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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年05月23日 (月)

"定常型社会"の時代へ②【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】②

"定常型社会"の時代へ①、はこちらからお読みください

広井さんは、人口減少社会、拡大・成長が横ばいになっていく中で、特に経済成長を絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現されていく「定常型社会」について真剣に考える必要がある、と説きます。

かつての高度経済成長時代のように、大都市に住みながら右肩上がりの成長を再現しにくい今、若い世代ではローカル志向が出てきているのではないかというお話がありました。

広井氏  少し違う角度の話になってしまうかもしれませんが、先ほど「定常型」ということを言いましたけれど、もちろん私が「定常型」ということを最初に言い出したわけじゃなくて、「定常経済論」(成長を目標とせず規模拡大していかない経済論)というのが以前から系譜としてありまして、それが資本主義と呼応し合っていると思うんです。最初に「定常経済論」というのを唱えたのが、J・S・ミルという『自由論』などで有名な19世紀の思想家です。彼が1848年に古典派経済学の集大成と言われている『経済学原理』という本を出していて、そこで初めて、ステイショナリー・ステイトということで、人間の経済はやがて「定常状態」に達するということを言ったのですね。ミルの議論のおもしろいところは、「定常状態」に達することで人間はむしろ真の幸せとか豊かさを得るという非常にポジティブな言い方をしています。

同時に1848年というのはどういう時代だったかというと、奇しくもマルクスが『共産党宣言』を出した年でもあるんです。18世紀の終わりに産業革命が起こって工業化が加速しつつあって、その入り口のような時代で、ミルがなぜ「定常状態」ということを言ったかというと、当時はまだそれでも農業が中心だったので、“土地の有限性”というところでやがて経済は達するから定常状態になるというような議論だったわけですね。ところが、さっきの話で、さらにどんどん工業化が進んでいき、かつ、ヨーロッパが植民地経営に乗り出して、資源をどんどん搾取するような時代になっていきました。ミルの予言とは違って、“土地の有限性”から離陸していくと言いますか、経済がどんどん飛び立っていくような方向で、資本主義がどんどんフル稼働していくようになっていったのです。
それが定常経済論の第1段階だったとすれば、そこから百数十年を経てミルの予言が実は地球規模で起こっているというのを示したのが、有名なスイスに本拠を置くシンクタンクであるローマクラブが発表した「成長の限界」です。あれは1972年で、翌73年にオイルショックが起こるわけですけれど、オイルショックをある意味で予言したようでもあり、「成長の限界」というタイトルも非常に象徴的で大きな反響を呼んだわけです。これは先ほどのミルとの対比で言うと、ミルはイギリス一国の“農業の限界”を考えたのですが、やがて工業化が進んで世界中に広がり離陸していき、地球規模で実は工業化が資源的な限界に達していると、ローマクラブの「成長の限界」が示したわけですね。
それでここで話が終わるかなと思っていたらそうはならなくて、今度は80年代以降、工業化の次の“情報化・金融化・グローバル化”が一体となって、工業化の次の段階でまた世界経済が成長・拡大していった。金融化と情報化がセットとなって広がって、しかも新興国を巻き込む形になっていったわけですよね。
ところが2008年に有名なリーマンショックが起こり、いまマイナス金利とかの話もありますけれど、全体として見ればローマクラブの「成長の限界」以降、80年代、90年代に広がっていた情報化と金融化の波もかなりの飽和状態に達していて、中にはアフリカが資本主義の最後のフロンティアであるというような意見もあったりして――それはある意味でそうかもしれませんけれども――全体としては世界経済というのは、もう構造的な“ゼロ成長”というか、場合によっては“マイナス成長”のような状況になってきているのは確かなことなのです。拡大・成長をひたすら走ってきた方向が、かなり根本的なところで“ある種の限界”に達してきている。こういう大きなところからの視点でこれまでの発想を変えていかないと、いまよく言われる資源の有限性にしても、もうにっちもさっちも行かない状況になってきているというところがあると思います。

