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地域づくり情報局

一人も取りこぼさない社会をめざして

大阪府豊中市のコミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子さん。地域や家族から孤立する人々に寄り添い支える日々を綴ります。

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2018年06月15日 (金)

見えない子どもの課題に取り組む 子ども食堂

curry.JPG子ども食堂 カレーはやっぱり人気メニュー

 

見えなかった「子どもの貧困」

最近になって、7人に1人の子どもが貧困であるという事実は、マスコミでも報道されるようになりました。しかし地域の話し合いの場では、「現実問題として地域の中にそんな子がいるのだろうか?」という声が聞かれました。子どもの貧困という課題は、とても見えにくいのです。

その一方で、3年前に生活困窮者自立支援法がスタートし、私の勤務する豊中市社会福祉協議会(社協)にも、総合相談窓口が設置されました。すると、夏休みになると給食がなくて極端に体重が減ってしまう子や、ライフラインが止まってしまってお風呂に入れないという子、お金がなくて今晩食べるものがない、というような相談が、次から次へと寄せられるようになりました。

相談窓口までたどり着くことができるのはごく一部の人たちですし、子ども自身はSOSを出せません。そういう人たちに届く体制をどう作っていけばいいのか。NPO法人や主任児童委員、教育関係者、子ども政策に関わる市の関係者とも連携して、2年前に子どもの居場所や子ども食堂について地域福祉モデルの検討委員会を立ち上げて、本格的に考え始めました。

 

困っていると言えない子どもの気持ち

取り組みを始めた頃、ある中学校の先生が相談に来られました。お弁当の時間になると必ず廊下に出て行く子がいる。「どうして食べないの?」と聞くと「お腹がすいてない」と言う。でも次の日もまた廊下に出ている。それが何日も続いたため、先生が買ってきたおにぎりを子どもに渡すと美味しそうに食べている。その様子を見て、先生が家庭で何かあるんじゃないかと、相談に来られたんです。

そして、その中学生の子と面談してみると、お母さんはシングルマザーで、仕事を3つくらい掛け持ちしながらすごくがんばって働いている。「だからお母さんには私がこうやって相談していることを言わないでほしい」と話していました。最初は食材を提供しようとしたんですが、「どこから持ってきたのか」とお母さんに聞かれてしまうから、食材を家に持って帰ることができない。そう言って、子どもが親をかばうんです。

子どもには、よその家と自分の家を比較して客観的に状況を見ることはできないし、がんばっている親を傷つけたり心配させたくない、自分が親を批判するみたいに相談なんかしたらいかん、という気持ちがある。それが、子どもの貧困が見えない理由のひとつなんだろうなということがわかりました。

 

動き始めた支援体制づくり

私たち社会福祉協議会では、かねてから地域の家々を回って生活支援の情報提供をしたり、相談窓口を紹介する「ローラー作戦」をやっています。なんとかお母さんと接点を持つために、その子の家を含む地域をローラー作戦で回ろうと考えました。

でも、まずはその地域に親子が通える子ども食堂がないと、何も始まりません。そこで、以前から子ども食堂に関心のあった校区福祉委員会(小学校区ごとに住民ボランティアで組織)のみなさんと話し合いをして、ぜひこの親子を支えるためにも子ども食堂などの事業をやってみようと準備会を始めました。そして体制づくりが一気に進んでいきました。

しかし、地域での体制作りには一定の時間がかかります。そこでもう一方で、福祉施設の社会貢献として、豊中市内のあるデイサービス施設にお願いし、夜は空いている施設内の部屋を貸していただき、子ども食堂を実施することにしました。そこに親子を案内して、お母さんに様々な制度を使っていろんな支援ができることを伝えました。それから、親子の生活はみるみる改善していきました。子ども食堂と生活支援(生活困窮者自立支援事業)の連携が生活再建には大切です。

子ども食堂に通うようになったその子は、そこで学習支援も受けるようになりました。今までは勉強があまり得意ではなく、経済的な問題もあって、高校進学についてもかなり消極的でした。それが、子ども食堂に毎月来て勉強もするようになり、半年ほどたった頃、私にささやいたんです。「志望校を決めたよ」と。

その夢をかなえたいねと、ボランティアの人たちと不得意な教科から学習支援をしているうちに、成績がどんどん上がっていき、本人も「勉強をもっとしたい、勉強が面白くなった」と言い出しました。さらに週1回、個人的にボランティアで学習支援をしてくれる人も現れました。受験の日には、近所の人たちがトンカツが入った「勝ち弁当」を作ってくれ、お守りを渡して応援してくれました。その結果、見事に志望校に合格。子ども食堂で照れながら報告してくれました。地域のみなさんはお赤飯を炊いてくださったそうです。

その子を支えることを通じて、子どもの貧困について多くの大人が学び、自分たちにはもっとできることがあるんじゃないかと考え始めた2年間のプロセスでした。

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食後のおたのしみタイム。カードゲームで会話がはずみます

 

「出会いの場」としての子ども食堂

 月1回だけ子どもにご飯食べさせたからって、何の支援になるの? 月1回だけ学習支援をやって成績が上がるの? という見方もあります。でもいちばん大事なことは、その場を通じて、子どもがいろんな大人に出会えること。そして、自分を認めてくれる人に出会うことで自信をつけていくこと。自分で毎日学んで、週一回学習支援を受けて、月一回みんなに報告して、ほめてもらう。そういう場になっていくことで、どんどん自己肯定感が上がっていく様子をたくさん目にするようになりました。

