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一人も取りこぼさない社会をめざして

大阪府豊中市のコミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子さん。地域や家族から孤立する人々に寄り添い支える日々を綴ります。

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2016年08月01日 (月)

ホームレスの人々が、もう一度社会に帰っていける道づくり

長年、特に都市部で課題となっているホームレスの支援。
今年4月以降、豊中市では、行政と勝部さんたち社協が連携し、新たな対策に挑み始めました。勝部さんたちは、徹底した当事者への聞き取りなどを通じ、いま、解決に向けた実践を始めつつあります。

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豊中市では、「生活困窮者自立支援法」が始まる前に、「パーソナルサポート事業」という、伴走型で寄り添い支援をしていく事業に取り組んでいました。その中で、実際にホームレスの人たちにアプローチして、住むところを確保し、地域の中で役割を持ってもらい、もう一度社会に戻っていってもらえることを目指しました。この取り組みは、いまも続いています。現在は、生活困窮にある方々への応援のひとつとして、ホームレスの人たちも支援しているということです。

今年4月、豊中では資源ゴミの持ち去り禁止条例ができました。資源ごみを出す日に、玄関先などに出ている空き缶などの資源ごみは、行政が収集するものなので、持ち去ってはいけませんという条例です。「そういうことをしちゃダメですよ」という行政からの周知が始まるのに合わせて、私たちは、それまで空き缶を集めて生計を立てていたとみられる人たちを支援しようと行動を始めました。
早朝から、役所の職員の方々と一緒に回らせてもらい、空き缶を集めているご本人たちに、直接、お話を聞いていきました。20人ぐらいの方々とお会いしましたが、そのうちのおよそ半分の方がホームレス状態だったので、まずはその方々を“在宅に帰す”という取り組みを行っています。

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空き缶を集めている人たちにお話を聞くと、公園の中で生活している人もいれば、橋の下で暮らしている人たちもいる。話を聞かせてくださった方々とつながることで、同じような状況にあるたくさんの方々を見つけることができました。


豊中市には、高度経済成長期に西日本の各地から集団就職などで出てこられた方が、数多くいらっしゃいます。いい時期もたくさんあったけれども、その後、リストラをされたり、病気になってしまったり、不況で仕事がなくなってしまったりと、いろいろなことがきっかけで家賃が払えなくなって、ホームレス状態になっていったという人たちが少なからずいらっしゃるのです。
まさにホームレスの問題というのは、豊中市という高度経済成長期に発展した町で、最も厳しい状況に置かれることになった人たちに起きていることなのです。たまたま成功した人もいるけれど、何かの歯車が合わなくなったら、家賃が払えず暮らせなくなっていく。家を追い出されて、公園で暮らすようになる。都市部の生活では、すぐそこに落ちてしまう可能性があります。ホームレスの人たちは、特別な怠け者であるとか、さぼっているということではなく、自分たちにも、いつ起こるかわからない状況にある人たちなのです。

例えば、地方で、住まいは持ち家で、田畑があってというところだと、家賃は発生しません。仕事がなくなっても、食べるものがあり、家賃を払わなくてもいいということであれば、住まいまでも失ってしまうことはないわけです。都会では、家賃が払えなくなると、部屋のカギが変えられてしまい、そのまま家財も全部なくなってしまう場合もあります。

先日、空き缶集めをしていたホームレス状態の方の中で、お一人、就職が決まりました。携帯電話を何とか確保して、連絡ができるようになったのですが、「就職は決まったけれど、どうしよう…」というメールを、ずっと送ってこられるのです。いろいろなことを決めたいと思っても、相談する相手がいない。住まいがないということだけではなく、家族がいない。仕事が決まっても、「よかったね」と言ってくれる人がいるわけでもないし、うまく生活ができるようになっていくことについて喜んでくれたり、心配してくれる人もいない。ホームレス状態にあるということは、だんだん社会から孤立していって、自暴自棄になってしまうということなのです。住むところがない“ハウスレス”ということだけではなく、家庭がないということが、つまりホームレスであることが、さらに彼らを苦しくさせてしまうのだということを、改めて実感しました。

ご本人が寂しいままだったら、住むところを確保しても話をする相手がいない。ホームレスのときだったら、まだ仲間がいたけれど、自宅に入ると、逆にもっともっと誰とも話をしなくなって、さらに孤立がひどくなってしまうということになります。その人自身を支える関係性をどうつくっていけるか。私たちは、その方に地域で何らかの役割を持ってもらったり、ボランティアに参加してもらったり、内職をしてもらったりと、地域の人たちとつながれる手立てをいろいろと考えています。

