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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年09月13日 (火)

"機能別"タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑥【財政学者・沼尾波子さん】

⑤では、機能・役割が細分化してしまった世の中を、相互に理解しあい共感しあえるよう関係を繋いでいく「通訳者」「インタープリター」が求められており、若い人たちの柔軟な発想がコミュニティに新たな豊かさを生み出している、という話を伺いました。

--高齢化が進む一次産業の担い手として、国も地域も若者に期待をかける部分が大きいかと思いますが。

沼尾氏 その通りですね。いま国交省は、「対流促進型国土」の形成を進めるという方針を打ち出し、大都市圏と地方圏、都市と農山村の間で、人・モノ・金・情報などが対流するための仕組みを模索しています。その中に、農山村のIT化の話が出てきます。ドローンを入れて農業の利便性を高めるとか。確かに都会と地方を繋ぎ、地域のいい産品を都会へというのはいいのですが、いまやマーケティングにおいてもICカードなどで全部顧客情報が取られていて、どのタイミングで誰がどういうものを消費するのかというところまで把握して商品開発をやるということが大都市圏では起こっている。農山村のIT化は、その中に地方が絡めとられていくということを意味することになりかねません。

極端なことを言えば、地域資源を生かした商品に価値をつけても、所得の多くが都会の側に落ちてしまうような契約、流通になることも考えられます。それは全然、対流でもなんでもなくなってしまう。そんなリスクもあるわけです。

IT化を図るとかドローンで農業をというのはいいのだけれども、ほんとうにその技術が地元で管理できて、しっかり地元で新しいものを産み、付加価値による所得が地元に落ちるような流通、そして生産体制をつくれるかどうかが、産業や雇用という視点から考えた地域づくりにはすごく大事なことです。
そこで、都会から地方に移住した若者たちに期待するのは、地域の人ではなかなか難しい都会との交渉力や、様々なツールを通じて得られている情報量です。例えば農家さんはいいものをつくるのだけれど、それをどういう流通ルートでどこに売って、かつそれをどういうデザインのパッケージにすればいいのかとか、どういう名称で売ればいいか、あるいはそれをどういうふうに加工したり、飲食で出したりして独自の商品にしていけばいいのかとか。そういうところはなかなか地元生産者さんは得意じゃない部分がありますから。

そういうところに都会からの若い子たちが入っていって、上手に地元に付加価値を落としていくような流通や生産の仕組みがつくれるということが、とても大事なんです。先ほどお話した里美地区のように、「地域おこし協力隊」のOBOGの子が入ってきて、その力を得て、仕組みをつくっている地域もありますね。

 

--もう一方のあり方として、地域の中での“小さな経済”、域内経済の循環で暮らしていくという考え方もあると思いますが。

沼尾氏 確かに地域の中で経済を回して、それで衣食住が確保できるということも大切だと思いますね。その地域でのエネルギー自給ということも含めて。中山間地域の生活でどこにお金がかかっているのかを色々調べてみると、ひとつはガソリン代です。ガソリンではなく、自然エネルギー由来の燃料や電気などに変えていくことが考えられます。それから携帯電話の通信料。これはいま下がりつつありますね。さらに、教育・医療・介護。これらの価格は公定価格といいますか、つまり“お上”が決めている部分が大きいですね。ヨーロッパの国々であればそこが無償だったりするのですが。日本の場合、地方の暮らしでは、衣食住の部分は相互扶助による助け合いも含めて、地産地消型で地域の経済を回していけると思うのですけれども、いざとなった時の入院治療費とか、介護、子どもの学費となった時、その分の預貯金ができるかどうかが問われるのです。子どもに高等教育を受けさせようとすれば、そのための貯蓄が必要となる。それをどのようにして蓄えるかが、問題になるのです。

そこの部分の稼ぎを「6次産業化」(1次・2次・3次それぞれの産業が連携・融合しながら、新たな付加価値を創造していく取り組み)などを通じてつくることができるか。そうした経済循環を創出することを考えるのか。それとも、医療・介護・教育は、もうちょっと公費で負担する仕組みを公共部門がつくり、自己負担割合を下げていくことによって、「地域内循環による経済システムのなかで安心して暮らしていける」という社会をつくるのか、ということの選択だと思います。


