高齢者何千人かに居場所についての質問をしたのです。男女ともに1位だったのは、図書館。そして女性の2位や3位は、友人の家や親戚の家など。ところが男性の2位以下は、公園とかになっている。ほんとうに公園でひとり佇んでいるイメージがわくような感じで、男性がやっぱり大変かなというふうには思います。


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--そうした男性たちの持っている力を、地域に生かしてもらうような仕組みをつくり出さなければいけないですね。何かうまい仕組みがあれば、活躍できる人たちでしょうから。
広井氏  そうですね。ひとつの事例として荒川区をあげることができますが、荒川区は下町的なところでもあるので“町会”というのを非常に重視していて、同時に「グロース・アラカワ・ハピネス」という独自の幸福度を指標に掲げています。荒川区の場合は、どちらかというと古い地域コミュニティが残っていますので、行政と企業、町会などが連携した取り組みをおこなっています。例えば新聞配達の人が、2~3日新聞が置いたままになっている配達先があったら、これはちょっと何かあったかもしれないぞということで行政に連絡して、大丈夫かチェックするという地域の見守りネットワークに力を入れていて、孤独死はほぼ無いです。

 

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これが横浜のような比較的新しいコミュニティが多いところになると、NPOを通じてとかいろいろな新しいやり方があると思います。地域ごとにいろいろパターンがあるのではないかなと。


--これからは、お金ではない豊かさや価値、その上にある幸せというようなことが大切にされていくと思います。
広井氏  私は、究極的にはやっぱりヨーロッパ的なモデルが望ましいとは思っているのですが、なかなかそれは遠いところで、一気に高福祉・高負担というのは難しいし、従来のコミュニティ的な要素が残っている日本にとって、それが望ましいモデルかどうかという部分もありますね。差し当たって、比較的まだ現実的かなと思っているのは、例えば60兆円近くに及ぶ年金のうちの1~2兆円ぐらいを、子ども・若者のほうに社会保障の配分として再分配すべきということですね。社会保障の予算全体を大きくするというのはかなり難しいので、このような再分配がいちばん現実的だと思います。

ただそれは、高齢者の分を子ども・若者に移すということなので、非常に抵抗は強いと思います。ですので、一律に年金を移すということではなくて、報酬比例の高所得者の年金の部分への課税を強化して移すということにすべきと思います。いまは年金制度にしても、逆に制度があることで格差が広がっているような逆進的な性格が出ています。高所得の高齢者にいちばんお金が行って、それがかえって格差を広げている状況ですね。世代間や世代内も含めて、高所得の高齢者にお金が潤沢に行き過ぎている部分を、子ども・若者のほうに持っていくというのは、ぎりぎりのところで理解を得られる可能性はあるのではないかと思います。
また高齢者といっても、特に女性の単独世帯とかは貧困率も高いですから、基礎年金は基礎年金でむしろ強化しないといけない部分があって、一律に年金を若い世代にということではなく、その点も含めた上での配分のあり方を検討すべきです。
これはやっぱり、声を大にして言い続けていくべきことではないかと思いますよ。配分に世代間の歪みがあるということに加えて、さらに1千兆円の借金を全部ツケとして回している状況があるわけですから。地域の話と今の社会保障の話は、バラバラに考えるのではなく一体に考えていくべきです。

あと、これはあまり言われていない論点だと思うのですが、これから首都圏の高齢化がどんどん進むということは、首都圏に“年金マネー”が集中するということでもあります。また首都圏にだけお金が集まることになってしまうわけです。そのお金を地方に移すという意味でも、社会保障の“空間的効果”というようなことをもうちょっと考える必要があるのではないでしょうか。だから、そういうお金を例えば「地域おこし協力隊」の若者に再配分していけば、世代間の再分配と同時に、東京と地方との再分配という点でも意味があるということなります。

"定常型社会"の時代へ⑤【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】へ続く

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インタビュー・地域づくりへの提言

広井良典さん

1961年、岡山市生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策および科学哲学専攻。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、千葉大学法経学部教授などを歴任。環境・福祉・経済を統合した「定常型社会」(持続可能な福祉社会)を提唱し、コミュニティや社会保障のあり方から、哲学・資本主義の考察に至るまで幅広く研究を続ける。主な著書に『定常型社会』(岩波新書)、『日本の社会保障』(岩波新書・第40回エコノミスト賞・第34回山崎賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書・第9回大佛次郎論壇賞)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)。

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