一般的に、学習習慣を持てない家庭、「勉強したい」と言うと「学者になるわけでもないのに」と親に言われてしまって、勉強したいという気持ちを持つのが難しい、そういう家庭がたくさんあることがわかってきました。そうしたなかで、月1回でも、自由に何を言ってもいい場所に来て話をすることで、自信を取り戻したり、チャレンジできる気持ちになれる。近所に住んでいる子ども食堂の人たちからも「元気でやってる?」「宿題やった?」と日々声をかけてもらって、生活を立て直していく。

人生も高校受験もあきらめていた子が前向きになり、周りの大人たちも本気でその子を支えようと、自分たちにできる最大限の応援をして、合格できたという経験があったわけです。高校生、中学生という時期に、どんな人に会ったかによって、その後の人生は大きく変わる。こうしたことが子ども食堂の価値なんだということが、委員会の中でも共有されるようになりました。

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ごはんの量は子ども自身がきめます。もちろんおかわり自由です

 

3つのパターンで子ども食堂を展開

 2年前に1箇所だけだった子ども食堂は、現在、21箇所に広がっています。課題によって3つのパターンに分けて考えようと整理をしました。

1つめは、小学校区の子ども食堂。行きたいと思ったときに、親に援助してもらえなくても子どもが自分でいける場所を作る必要があります。現在、豊中市内で4つの子ども食堂が小学校区にあり、そのほか、夏休みなどの長期休暇のときに見守りができる臨時子ども食堂が5つあります。

2つめに、近隣だとかえって行きにくいという子どもたちもいるので、少し広域で、送迎つきで社会福祉施設を利用して夕方から行うトワイライト型子ども食堂も2箇所あります。

3つめとして、子どものために何かやりたいという大人たちへの支援があります。たとえば居酒屋さんが店を開放して子ども食堂を始めようとしたり、住民が子ども食堂を始めようとNPOを作ったり、有志のボランティア活動など、さまざまなグループが生まれています。ただ、どうやって子ども食堂を始めたらいいか、どうしたら続けていけるかというノウハウ、衛生面などの悩み事がありますので、立ち上げ支援を10箇所程度で行っています。

豊中市内に、こうして様々な場ができたことで、いろんな課題を抱えた子どもと出会ったり、当初見えなかった子どもの貧困の課題が見えるようになってきました。経済的な貧困だけでなく、人間関係の貧困、さらに文化的な貧困もあります。家でクリスマスや季節の行事をしたことがない、一緒に鍋をつついて楽しくご飯を食べたことがない子たちもいる。いろんな経験を子ども食堂でさせていくことも大事なんじゃないかということがわかってきました。

itadakimasu.JPG実家でごはんを食べるみたいに「あげぜんすえぜん」。転勤族が多い町の子育て支援としても喜ばれます。

 

子ども食堂 これからの課題

 手探りで2年間進めてきましたが、子ども食堂には大きな課題が3つほどあります。

1つは、財源の補助がないこと。企業や社会福祉法人などからの支援がなく、住民ボランティアだけでやっているところは運営が難しい。そこで社協では、食材を市民の人たちから提供してもらい、それを子ども食堂に分配するフードドライブという支援を始めました。

2つめは、子ども食堂を運営する大人たちの学習の機会。ボランティアの人たちは専門家ではないので、子どもと向き合ったときどうしていいか、衛生面や学習支援などについて迷うことがあります。支援する側の学習機会を作っていく必要があります。それを団体それぞれが独自でやるのは難しいので、社協がネットワークを作って共に勉強できる機会を作り、支援する人たちの力量をあげていく支援をしています。

3つめは、いざ食堂を開いて、とても心配な子がいるとなったときに、ボランティアだけでは対応できない場面があります。そこで、われわれコミュニティソーシャルワーカーがそれぞれの子ども食堂と連携をして、心配な場合には相談を受けてしっかりバックアップする体制をとっています。いろんな地域食堂で課題の発見をしていただき、その解決をコミュニティソーシャルワーカーがやる。発見と解決の有機的な仕組みを作ったことで、この取り組みが大きく広がってきたと思います。

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学童保育の延長保育の子どもと地域の高齢者との交流

 

今年5月 新しい担い手の誕生

 今年5月、子ども食堂に高校生ボランティアの新しい顔ぶれがありました。

3月までは支えられていた子供たち。今は学習支援を支える側になっています。

もちろんあの彼女の顔もあります。

人はたくさん人から認められ、大切にされることで人を大切にできるようになっていくのではないかと感じています。こどもたちにとっての義務教育の9年間はとても大切な時間。この時間にどんな大人と出会えるのかは人生を大きく変えていくのだと感じています。

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勝部麗子さん(コミュニティソーシャルワーカー)

10年前、大阪府で初導入された地域福祉の専門職=コミュニティソーシャルワーカーの第一人者。大阪府豊中市社会福祉協議会・福祉推進室長として、様々な地域福祉計画・活動計画に携わる。2006年から始まった「福祉ゴミ処理プロジェクト」では、孤立する高齢者に寄り添い、数多くのゴミ屋敷を解決に導いた。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員。信条は「道がなければ作ればいい」。

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