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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年04月06日 (水)

いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】④

③では、人間は誰しも「損得勘定」だけで生きているわけではなく、「愛情」「正義」を含めて、ひとりで同時に3つの役割を調和させながら生きていくことが重要だという話がありました。(全6回中4回目)


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これからは、それぞれの地域に内在しているものと向き合って生きていくことが重要だ。


神野氏 誰でも人生を振り返ってみればわかりますよね。「自分が幸福だな」と思った時には、人間の触れ合い、友人や家族、両親との触れ合いの中で、幸福だなと実感しているのであり、そういうことが世界的に指向されるようになってきた。総国民生産のような経済成長よりもむしろ幸福度、いかに幸福を追求するかという指標に移して、社会を大きく変えていきましょうということが、いろいろな国で試みられるようになってきました。

いま、地域社会で苦悩していることは何かというと、いままでの地域社会は工業社会になろうとして、その地域に企業を呼んできたりすること、工業化することによって豊かさを手に入れようとしてきました。それがいま行き詰まってきて、それぞれの地域社会が工業によって深刻に汚染されてしまったような状況にあり、そういう状況からいかに脱出するかということです。もちろんその先は工業社会ではなくなるので、企業とかは海外にフライトしていってしまったり、そもそもそういう産業がなくなったりすることになり、その地域でどうやって自分たちの生活や産業循環を作り出していったらいいのかに直面することになります。それには、新しい次の工業化に代わるような産業を、それぞれの地域で工夫して作り出していくしかないわけであり、それぞれの地域社会づくりというのは、いまや、どこかから何かを呼んできてやるという時代ではないということですね。

それこそが真に発展をするということです。発展をするというのは、ディベロップ。これは、エンベロープの反対語なわけです。エンベロープ=閉じるということの反対がなぜ発展なのかというと、以前から存在しているもの、すでに内在しているものを開いていくことが発展なのですね。卵が幼虫に、幼虫がさなぎに、さなぎが成虫に発展するわけですね。内在しているものを開いていく。種が芽を出し、茎になって葉を出し、以前から存在しているもの、内在しているものを開花していく。これが発展なのです。外からの力で変えられていくことは、これは発展とは言わないのです。例えば、木が机に発展したとは言わないですね。だから、外からの力で変えられたことは発展とは言わない。

 

したがって、日本の地域社会が、これまでいろいろなことをやってきたけれどもなぜ苦しんでいるのかというと、日本はともすると発展なき拡大を志向したところがあったからです。それぞれの地域社会には、それぞれの産業循環、その産業循環に合わせるような形で生活様式が出来上がっていたのだけれども、例えば地域に企業を呼んでくるにしても、自分たちの産業循環や生活様式を充実させようとか、いかに良くしていくかとか、そのためにはどんな企業がいいのかというようなことから呼んでくるわけではなかった。そうしたこととは全く無関係に呼んでくるものだから、賃金が上がってしまって、誘致した企業の方にみんなが行ってしまって、地場産業がダメになったりするのです。

そういう観点からすると、この「地域づくりアーカイブス」に登録されている動画の事例を見てもらえば、それぞれの地域に存在している資源=リソースを、泉のごとく再びリソースするものとしてとらえ直していけると思います。地域にあるものを、産業でも何でもそうなのですけれども、どうやって発展させていくか。内在していたものを発展させていけるか。工業社会はどこでも行き詰まっているので、どこかから何かを呼んでくるということはもう無理で、自分たちのところで、自分たちの地域にはどんなものがあって、どういうものを組み合わせて、その地域社会の中でどういう仕事づくりをしていったらいいのか。そして、これまでその地域の中で培ってきた仕事づくりのための力というのは、もちろんその地域に合った形のものでもあるので、それをどうやって使い、発展させていくか。そして、それに合うような形で生活様式が成り立っていくわけですから、そうした流れの中から地域社会を作ってかないとダメだと思いますね。その参考となる事例が、このアーカイブスにはたくさん詰まっていると思います。

 

-- 自分たちの地域の財産、宝物をみんなで意識して、その中から次のものを形成していくと。

神野氏  自分の地元にある、内在している発展要素はいくらでもあると思います。それを開花させてあげるということをすればいいのです。“神の思し召し”は、いずれのところにもちゃんとありますからね。それを開花させれば、十分いけるということです。それでも、何が最先端なのかわからないということもあると思います。しかし、人間の歴史を振り返ってもらえればわかるのですけれど、必ず中心地区というのは変わり、いつもその周辺から新しいものが生まれていくわけですよ。だから、どこが次の社会のモデルになる社会や経済を作り出すかはわからない。前の時代の仕組みがいちばん生きているのが中心地であり、それが弱いのが辺境地ですから、新しいシステムは辺境地から生まれるものであり、逆にいえば辺境地からしか生まれてこないといえるのです。

また、地域が発展するということについては、2つの考え方があります。ひとつは、非常に発展している中心部のようなところに引きつけられて、そこに近づき結びついていけば発展するという考え方。もうひとつは、それをやってしまうと、衛星理論といって、いつも衛星にしかなりえないと。だからむしろ逆に、中央とは遮断した方がいいという考え方です。この2つの考え方があるのですけれども、その間を取って考えると、適度に結びつきながらも自分たちで独自の工夫をしていかないと、いつまでも新しいものは作れないといえます。またその際には、「役割の逸脱」といって、この社会が成り立つには、あなた自身の役割や、あなたの地域が持っている役割といったように、それぞれに役割が決められているのですけれども、その役割を守っている限りでは同じことが循環するだけですよね。その社会が行き詰まっているということでもあります。そうすると、どこかが役割を逸脱しなくてはいけないのではないかと思います。

 

-- 逸脱によって可能性を広げると。

神野氏  そうです。それと、もうひとつ。私たちは、社会システム、愛し合いながら生きていくために自然に働きかけて、人間が生きていくために必要なものを自然から取り出すわけです。これを生産といい、私たちは経済と呼んでいるのだけれども、その行為の基本は農業なのです。それは絶対になくならない。光合成のできる生物は植物しかないので、自然に働きかけて人間が生きていくのに必要なものを取り出すということで、農業というものはなくならないわけですね。では、工業とはどういうことかというと、農業が作ったものを加工する産業、つまり農業の副業として出てきたものです。織物業は、綿花を栽培して加工する農家の副業でした。

農業と工業の最も大きな違いは、農業は生きている自然に働きかける産業なのに対して、工業は生きている動植物を殺したり、鉱物を掘り起こして、加工していく産業だということです。農業では生きている自然に直接働きかけることになるのですが、工業では人間が作った機械に働きかけることになるわけで、大量生産・大量消費ができますし、全部、人工の世界で完結できるので生産性がすごく向上するのです。農業では、生産を上げようとすると、農地面積を増やさなくてはいけないし、自然の肥沃の度合いという制限もかかってきます。そういったことで、工業はどんどん生産性を上げられたのですけれども、その結果として、大量生産・大量消費の限界に直面したわけですね。


いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】⑤に続きます

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神野直彦さん

1946年、埼玉県生まれ。1981年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授、東京大学教授、関西学院大学教授などを経て、東京大学名誉教授。前地方財政審議会会長。専攻は財政学。ドイツの財政学を中心に学び、長く欧州を観察する中、日本も欧州のようにもう一度自分たちの良いところを見直し、作り直すべきと提言。 日本にはそれぞれの土地の風土にあった教えが沢山あると提唱し、精力的な執筆活動を続けてきた。

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