いまはホームレス状態にあるけれども、ずっとその人がそうだったわけではない。その人が輝いていた時代、元気で頑張っていた時代というのはあるのです。建設業で頑張ってきて、「あの高速道路をつくったのは自分だ」とか、「大阪万博のときにこんなことをやったんだ」とか。ある方と一緒に本屋さんに行ったときには、難しい哲学書をぱっと手にされて、そういう本がすごく好きで、いろいろなことを考えてこられた方だったんだとわかったりしました。
ある女性の住まいが決まった時、生活用品はできるだけ彼女が自分で決めたもので揃えてあげたいということで、一緒に百円均一のお店に行きました。そのときに、スプーンを4つ買おうとされたのです。私が「一人暮らしだからそんなに要らないんじゃないの?」と声をかけたら、「いや、あんたたちにカレーライスをつくってあげたい」と言われました。ああ、この人はきっと子育てをしたことがあって、カレーライスをつくって食べさせたりしてきたんだなと思うと、自分たちはいま見えている世界だけで評価してしまいがちだけれども、その方にはどんなストーリーがあって、いろいろなアクシデントの中でホームレス状態になっているのだと考えることが、とても大事なのではないかと思いました。

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実際に作ってくれたカレーライス

ホームレス状態にある人に住宅を設定しようとするとき、大きなカベになるのが、保証人の問題です。なかなか保証人を得ることかできない。ひとり暮らしの高齢者の場合でも同じような問題があって、いま不動産関係のいろいろな方々と話し合って、保証人がいなくても入れるような体制ができないかと議論しています。「保証協会」とか、いろいろな手立てを考えていますが、本当に難しい。少しずつ、了解してくださる不動産屋さんや大家さんも出てきて、ご協力いただきながら支援を続けていますが、依然、大きな課題のひとつです。
もうひとつは、住宅に移った後、生活用品を整えることができないという課題です。家具であるとか、自転車とかをそろえる手立てがないものかと悩んでいたときに気付いたのが、豊中市は転勤族がすごく多いということでした。粗大ゴミや引越しゴミがたくさん出るのです。それをリユースする事業を、市の環境部と一緒に計画して、動き始めたところです。テーブルとか、自転車とか、カラーボックスとか、捨てる方が同意してくださると、役所にそれがストックされて、ストックされたものの情報を我々社協のほうに提供していただく。リストが来て、写真に撮ったものがメールで来るのですね。それをファイリングしていますので、新しく家を設定した方々のところに持っていって、必要なものをピックアップしてお届けするという流れです。この事業なら、例えばゴミ屋敷状態で家の中を全部片付けた後、もう一度、生活に必要なものをそろえる時や、生活困窮で広い家から低家賃の小さなところへ転居したときの家具の取り換えなど、幅広い支援策としても活用していけます。

日本が高度経済成長をしていた頃、ふるさとを出て、豊中で居を構えてというところで、うまくいった人もいるけれど、うまくいかない人もいる。うまくいかなかった人の一番の典型がホームレス状態の人たち。そういう一番厳しい人たちを見捨てる社会というのは、結局、自分たちが何かにつまづいて、そういう状態になったときに、誰も救ってくれない社会になるということです。だから私たちは、そういう状態になっている人たちは、必ず救う。
救うけれども、孤立したままでは全く改善にはならないので、就労だったりを通じて社会の中にもう一度戻していって、ご自身の可能性を社会の中で役立てていただけるところまで応援していく。その人が地域で貢献する人に変わっていくことを信じていますし、そのことを応援しようという方もたくさん現れてきています。そこまでのサポートを伴走型の支援で続けていけば、人は蘇っていくということです。そういう応援をしていくことは、実は、自分たちが何かあったときにも、ちゃんともう1回再チャレンジできるんだという、そういう社会をつくっていくことなのだと思っています。

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勝部麗子さん(コミュニティソーシャルワーカー)

10年前、大阪府で初導入された地域福祉の専門職=コミュニティソーシャルワーカーの第一人者。大阪府豊中市社会福祉協議会・福祉推進室長として、様々な地域福祉計画・活動計画に携わる。2006年から始まった「福祉ゴミ処理プロジェクト」では、孤立する高齢者に寄り添い、数多くのゴミ屋敷を解決に導いた。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員。信条は「道がなければ作ればいい」。

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