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ただ、いまの日本社会を見回したとき、公共部門に対する信頼がどこまであるのかというと…。ここまで人々が社会の中で機能的に分断されてしまっていると、みんなで税金を負担して、医療や介護のお金もみんなで出しあって、どこにいても多様な暮らしが安心して営める仕組みをつくろうというふうにできない。国民の意識が社会統合という方向に向いていけるのかというと、なかなか厳しいところもあるかなと感じます。それでも自分たちで「やれることからやっていこう」と立ち上がった地域が、いま輝き始めているのだろうなと思っています。

これは以前に慶応大学の金子勝さんから聞いた話なのですが、囲碁ではコンピューターが人間に勝ったけれど、将棋では最後は人間がコンピューターに勝ったと。歩は、裏返すと成金になるじゃないですか。その勝負では棋士が、裏返して成金にせずに歩のまま駒を置いたそうなんですよ。それがコンピューターにとっては初めてのことでパニックになって(笑)。それで棋士のほうが勝ったという。そういう想定外の事態にコンピューターは弱い。不測の事態が起こったり、想定外の事柄が組み合わさった時にどうするか。そこが人間力なのかもしれないです。機能別に役割を果たしていくという仕事は、コンピューターが人間にとって代わることのできる世界かもしれません。
しかし、想定外の事態が起こったり、自分とは全く異なる経験や環境の中で生活してきた人たちと関係を結んでいくことは、まだまだ人間にしかできない世界でしょう。新しいものを作り出す際に、多様な人々が一堂に会して、合わせ技でコトにあたることが求められてくると思います。その際に、予測不能な事態に対応しつつ、何かを作り出す力がすごく問われてくるでしょう。これからの時代には、こうした力が必要とされるのだろうと思います。

地方と都市部との関係の結び直しがきわめて重要と考えるのには、さらに理由があります。「東京の自治のあり方研究会」の推計によれば、2030年には東京23区の大半の地域で、おおよそ徒歩5~6分圏内に1千人近い高齢者数となる社会が訪れます。


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その時に、都市部の医療・介護は間に合うのか。さらに1964年の東京オリンピック当時に整備されたインフラが更新時期を迎えることから、その財政需要も大きく膨らむと見込まれています。地方交付税を地方圏の自治体に回している場合ではないという話になるかもしれません。限られた財源を地方圏と大都市圏でどう分かち合うのかという議論が出てくることになります。その時に、人口の論理でいけば、まずは多くの人口を抱えた東京を救済しようとなっていくことも考えられます。そうなればいよいよ地方は厳しくなる。

地方で、まず困るのは農業です。いま農業従事者の5割近くが70歳以上ですよね。この方々が10年後に80歳を過ぎて、もう農業はできないとなった時、食糧生産をどうするのかと。今日の農業政策の方向性をみると、農業分野への大規模資本の参入が進められています。耕作放棄地も含めて、各地で大手資本が農業生産に本格的に乗り込む動きが起きています。私たちが、毎日、口に入れる米や野菜。そうした食料が大手資本の参入によって、一定程度担保されるわけですが、はたしてそれで「国民の食糧が安定的に確保できる」と言ってしまっていいのでしょうか。そこに私は疑問を抱くわけです。


“機能別”タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑦に続きます。

インタビュー・地域づくりへの提言

沼尾波子さん

1967年、千葉県生まれ。日本大学経済学部教授。専攻は財政学・地方財政論。日本地方財政学会理事、総務省過疎問題懇談会委員、東京都税制調査会委員などを歴任。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。学生時代に中国河南省に留学。都市と農村との生活水準のあまりのギャップに仰天しつつ、それぞれの地域特性を踏まえ、地域に根ざした人々の暮らしを支えられるような社会経済システムのあり方について考えるようになる。多様な地域があり、多様な人々が共存できる社会経済のあり方について、先駆的な地域づくりに取り組む地域への訪問を続け、地域の社会経済構造と自治体財政のあり方について研究・提言を続ける。主な著書に「交響する都市と農山村 対流型社会が生まれる」(農山漁村文化協会)など。

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