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学校を拠点にまち(地域)育て

「秋津コミュニティ」顧問として、学校区の生涯学習の充実に尽力してきた岸裕司さんが、学校と地域が一体となった学びの場作りの極意を語ります。

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2018年11月19日 (月)

子どもの自主性を育むには~秋津っ子バザーで金稼ぎ~

売り逃げ少年Aから「子育ち」の大切さを学ぶ


pic1.JPG秋津っ子バザーの男の子たち

 

 「岸さ~ん、あそこで売っていた男の子が売り逃げしたわよ!」
 PTA役員のお母さんが私に言いに来た。
 「え!」と私は思わず叫び、一瞬戸惑った。
 
 すると、隣にいたお父さんが言った。
 「いいじゃんか、どうせ秋津から逃げられないんだからさぁ」と。
 「あはははは! それもそうだよね!」と、お父さんたちは笑いながら同調した。
 
 PTA役員のお母さんは、憮然とした顔つきで立ち去った。
 
 売り逃げた男の子は、秋津っ子バザーの売り子である。
 地域最大のイベントである秋津祭りの一環で、幼稚園と小学校PTAが共催して子どもバザーを催す。
 
 子どもの参加の条件は、売り上げの10パーセントを「所場代」としてアイデアや実行する「胴元」である主催の秋津コミュニティに寄付すること。
 とはいっても秋津コミュニティがくすねるわけではない。
 開始当時は、阪神・淡路大震災で被災された独居老人の方々に、大人のバザー収益金とともに寄付していた。その後も子ども支援の団体に寄付し続けている。
 
「あの子さぁ、来年も来るのかなぁ」
「きっと来るんじゃない」
バザーの終了後のアレの会では、お父さんらから「売り逃げ少年A」と名付けられた男の子の話題で持ちきりだった。

 で、翌年も売り逃げ少年Aが秋津っ子バザーに参加した。
 
 「あの子、今回も売り逃げするかどうか見ていよう」
 お父さんたちは、興味津々。1年進級してまたやってきた少年Aを、浮き浮きしながらちらりちらりとうかがう。
 
 すると、受付役の私のところへ少年Aが「商売」終了後にやってきた。
 
 「おじさん、10パーセント、寄付だよね。だから、ぼく○円だ」と言いながら、少年Aは参加者名簿の寄付欄に記入したのである。
 
 「待ちゃあいいんだよ、待ちゃあさぁ」
 「楽しけりゃルールを守らないと来られないことをちゃんとわかるんだからさぁ」などと言いながら、お父さんらは自分のことのように少年Aの成長を喜んだ。
 
 一般に親はわが子を急かす。「宿題やったの!」「早くお風呂に入りなさい!」などと。
 
 でも、この売り逃げ少年Aから「子育ち」の大切さを学んだのである。
 どんな子どもでもその子なりの育ちのペースがある。早い子もいれば、ゆっくりと育つ子もいる。キャピキャピとことをこなす子もいれば、一見ルーズに見える子もいる。
 その個々の子の育ちのペースを気長に「待つ」ことの大切さを、である。
 
 だから、子育「ち」支援である。

 

商売上手な少年Bは賢い生活者

pic3trimmed.jpg秋津っ子バザーは大賑わい。

 

 「岸さん、あの子、バザーでほかの子から100円で買ったおもちゃを、自分のところで150円で売ってるわよ!」と、またまたPTA役員の先とは違うお母さんが言いにきた。いかにも「そんなことをやらせていいんですか?」と言いたげに。
 
 「え!」と私は叫び、一瞬戸惑った。

 すると、隣にいた別なお父さんがまたまた言った。
 「いいじゃんか、それこそ生きる力じゃん!」と。
 「そうだよそうだよ、商売上手でいいじゃんか!」
 お父さんたちは大笑いしながら「商売上手の少年B」に喝采した。
 
 チクリにきたPTA役員のお母さんは、またまた憮然とした顔つきで立ち去った。

 誤解されると困るのであるが、お母さんを批判しているのではない。お父さんの鷹揚さと言うか、ある意味でのいい加減さなどは、お母さんとの経験の違いからくるのではないかと思うのである。
 
