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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年05月30日 (月)

"田園回帰"がひらく未来①【農学者・小田切徳美さん】

「いま真に必要なことは、都市と農村の対立ではなく、『都市の安定と農村の安心』という視点からの『都市・農村共生社会』の創造である」。

農学者・小田切徳美さんの提起です。全国各地の農山村の実情に向き合い、地域の人々の声に耳を傾けてきた小田切さん。農山村にはまだまだ再生可能な“地域の力”があり、その力は外の人々との“交流”を通じて引き出していくことができるといいます。「そんな夢物語のようなことが」と思われたでしょうか―?もしそうなら、そんな方にこそぜひ読んでいただきたい。たくさんの“なるほど!”に出会えるインタビューです。


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--小田切さんは、都市部から農山村へと人々が「田園回帰」する動きが、ここ数年見られるようになっていると指摘していますね。なぜ、そうした動きが起きているのか。この動きの先には、どのような将来が展望できるのか。ぜひじっくりうかがいたいと思います。
小田切氏  まず、大きな視点から言えば、いま、ある種の時代の分岐点に来ていると強く感じています。どういう分岐点かというと、都市と農山村がフラットな関係で共生する社会を築けるか、そうではない社会に進むかの分かれ道を迎えているということです。

わかりやすくいえば「都市なくして農山村なし」あるいは「農山村なくして都市の安定なし」ということです。
問題は、これから先お互いがリスペクトし合いながら関わりを持って、なおかつ行き来するような、そういう社会を作っていけるのか。それとも、あたかも日本にいくつかのシンガポールをつくるような、都市型の国家として大きく転換していくのか。後者の場合、当然、周辺部の農山村を切り捨てていくということになりますし、それどころか地方の中小都市も切り捨てていって都市型の国家をつくっていくことになります。私たちはそのどちらの道を選ぶべきか。大きな分岐点に来ているような気がしています。

なぜそういう分岐点が訪れたのかというと、ふたつの要因があると考えています。ひとつは、「都市型思考」の発言力の強まりです。東京志向とでも言いましょうか。これは当然アルファベットのTokyoになりますが、世界都市Tokyoを中心とする国をつくっていこうと。特に2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控えて、現実に東京に対してある程度の投資が必要だということで、まさにいま議論されていることですが、東京を国際的な金融都市、あるいは金融だけではなく国際的なグローバル都市にして、東京を中心とした日本に変えていくという言説がかなり強まっていると思います。
もうひとつが、人々の間で広がりつつある「田園回帰」という動きです。この「田園回帰」というのは、非常に多様な動きでひとつの鋳型にはめてしまって論じることはできないのですが、あえて言えば、従来の「ふるさと回帰」的なものとは違って、その主役が若者になっているということです。今までこういった人口の“逆流”の担い手として強調されていたのは、いわゆる団塊の世代をはじめとする高齢者・中高年です。主にアメリカで発達し、日本にも導入が進められている「CCRC」(Continuing Care Retirement Community=高齢者がケアが必要となる前に入居して終身過ごせる共同体)など、まさにそうだと思います。ところが、ここ数年間の移住相談の傾向などを見ると、20~30代、とりわけ30代の子育て世代、いわゆるファミリー世代で「田園回帰」の動きが始まっている。ということは、実は「田園回帰」は女性の動きでもあるのです。
いままでの高齢者・中高年の動きは、端的に言うと男性の思いが主導の動きでした。農山村や地方から都市部に出て来たいわゆる団塊世代の方々が、退職とともに故郷に帰るという動きです。現実的には奥さんがついて行かずにひとりで帰るとか、あるいは大変おもしろい現象なのですが、ひとりだけ帰って、土日には東京の奥さんのところに戻る“逆単身赴任”という、そんな傾向まで出ていました。

--確かに。少し前までは、田舎暮らしを始めるに当たり、どうすれば妻の同意を得られるかということが話題になったりしていましたね。
小田切氏  そうなんです。また、こうした動きの一方で、若者の中でも確かに動いていた人々がいました。それは単身の男性たち。例えば20代の男性が有機農業に憧れて農山村に行って、夢破れて直ちに帰ってくるという動きも、しばしばあったりしました。いずれにしてもこれらは男性の単身での動きだったのです。ところがそうではなくて、ここ数年の「田園回帰」の動きは、ファミリーの世代の動きになってきた。ということは、必ず女性がその動きに加わっているということです。そういう意味で少し大げさに言うと、今般の「田園回帰」の大きな担い手は、若い女性だと私は思っているのです。特に子育て世代の若い女性が、例えば「自分の子どもをできるだけ小規模な小学校に通わせたい」というような思いからの行動ですね。文部科学省などは「小規模校では学力の競争ができない、クラブ活動の選択肢もなくて問題だ」という言い方をしていますが、そんなことを乗り越えて、むしろ小規模校で自分の子どもを育てたいという明確な意志を持って、家族とともに移住する方々なども存在しています。そういう意味で、少し話をまとめると、いわゆる「田園回帰」という動きが、従来とは違う質で動き始めているということですね。
「都市型思考」と「田園回帰」、このふたつの大きな分岐点に来て、まさに今どちらが国民的なマジョリティーになっていくのかという議論が、必ずしも明示的ではないかもしれませんが、始まっていると考えています。

