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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年04月06日 (水)

いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】①

人口減少や経済停滞、コミュニティの崩壊―。いま日本は、これまでにない“危機”に直面しているといわれています。私たちは、どのような将来を切り拓いていくべきか。経済学者の神野直彦さんは、これまでのシステムが限界に達しつつある今こそ、当たり前だと思いこんできた価値観や社会構造を転換し、人間がより人間らしく生きていける世界を創造すべきと提言します。そして、その手掛かりは、それぞれの地域の中にこそ存在しているといいます。神野さんへのインタビュー、未来への手がかりをつかむ旅に出てみましょう。(全6回)

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日本の“セーフティネット機能”は、もう崩壊した。


--神野先生は、ご著書『人間国家への改革』の中で、社会を構成しているシステムには、大別して「政治システム」と「経済システム」と「社会システム」があり、現代では「経済システム」は非常に強くなったが、「社会システム」は弱くなったと指摘されています。
(注:「経済システム」とは、例えばグローバル化した大企業の活動や金融などを言い、競争原理で動いている。一方、弱くなってきた「社会システム」とは、医療・介護・福祉、教育、農業など地域に根ざしたもので、競争ではなく“共生”が原理)。
その「社会システム」を強くし、生存条件を強めていくことが大切だと指摘されています。この動画サイト「NHK地域づくりアーカイブス」は、そうした「社会システム」の強化につながればと願っています。

神野氏  国の税制調査会の今度の論点整理では、日本の家族機能が希薄化しコミュニティが崩壊してしまったと指摘されています。これまでの日本型福祉社会は、企業内福祉と家族機能、コミュニティもしっかりあることを前提として、そんなに国が社会福祉を充実させなくてもいいかたちになっていました。むしろ、そういう企業や家族、コミュニティといった仕組みを活用している方がいいと考えられていたのです。ところが、今回調査をしてみて、これではまずいのではないかと指摘されたのです。これまでの企業が持っていたセーフティーネット機能、家族が持っていたセーフティーネット機能、あるいは地域社会が持っていたセーフティーネット機能は、もう崩壊したと。だから、しっかりと政府が社会保障制度でやらなくてはならないとなっているのです。

そういう時に、例えば家族機能が希薄化してしまったことに対してフィンランドでは何をやっているかというと、「ファミリー・リハビリ機能」、つまりファミリー機能や地域の機能をリハビリテーションしようということをやっているのです。私は、そうした実践を政策に取り入れたほうがいいと言っています。日本では、例えばいま問題になっている児童虐待という問題に対して何をやるかというと、児童相談所がその家族から子どもを隔離するわけです。隔離すると何が起こるのかというと、久しぶりに親が迎えに来た時に、またひどい目に遭うかもしれないけれども、帰りたいということで、結局、繰り返すことにもなってしまいやすいわけです。

ではフィンランドではどうやっているのかというと、虐待が起きているのは家族の機能が障害を起こしてしまっているからであり、そのリハビリが必要だということで、「ファミリー・リハビリ・センター」というものをつくって、そこに家族ごと入ってもらうのです。子どもと別々にするのではなくて、家族そのものが、全部そこへ入るわけです。半年間そこで生活してもらって、父親や母親はそこから仕事に行き、子どもは学校へ通って、様々なカウンセリングなどを受ける。そうしたリハビリを通じて、家族の機能が戻ったと思えたらセンターから出ていってもいいし、まだだと感じるようなら、さらに半年間いることもできます。

また、スウェーデンでは、「コンタクト・ファミリー」という制度があって、虐待など機能障害を起こしている家族があった時に、コンタクト・ファミリーという別の家族が交流をします。例えば機能障害に陥っている家族に対して、「うちの家族と一緒に生活しよう」と働きかけるなど、家族交流を通じて正常に機能するようにしていくのです。どうしてそんな制度ができたのかというと、ある家族が機能障害を起こしてしまったときに、スウェーデンでは、友達の家族を心配して見に行ったりすることがあるわけです。とても優しい行動ですね。それで、その友達の家族が一緒に生活してしばらく面倒をみようということになる。そういったことを政府が見ていて、それなら政府としてサポートしていこうとなったのです。ついては、その取り組みにお金を出すので、一定の資格を取得して取組んでくださいねと制度としての整備が進み、その資格に基づいてコンタクト・ファミリーも完全なボランティアではなく、一応ペイが出るようなシステムとして成り立っています。