 以前に紹介した「防災被災訓練を兼ねた一泊キャンプ」の際には、調理に「火」も使うし「刃物」も使う。
 子ども、とくに男の子は「火遊び」もしたがるし「刃物もいじり」もしたがる。
 お父さんらは、子どもたちにやらせちゃう。「危ないなぁ」と思える場合以外はほとんど注意しない。
 
 むしろ、「少しくらいのけがは、子どもの内に経験したほうがいいんだよ」と言う。いたってお気楽さんだ。
 
 たぶん、お父さん自身の子どもの頃の経験からなのだろう。
 そして、秋津のお父さんらは、子どもの興味や関心への内発性を「待つ」姿勢、すなわち「子育ち感覚」が、お母さんらとは少し違うのではないだろうか、と思う。

 いつのころからか、「商売」も「火遊び」も「刃物いじり」も、子どもから遠ざけるようになった。
 でも、これらは、人類が長い歴史から培ってきた知的な文化遺産と思う。
 であれば、秋津のお父さんらは、その伝道者ではないのだろうかと、大げさかもしれないが思うのである。

 ところで、秋津っ子バザーが始まったのは、こんな経験がもとになっている。

 わが子3人を子育て中のこと。
 おもちゃをせがまれても、私もワイフも、誕生日やクリスマスなど以外には買ってやらない。

 すると、ワイフの東京の実家に電車を乗り継いで行くようになり、親が買ってやらなかったおもちゃをしっかりと抱いてルンルンとご帰還するのである。おじいちゃんが買ってくれたのである。

 「この子たち、しっかりしてるなぁ」
 「そうねぇ。親をみくびってるようで、ちょっとがっかりだけどねぇ」と、私とワイフ。
 
 そんなことが続いたある日、気が付いた。
 段ボールの箱に山ほど買ってもらったおもちゃがある。でも、あまり遊んでいないことに。
 
 で、私は一計を案じて子どもたちに言った。
 「この空段ボール箱にいらないおもちゃを入れろ」とね。
 
 すると、じゃんじゃかおもちゃを段ボール箱に放り込むのである。
 
 「あぁ、この子らはねだってねだって買ってもらいながらも、飽きてしまうと大事にしないんだなぁ」と。
 で、「こんな子は、秋津にいっぱいいるんじゃないか」と思い、PTAのお母さん仲間にきいてみた。
 
 すると、「うちの子もそうよ」「うちもそう!」などと言うのである。
 
 そこで考えたのが、子どもがおもちゃ箱を片づけて、不要だが売れそうな物を売り買いする秋津っ子バザーである。
 主旨は、現金のやり取りをすることで、金稼ぎの大変さやお金の大切さを学び、賢い生活者・消費者に育つこと、である。
 
 その点、商売上手の少年Bは、主旨に合致する賢さを実践して見せたのである。うん!

 pic4.JPG秋津っ子バザーの横では、工作クラブのお父さんたちによる「トントン工作」。

 

子どもの自主性を育むためには一切強制なし


 「岸さん、このチラシに『参加したい子は事前に集まり値段付けなどの準備をする』ようなことは書いていないけれど、いいのでしょうか?」
 
 秋津っ子バザーを最初に企画し、参加者募集のチラシを学校で全児童に配布してもらったその日の夜、PTA役員のまたまた別なお母さんから電話が来た。

 「うん、準備は何もしないよ」と私。
 「え! それで大丈夫なんですか?」と、心配するお母さん。
 「だって、楽しそうなら参加するだろうし、つまらなそうなら参加しないだろうからね!」と私。

 「じゃぁ、参加する子がいなかったらどうするんですか?」と、お母さんは畳み掛ける。

 「参加する子がいなければ『バザーは参加者がいないので中止します』の張り紙を出しますから」と私。
 「え! そんないい加減でいいんですか!」とくだんのお母さんは言いながら、電話を切った。たぶん、怒った顔で(見えないけどね)。
 