odagiri_002.jpg 資料=内閣府「都市と農山漁村の共生・対流に関する世論調査」(2005年実施)及び同「農山漁村に関する世論調査」(2014年実施)より作成


--これまでは、地方の衰退をどう支えるかという観点から、様々な移住促進政策がとられてきましたが、そもそも質的に変わってきていると。

小田切氏  そうです。このことを理解すると、例えば移住促進政策についても、単なる物的支援だけではないということになります。人々は何を求めて移住するのか。例えば所得を求めるならば、そもそも移住という選択肢は考えないと思うのです。彼らが何を求めているのか。美しい農山村の景観なのか、ゆとりある子育て環境なのか。そういったことをしっかり理解しないと、恐らく間違ってしまう。従来のようにただお金を用意すればいいとか、様々なメリット措置を用意すればいいということだけになってしまっては、移住者の気持ちとのすれ違いが発生してくる可能性さえあるのです。
いわゆる「田園回帰」をされた方々に質問をすると、そのほとんど、たぶん8~9割は、間違いなく異口同音に「いろいろなところを見比べたけれど、この地域に移住を決めたのは“あの人”がいたからです」といった具合で、“あの人”の固有名詞が出てくるのです。その固有名詞としていちばん多くあがるのは、24時間お世話する体制で臨んでくれた、その地域の移住コーディネーターなのです。そういう移住コーディネーターは、市町村が非常勤で雇っていたりするのですが、家とか仕事とか学校とか、あるいは仲間とか、そういうことについて非常に多面的な気配りをしてくれる。そういう動きをしてくれることから、「あの人には本当にお世話になっている」というような気持ちが芽生えて、「あの人がいるからこの地域はホンモノだ」と思えるようになっているのですね。
この他にあがる固有名詞として意外と多いのは、移住者の先輩ですね。移住者として、もちろん困難はあるけれども、いつも課題を前向きに乗り越えて自分の生活をエンジョイしようとしている。そういう姿に惚れたとかですね。あるいは、これも意外と多くあがるのは、地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちの名前です。笑顔が素敵だったとか。中には移住者も含めた集落のお世話係のような役割を自ら買って出てくれる方もいらっしゃって、そういう方々に本当にお世話になった。あるいは大変なお歳を召しているにもかかわらず、常に前向きに課題に取り組んでいるという姿ですね。そういう地元の方々の姿に惚れた、あの笑顔がある限り本物だという声も聞いたことがあります。

移住を決めた理由として、こうした固有名詞が出てくるということは、やっぱりお金や物的条件ということではないのです。そうした地域の固有名詞の背景には、必ず地域自体に活力があるとか、あるいはいまは困難を抱えているけれど、前向きに解決しようとして一歩も二歩も踏み出しているという、私たちの言葉でいう「地域づくり」、あるいは「地域みがき」の活動がある場合がほとんどですね。つまり、いま申し上げた三つの固有名詞の方々、移住コーディネーター・移住者の先輩・地域のおじいちゃんおばあちゃん、この方々が地域づくりを背景に持ちながら新しい移住者に接しているということなのですね。


"田園回帰"がひらく未来②に続きます

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小田切徳美さんプロフィール

1959年、神奈川県出身。専門は農政学・農村政策論・地域ガバナンス論。東京大学農学部卒業、東京大学博士(農学)。東京大学大学院助教授などを経て、現在、明治大学農学部教授。著書・編著に『農山村再生に挑む―理論から実践まで』(岩波書店、2013年)『地域再生のフロンティア』(農文協、2013年)、『農山村は消滅しない』(岩波書店、2014年)など多数。日本学術会議会員、地域の課題解決のための地域運営組織に関する有識者会議座長(内閣官房)、国土審議会委員(国土交通省)、食料・農業・農村政策審議会委員(農林水産省)、過疎問題懇談会委員(総務省)、今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会座長(全国町村会)などを兼任。過疎や限界集落、農村問題の専門家として、現地でのフィールドワークから理論的分析まで幅広く課題解決に向けた研究・実践に取り組み、提言を続けている。

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