地域づくり情報局

教育からの地域・人・未来づくり

離島の高校を拠点に、地域の担い手づくりに取り組んできた岩本悠さん。さらに活動の場を広げ、人づくりを通じた持続可能な地域づくりに挑みます。

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2019年06月07日 (金)

「島留学」が地域にもたらす活力

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島で暮らす親や子どもたちの不安

10年前、私が暮らす島根県の群島である島前(どうぜん 隠岐郡海士町)では、地域の子どもや親から学校や教育環境に関してこんな声が多く聞かれた。

「刺激や競争がない」

「多様な価値観との出会いがない」

「新しい人間関係をつくる機会がない」

実際に、島の子どもたちは小学校から高校を卒業するまで1クラスで過ごし、一度も「クラス替え」を経験することがない。少人数のこどもが似た環境で育つので、価値観は同質化していき、切磋琢磨する機会も得られにくい。そのため、チャレンジ精神に富んだ学力が高い子どもほど、刺激を求めて島外の高校へ進学していく傾向があった。

こうした状況をなんとか打破し、多様性に富んだ教育環境をつくりたいと、全国の生徒を受け入れる「島留学」を始めることにした。しかし、当初は「島の学校で勉強したいと思う子なんていない」「地元の子が出ていくのに、外から呼ぶなんて無理」「興味をもつとしたら、どこにも行き場がない問題を抱えた子どもだけだ」など、疑問視する声がほとんどだった。

 

“ない”ことの利点を伝える

2010年度に仙台から博多まで全国8カ所で説明会を開いてみたところ、東京会場では10名ほどの参加者がいたものの、隠岐に最も近い米子会場などでは“参加者0名”という厳しい反応だった。それでも、都会と異なる環境で学ぶ価値や魅力について発信し続けると、地域での自然や文化、人と人の交流体験に加え、地域の課題解決に取り組む新しい教育に少しずつ関心をもつ子どもや親が現れ始め、やがて意欲的に島を訪れ、学校見学をしていくものが増えていくことになった。

意外に思われるかもしれないが、島外への情報発信の際には、ふるさとの魅力を伝える常とう手段である「豊かな自然」「美味しい食べ物」「あたたかい人情」などをアピールするのではなく、島には都会と違って、“ない”ものが多いことをしっかりと伝えるようにした。コンビニやショッピングモール、カラオケやゲームセンターといった、便利だったり、刺激的なものが島には“ない”。一方で、それらが“ない”がゆえの利点、例えば、やりたいことや夢の探究、勉強、部活動、地域社会活動などに集中できる環境があることを強調した。

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次世代エネルギーの探究活動

 

島は、都会のようにあふれるほどのモノや娯楽があって、いつでも、どこでも、好きな人と好きなモノだけに関われるような環境ではない。しかし、気楽に手に入るものが“ない”からこそ、島の暮らしの中にすでに“ある”ものに目を向けて、活かそうとする姿勢や、自分たちで創り出していく知恵が生まれてくる。そして、不便で不自由、非効率だからこそ、粘り強さや、人と助け合う力が身につきやすい。

島留学の子どもたちに、あらかじめ“ない”ことの魅力をしっかり伝えておけば、都会からこの地域へ留学した途端に、「これがない、あれがない」「もっとこうしてくれ、あれしてくれ」「こんなはずじゃなかった」と不平不満が出るミスマッチも防ぐことができる。

 

相互に変化する子どもたち

島にやってきた子どもたちが新たな経験をする一方で、島前で生まれ育った地元の子どもたちは、どんな感想をもつだろうか。当初は、島留学によって生じた環境の変化に戸惑いを覚えているようだった。それまでは互いの親や祖父母のことまで知り尽くした友人たちとの交友関係だけだったが、東京や大阪などから、自分たちとは振る舞いや話し方も異なる「よそもの」が入ってきたのだ。当然、クラス内で地元と県外から来た生徒との間に、溝や壁、確執や葛藤、ぶつかりあいが生じた。

しかし、それこそ望んでいたことである。島の子どもも島外の子どもも、ぶつかり合いなどを通して、多くを学んでいった。異なる存在だと思っていたもの同士が、互いの長所や共通点に目を向け、さらに違いも認め合い、受け入れる力を高めていった。徐々に相互理解が深まり、多様なものと協働していく力を身につけていくようになった。

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地元農家の指導による無農薬農法でのコメ作り

 

島の大人たちはどうだろうか。ある夫婦は島内で農家を営みながら、ホストファミリーである「島親(島外生の面倒を見る家族のような存在)」となった。島留学する高校生が地域の清掃活動や島の綱引きといった伝統行事などに参加する様子を見て、今まで関心のなかった島外生を「応援したい」気持ちになり、島親になってみると、生徒と交流も深まり生活に張り合いが生まれたという。そんな知り合いの島親夫婦の様子や元気な高校生の姿を見て、周囲の大人たちも「自分で良ければ」「協力できるなら」と島親を申し出る人が増えていった。

 

島民同士のきずなも強まる

島外生という「異分子」が島に刺激を与え、島民たちの暮らしを変えていった。島の人たちの地域のつながりは、都会から比べるとずっと強いと言われているが、若い世代が流出することで高齢化が進み、以前と比べれば希薄になっている。そんな中、コミュニティを再活性化する若い力が島外から戻ってきたのだ。

島の子どもたちも大人たちも、何かを思い出したかのように、自分の気持ちに向き合い、地元を元気にする行動を起こしていく。高校生たちが、後継者不足に陥っていた地域の祭りや神楽の担い手に加わり、島の伝統が守られたということもあった。島に観光客を呼び込もうと、高校生たちが島めぐりの観光プランを練って、それが実現するということもあった。プランの実現のために、多くの住民が協力した。こうして人々が自分たちの意志で動き、つながることで、島の内外の子どもたちにとって魅力的で、多様な教育環境がはぐくまれていった。

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海外大学生との新たな観光企画づくり

 島留学という突発的な変態系が、ひとつの継続的な生態系をつくりだしていったのだ。そのような好循環が生まれたことで、島外からの問い合わせ数も入学者数も増えていき、2011年には県立隠岐島前高校の募集定員が1クラスから2クラスへと拡張されるまでになった。

《続く》

 

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岩本悠さん(地域・教育魅力化プラットフォーム 共同代表)

大学時代から途上国支援や開発教育に取り組む傍ら、卒業後はソニー(株)で人材育成や組織開発に従事。2006年に東京から島根県の海士町へ移住し、廃校の危機にあった県立高校で教育改革に取り組んできた。

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