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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年04月06日 (水)

いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】③

手と手をつなぎ合って、社会を形成して生きる“人間”。


-- 「NHK
地域づくりアーカイブス」では、各地の具体的な地域づくりについての動画を見ていただき、つながり合う地域、愛のある優しい地域を作るための、何らかのヒントをつかんでいただけたらと考えています。

神野氏  いいと思いますね。スウェーデンには「政策実験」という言葉があります。そもそも社会科学や政策というものは、実験を行うことができません。しかし、各地を見回してみると、様々な取り組みが実際に行われています。それぞれの地域ごとに、様々な自然条件や生活様式に合わせ、どんな暮らしをしていったらいいのかが考えられ、新しいものが編み出されているわけです。そのひとつひとつは、こういう政策をしたらこういう結果になりますよということを、いわば実験のように示してくれていることでもあります。もちろん地域ごとに条件は違いますから、他のところでそのまますぐに役に立つというわけではないでしょうが、そうした「政策実験」の結果をそれぞれの地域の人々がお互いに参照し合うことで、うちも同じような条件だからやってみようかとか、あるいは、うちは条件が違うけれどこうすればいいんじゃないかとか、新たな動きへつながることを期待できますね。

単にある地域の実例を知ったということではなく、「政策実験」であると考えて、それぞれの地域でやっていることを秩序立てて整理する。そしてそれらを自分たちが生きていくことと結びつけた時に、初めて理解したということなります。この「地域づくりアーカイブス」のひとつひとつの実例を、自分たちの地域の特徴や自然条件などを考え合わせながら、自分たちが取組もうとしていることに生かしていくということですね。

 

-- あるケースの動画を見たあと、自分たちの地域の条件と照らし合わせ、自分たちがやろうとしていることを構築すると。

神野氏  そうです。単に知るということだけにとどまるのではなく、そのことの意義、そしてさらに、いま私たちが生きているこの状況の中での理解を深めるということですね。社会=ソサエティーという言葉の意味は、もともとソシアス=仲間というラテン語から来ています。仲間を作って、さっきの言葉で言えば、温かい手と手をつなぎ合って、社会を形成して生きているというのが私たち人間なわけです。これまではそういう社会が空気のようなものとして当たり前に存在していたがために、その存在意義がよくわからなかったのだけれども、いまは人間の社会が誰が見ても大きく転換するような時期に来ており、人と人とのつながりがボロボロになっています。そのことが、さまざまな意味で人間の社会に憎悪と暴力をあふれ出させている原因にもなっています。ヨーロッパを見てもらってもそうですね。結局、ヨーロッパでも、他のいろいろなところでも、憎悪や憎しみが増え始めてしまったということも重要な問題になっているのですよね。

人間というものはどうやって生きていくのかということを考えれば、単に自己利益最大化や利害に動機づけられているのではなく、自然に、人間と人間とがお互いに仲間なんだ、調和したい、愛し合いたいということもインセンティブ=動機付けにしながら生きています。経済活動のような分野では、私たちは確かに自己利益最大化、損得・利害によって動機付けられて活動します。それを前提に市場のメカニズムが成り立っていることは事実なのだけれども、私たちはそういう活動だけをやっているわけではないのですね。家族を成したり、コミュニティーを成したり、友人や隣人たちとさまざまな関係を結びながら生きているわけで、その時の動機付けは何かというと、明らかに愛情なのですよね。

 

-- 家族を思う、他者に貢献する、つまり人を愛するということですね。

神野氏  そうです。本来は、まずはじめに経済活動ありきということではなく、社会活動のために経済活動をやっているのですからね。つまり、物質的な基盤を与えるために、私たちはお互いに愛し合ったり、お互いに助け合ったりする。その人間的な喜びをするために、人間自身の生命を維持していくために、経済活動、自然に働きかけることをやっているので、それは逆ではないのです。手段と目的ということを、見忘れてはいけないわけです。

ひとりの人間は、3つの顔を持っています。ひとつは、働きに行って、そこで生産活動をしている顔。もうひとつは、家族を成して地域社会で生活をしている顔。そして3つ目は、この社会全体を決めるために政治に誰もが参加して、統治者であると同時に統治される者として参加しながらやっていく顔なわけですが、この顔において重要な動機付けとなるのは、正義なのですね。