これ対し日本では、児童虐待は家族の機能がおかしくなっているから起きているのだという把握の仕方すら、そもそもされていません。家族の機能障害ではなく、個別の事象だと思われているのが実情です。ですから、日本でコンタクト・ファミリーのようなことをやろうとすると、家族の問題に踏み込むなと逆に怒られてしまう危険性があります。

 

-- 動画でも紹介している大阪府豊中市では、社会福祉協議会のコミュニティーソーシャルワーカーが、自分たちの地域の中で困っている家庭があると、みんなで気にかけ支援していく方法を模索し、取り組みを始めています。

神野氏  自分たちは友達、同じ地域に住む仲間だ。仲間なのだから一緒にやっていこうよ、という気持ちですね。これまでのヨーロッパの社会・経済モデルは、そうした気持ちを持っていました。ところがいまのヨーロッパでは、国家主義的な風潮が強まってきていて、連帯だったりそうしたものごとのとらえ方が失われてきています。そうなると、損得勘定ではない社会保障を支える基本的な大事な部分まですら、失われてしまうのではないかと危惧しています。

これに関連する、日本の実情をひとつご紹介しましょう。いま厚生労働省では、低所得者対策のための横断的な組織を作っています。私もその一員に加わっています。そこで行われた事前調査では、いまの日本には格差や貧困があふれ出ていると回答した国民は、6~7割いました。ところが、それを是正すべきだという回答は、2割程度しかありませんでした。私は、低所得者の問題は、“是正すべき課題”として国民が自覚できるようになっていかないと、根本的な解決にはつながらないと考えています。例えば、貧困に陥っていくプロセスを示して、「あなたもいつ貧困に陥るかわからないから、あなたのために貧困を撲滅するんですよ」というような説明・説得の仕方では、国民の自覚を促していくことはできません。

変わりゆく家族像、人間観とは?


神野氏  もともと社会学や財政学は、人間は個人個人で生きていて自己利益の最大化が目的だという人間観に対して、はたして本当にそれだけなのだろうかという批判から生まれてきました。ですから、対策を考えるにあたって「あなたの得になるんですよ」とか「いつあなたも貧困になるかわからないから、フィナンシャルプランをちゃんと自分で立てましょう」というようなとらえ方とは、根本的に違うのです。そうではなくて、大変な状況に陥っている人がいる時に、私たちは仲間じゃないかと。人間というのは孤立無援で生きているのではなく、お互いに温かい手と手をつなぎ合って生きている。家族とかいろいろな形の人間のネットワークつまり、社会を形成しながら、社会に包み込まれて生きている。そういうことから説得し、国民の自覚を促していくべきなのです。

例えばスウェーデンでは、それを分かりやすく説明するために、ハンソン(ペール・アルビン・ハンソン、1932~46年まで2度にわたりスウェーデン首相を務めた政治家)は「国民の家」という言葉を使いました。「国家はすべての国民のための良い家にならなければならない」。つまり、国家は家族のように組織されるべきであると。家族の中では、誰もが家族のために貢献したいと思っています。ですから、例えば、障害のある人が家族のために貢献したいと思っているのにそうできないとか、失業してしまって家族に貢献できないような状態が起きているということは、誰もが抱いている願いを打ち砕くことになるからダメなのだと。そういった意味で、みんなが家族のようになろうと説明したのです。

翻って、日本ではどうでしょうか。私が見たある調査では、30~40代の男性で、家族と一緒にいるとストレスだという回答が6~7割に上っていました。スウェーデンの教科書では、家族というのは社会の基盤的な組織であり、家族の中ではありのままでいながら好かれていると感じることができ、他の組織ではそんなことはできませんと書かれています。ところが日本では、家族といると気を遣ってストレスだと。このあいだも、ある人たちとそんな話になったのですが、みんなに「先生、それは家族といるとネットができないからですよ。われわれは働いたところでストレスがたまって、家族といるとストレスがたまって、ネットだけが救いなんです」と…。もうこれはダメだ、この社会は(笑)。


いまのシステムは限界を迎えている―地域から変革を!【経済学者・神野直彦さん】②に続きます

インタビュー・地域づくりへの提言

神野直彦さん

1946年、埼玉県生まれ。1981年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授、東京大学教授、関西学院大学教授などを経て、東京大学名誉教授。前地方財政審議会会長。専攻は財政学。ドイツの財政学を中心に学び、長く欧州を観察する中、日本も欧州のようにもう一度自分たちの良いところを見直し、作り直すべきと提言。 日本にはそれぞれの土地の風土にあった教えが沢山あると提唱し、精力的な執筆活動を続けてきた。

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