 秋津コミュニティは、強制を一切しないことを最初から運営の理念にしている。
 社会教育・生涯学習は、誰かに強制されてすることではないからだ。また、いつ止めてもいいし、楽しければ続けるだろうしね。要は、自主性が大事であり、自主性こそが学ぶ意欲を喚起するのである。
 
 そのことは、大人はもちろんであるが、子どもはなおさらである。
 そうでなければ、子どもの自主性は育まれないからである。大人は子どもが楽しく参加しそうなイベントを考え仕掛けをつくり実行することが役割である。
 しかし、参加は自由である。もし参加者がいなければ、それは企画者が悪いのであり、子どもには一切の責任はない。
 
 とはいえ、当日朝、本当に子どもが来るのかどうかを少しは心配し、会場である学校のロータリーに陣取り様子を見ていたのである。
 
 すると、段ボール箱を抱えた子どもたちがわんさかとやって来たのである。
 中には巨大な段ボール箱をずるずると引きずりながら来る子もいる。
 
 「おまえ、ずいぶん大きな段ボール箱だなぁ」
 
 重たい箱ながら楽しそうにやって来たその子に対し、うれしさを押し殺しながら私はぞんざいな口ぶりで投げかけた。
 「だって、『段ボール1個まで』と、大きさについては書いてないじゃん」と、その子が言った。
 「う~ん、この子は賢いなぁ、楽しいことなら拡大解釈するすべを持ってるじゃん!」と感激したのである。
 
 「おじさ~ん、どこでやればいいの?」と別な子。
 「ほれ、ゴザを持ってけ!」「空いてるところに敷いてやんな!」
 
 もうお父さんたちはうれしくってしようがない状態で、応対にてんやわんや。
 
 ということで、初回に50人近い子どもが秋津っ子バザーに参画したのである。ちゃんちゃんと。


 pic2trimmed.jpg秋津っ子バザーの受付をする筆者。ルールや「○子どもが主役 ×大人は口出しダメ」の親育ても書いている。
 
 

賢い生活者・消費者育成の金稼ぎ

 秋津っ子バザーのチラシには、先の「所場代」や「段ボール1個分」のほかにこんなことを記している。低学年の子どもに配慮し、漢字にルビ付きで。

①自分のおもちゃ箱を整理して、いらない物で売れそうな物をお家の人と相談してOKだったら、このコーナーで自由に売ってよい。
②ただし、上限は一つ200円まで。
③食べ物はダメ。

 子どもバザーを始めた想いにはもうひとつある。
 
 それは、学校教育での現金のやり取りは、一般にタブーであること。
 でも、お金の大切さは、紙に書いた偽のお金の遊びではワクワクしないし、ありがたさも感じない。
 
 で、学校でやらないなら、地域で社会教育としてやらなければならないだろうと思ったことである。わが子らが、おじいちゃんに買ってもらったおもちゃを、飽きると大事にしなかった経験もあるし。
 
 ちまたには、中学生や高校生が街でキャッチセールスに遭いお金をだまされただの、二十歳になりクレジットカードを持てるようになったが、金銭感覚が育まれていないためにカード破産になっただの、といった事例があふれている。
 
 つまり、賢い生活者・消費者育成が、子どもの時から必要なのである。しかも子ども自身が楽しみながらね。
 だから、あえて学校内のロータリーで、子どもたちの金稼ぎを開始したのである。
 
 その後、意義を感じた先生が、前回紹介した「生活科で育てた花の苗を売る子どもたちの授業」へと進化していったのである。
 地域発のイベントの成果が、学校教育に取り入れられた「学社融合」となり、私はとてもうれしくなった。 

 pic5large.JPG手づくり紙芝居を秋津祭りで演じるお父さん(本職はデザイナー)

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学校を拠点にまち(地域)育て

岸裕司さん(「秋津コミュニティ」顧問)

「秋津コミュニティ」顧問。文部科学省コミュニティ・スクールマイスター。1986年から習志野市立秋津小学校PTA会長を含む役員を経験し、以後、学区の生涯学習に取り組んできた。「学校開放でまち育て-サスティナブルタウンをめざして」(学芸出版社)など著書多数。

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