だから、人間は誰も損得勘定だけで生きているわけではなく、愛情とか、正義とかということもいつも考えながら生きているのであって、こうした3つの役割を、同時にひとりで3役を演じながら生きているのだという観念のもとに考えて、うまくこれをバランスして生きていくことが重要なのですね。自分たちの利害と、それから、お互いに愛し合っているのだという、非常にアンビバレントというか微妙な存在で私たちは生きているので、これをどうやって調和させバランスを取っていくかということが重要なのです。

付け加えておくと、そもそもアダム・スミスは『諸国民の富』においては、人間は利己心に基づいて生きている、自己利益最大化でもって生きていくホモ・エコノミクス=経済人であるという定義をしているのですが、『道徳感情論』の方では、人間というのは、共感、他者の苦しみを自分の苦しみとして理解するという部分を持っていて、共感と利己心という2つの心を持った非常にアンビバレントな存在であると考えているので、一方を消し去ると人間じゃなくなるわけですよね。人間の社会じゃなくなる。

 

-- 「社会システム」は愛情、「経済システム」は損得、「政治システム」は正義。それぞれに動機づけがあってその3つのバランスの中に人間存在があり、基本となるのが社会システムであると。

神野氏  私たちが生きている時代は、社会で生きていくことを基本にしていかなければならない時代になってきました。人間の欲求には、「所有欲求」と「存在欲求」があります。「所有欲求」とはhaving=持つ欲求、所有する欲求であり、「存在欲求」とはbeing=存在している、beingの欲求なのですね。「所有欲求」というのは、人間の外に存在しているもの、自然や何かを所有したいという欲求であるのだけれども、もうひとつの「存在欲求」は、存在している人間と人間とが調和したい、これは愛し合いたいと言ってもかまいませんが、そしてさらに人間と自然とが調和したい、愛し合いたい、こういう欲求を持っているということです。

スウェーデンでは、当たり前のこととして、子どもたちにこんなことを教えています。私たちはこれまで、「存在欲求」を犠牲にして「所有欲求」を追求してきた。なぜかというと、欠乏や飢餓という人間の歴史の中に忌まわしくまとわりついているものがあったからだと。命、生理的な欲求、安全の欲求が満たされないと人間そのものが成り立たない。それゆえ「所有欲求」を追求し「存在欲求」の方は犠牲にしてきた。でも、「所有欲求」がほぼ満たせるようになり、社会全体として見れば、欠乏、飢餓という状態を抜け出すことができた。そうすると私たちは、これまで重視してこなかった「存在欲求」というものをむしろ最も重要な目的として、つまり人間の人間的な欲求として「存在欲求」を追求できる世の中にこれからはなっていく。これまでのように「所有欲求」のみを「存在欲求」を犠牲にして追求していく時代は、終わりを告げたのだと。

これまでの工業社会では、「所有欲求」を満たすために「存在欲求」を犠牲にしてきたわけですけれども、これからは違うのです。工業社会を脱すると、むしろ「存在欲求」を追求できるのです。人間は「所有欲求」を充足すると豊かさを感じます。「存在欲求」を充足すると幸せを感じます。いま私たちは、豊かさはある程度実現できたので、これからは幸福を追求していこうと。つまり、お互いに、生理的な欲求や安全の欲求はまあまあ満たされたので、その上で社会的欲求、“仲良し欲求”とでもいうのかな、そういうことを満たし合う。そのことによって人間は幸せを感じるのです。



いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】④に続きます

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神野直彦さん

1946年、埼玉県生まれ。1981年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授、東京大学教授、関西学院大学教授などを経て、東京大学名誉教授。前地方財政審議会会長。専攻は財政学。ドイツの財政学を中心に学び、長く欧州を観察する中、日本も欧州のようにもう一度自分たちの良いところを見直し、作り直すべきと提言。 日本にはそれぞれの土地の風土にあった教えが沢山あると提唱し、精力的な執筆活動を続けてきた。

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