--そうした時代の中を生きる私たちは、これから先どのようなビジョンを描いていけばいいのでしょうか。
広井氏  そうですね。先ほどのJ・S・ミルの「定常経済論」、70年代のローマクラブの「成長の限界」。それから2000年代に入って、これが第3の「定常経済論」の時代で、有名なスティグリッツとアマティア・センといった経済学者が、フランスのサルコジ大統領の委託を受けてGDPに代わる新たな指標を出したり、さっきチラッと出た幸福研究とか幸福度指標みたいなのが非常に活発になったりしています。根本から経済指標や豊かさの指標を見直すような流れがかなり広がってきている状況が、いまの第3の局面かと思います。
じゃあ日本ではどうかというと、実は日本の過去にもいろいろ参考になる例があるのです。例えば近江商人の「三方よし」というようなことであるとか、日本資本主義の父と言われる渋沢栄一が『論語と算盤』というのを書いていて、この場合、論語は倫理みたいなもので算盤はビジネスですけれども、「ビジネスと倫理が一致して初めて事業は永続する」というような言い方をしていたりと、拡大・成長モデルではない、循環型といいますか相互扶助的な経済のモデルというのを日本はもともと持っていたということです。
実は私が去年読んで非常に感銘を受けた本があります。ちょっと分厚いこの『相互扶助の経済』という本で、テツオ・ナジタさんというハワイ出身でシカゴ大学の教授を長く務められた日本思想史の専門家の方が著者です。


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その本によると、「経済とは、そもそも一体何だろう」というときに、我々は資本主義型の拡大・成長が不可避の経済を考えますが、そうではなく、もう少し相互扶助的な循環的な経済、本来の経済という言葉の意味もそういうものであったということで、江戸時代にさかのぼって日本はそういう相互扶助的な経済の伝統というかDNAというか、そういったものが脈々と流れていて、震災が起こったりしたときにも、相互扶助ということで出てきたりということで。それでこのテツオ・ナジタさんが重視しているのが、二宮尊徳の「報徳思想」です。私も二宮尊徳って小学校に銅像があるぐらいの、何かこう国家に貢献した人物みたいなイメージしかなかったのですがそれは全然誤ったイメージで、むしろいまで言うとまさに“地域再生コンサルタント”のような存在だったわけです。人口減少とか耕作放棄地みたいな問題に非常に積極的に取り組んでいて、まさに現代に通じるものがあるのです。そういう地域で循環する経済みたいなのものの伝統や思想が、日本には非常に脈々とあるんだということをこの本は示しているのです。

物事をちょっと単純化して、格差の座標軸(ジニ係数)を縦軸に考えて、環境の持続可能性とか環境保全の軸(EPI=環境パフォーマンス指数)を横軸にとった図を示してみます。

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※(出所)広井研究室作成

いろんな国を見ると両者がかなり相関していて、格差が大きいグループは環境パフォーマンスもかなり悪い。実はそれに先進国の中で該当するのが、アメリカ、韓国、残念ながら日本もそのグループに入ります。逆に、格差が小さくて環境パフォーマンスもいいのが、ドイツとかデンマークとか、大体ヨーロッパのどちらかというと北方の国々です。これからの日本は、やはりこちらのグループへの方向を目指すべきだろうと考えます。ある程度、一定の平等が保たれていて、何でもかんでも拡大・成長というのではなくて、環境にもかなり軸足を置いた「持続可能な福祉社会」ですね。そういう社会は充分実現可能であるし、ドイツやデンマークが一番顕著かと思いますけれど、まちづくりにしても自然エネルギーにしても食なんかにしても、ローカルな経済循環から出発してだんだん積み上げていく。積み上げる中で、地域間の格差といったものを再分配といいますか、是正するような仕組みも織り込んで、ローカル、ナショナル、グローバルと積み上げていく。グローバルから出発して、グローバル経済に負けるなという「グローバル→ナショナル→ローカル」という方向で考えるんじゃなくて、「ローカル→ナショナル→グローバル」というふうに考えていくということですね。そういう姿がやはり行き着くところではないかと思いますし、先ほどの「相互扶助の経済」でも、実は日本はもともとそういう分権的な性格の強い社会でもあり、ポテンシャルはかなり持っていたと指摘しています。


"定常型社会"の時代へ【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】③へ続く

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広井良典さん

961年、岡山市生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策および科学哲学専攻。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、千葉大学法経学部教授などを歴任。環境・福祉・経済を統合した「定常型社会」(持続可能な福祉社会)を提唱し、コミュニティや社会保障のあり方から、哲学・資本主義の考察に至るまで幅広く研究を続ける。主な著書に『定常型社会』(岩波新書)、『日本の社会保障』(岩波新書・第40回エコノミスト賞・第34回山崎賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書・第9回大佛次郎論壇賞)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)。

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