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2016年04月18日 (月)

消費者とのつながりで救われた「稲刈り騒動」

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「“知産知消”が生み出す力」(2015年9月13日放送「サキどり↑」)では、田んぼがぬかるんで稲刈り機が使えなくなった秋田県の農家のもとに、全国から延べ200人もの消費者が稲刈りを手伝いにきてくれたエピソードを動画で紹介しています。
消費者の手助けで稲刈りを無事に終えることができたのは、潟上市にある「ファームガーデンたそがれ」の園主・菊地晃生さん。こんなにも多くの消費者が集まったのはなぜか。そのワケを探りました。

 

■「一生のお願い」に集まった消費者たち 

「一生のお願いです。稲刈りを助けてください。家族総出でも10月中に刈り取ることができません。100人規模の刈り手を求めます」
2014年秋、菊地さんはSNSでこう呼びかけました。わらにもすがる思いでした。


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稲刈りの時期を迎えるというのに、田んぼがぬかるんでコンバイン(稲刈り機)が入らない事態が発生したのです。菊地さんは、田んぼを耕さずに一年中水を張り続ける「不耕起・冬期湛水」という農法でお米をつくっています。稲刈り前の長雨の影響で、ところどころに水たまりができていました。これでは、機械が田んぼの中ではまってしまい、稲刈りどころではありません。

そこで、すべて手刈りすることを決めた菊地さん。ところが、人手が足りません。
「一人でコツコツと稲刈りをしても、刈り終わるころには稲が雪に埋もれてしまうでしょう。このまま無策で冬を迎えるよりは、今あるツールで人に頼れないだろうかと思ったのです」

とは言え、本当に人が来てくれるのか半信半疑でした。ところが、呼びかけた翌日、さっそく近くに住む10人がやってきました。その後も、秋田県内にとどまらず、遠くは関西や北海道から応援が駆けつけました。ほとんどの人たちが、夜行バスで朝に到着してすぐに稲刈りに取りかかり、その日の夜に夜行バスで帰っていくという強行軍でした。菊地さんは手伝ってもらうお礼として、宿泊や食事の提供を約束していましたが、夕食もとらずに帰宅していく人もいました。多くは社会人でしたが、1週間滞在して連日手伝ってくれる学生もいました。あくる日もあくる日も、手伝いに来る人たちがやってきました。その数、延べ200人。無事に稲刈りを終えることができました。

 

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この「稲刈り騒動」によって、菊地さんが考える「消費と生産」の関係に変化が生まれました。
「生産者である自分がつくるものを消費者に食べてもらうというふうに、生産と消費は分離した関係だと思い込んでいました。でも、稲刈りに来てくれた人たちのように、消費者であっても生産の一助になれる可能性があると感じました。必ずしも生産のすべてを自分でやるというスタイルでなくてもいい。生産者と消費者をつなぐコーディネートの仕掛けをもっと考えていきたいと思うようになりました」

 

■共に汗を流して、共にごはんを食べる

稲刈り騒動のちょうど1年前。菊地さんは食の情報誌「東北食べる通信」に取り上げられました。稲刈りの手伝いに来た人たちのうち4割近くを占めたのは、この情報誌を通して菊池さんのお米づくりに対する思いに触れ、菊地さんのお米を食べていた読者たちでした。農薬や化学肥料を使わずに手間をかけ、生き物を愛でながら、実直にお米づくりに取り組む。そんな菊地さんの姿勢に共鳴した読者たちが、集まってくれたのです。「来てくれた方が、『菊地さんのお米がおいしかったので、ぜひ田んぼに行ってみたいと思っていました』とか、『行きたいと思いながらもきっかけがなかったので、この機会にと思って来ました』などと言ってくれたのが印象的でした」と菊地さん。
一方で、残り6割以上の多くは、菊地さんのお米を一度も食べたことがない人たちで、菊地さんと面識すらない人も。SNSでたくさんの人によって拡散された菊地さんの文章を読み、困っている人を助けたいという素朴な思いで駆けつけた人たちでした。

助っ人たちの中には、稲刈り騒動をきっかけに、農作業のお手伝いに来るようになった人もいます。一緒に農作業をして汗を流し、一緒に食事をして、生産の苦労や収穫の喜びを共有しています。「稲刈り騒動で手伝ってくれた人たちとは、あの状況を一緒に経験したことで信頼関係を築くことができています」と菊地さんは言います。「こうして、生産の喜びや苦労を伝える相手がいなかったら、一人でもんもんとやらなければならなかったかもしれません。苦しい状況でもついてきてくださる方、喜んで食べてくださる方、生産の苦労をねぎらってくださる方がいることで、一進一退しながらも生産できています」

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■人や白鳥が集まってくる田んぼ

菊地さんが故郷の秋田県にUターン就農したのは2007年。農業法人で畑作を学びながら、個人的に田んぼで稲作を始めました。とは言え、初めての経験。親戚や地域の人に教えてもらい、見よう見まねでお米をつくり始めました。
そこで感じたのは、農薬や化学肥料を多用する農業への疑問でした。
「農薬や化学肥料の大量投与によって土壌はやせる一方です。このままでは、この星はいくつあっても足りません。米余りと言われている中、大量生産ではなく、収穫量を半分に見積もっても自然環境に寄与できる田んぼへと転換を図ったほうがいいと思うのです」

農薬を使わない農法を探していた中で出会ったのが、「不耕起・冬期湛水」。農薬や肥料を使わない、田んぼを耕さない、一般的には田んぼの水を抜く冬期も田んぼに水を張り続けるといった農法です。生き物が生息しやすい環境をつくることで、生き物が土を豊かにしていき、次第に野山の土壌に近い構造の田んぼになってゆく。生き物の力で、作物の生育に適した環境をつくりあげていくのです。「植物を理論的にシステマチックに考えることがおもしろい」と感じた菊地さん。東北の寒冷な気候風土に適した農法だったこともあり、就農2年目からすぐに取り入れ始めました。

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ところが、この農法が田んぼの水はけを悪くし、今回の稲刈り騒動につながったのです。しかし、その後、菊地さんは農法を変えるのではなく、大型機械を使わない農業を目指す方向に切り替えました。
「人の手で田植えをして稲刈りをするようにしていくことで、多くの人たちが関わることができます。いずれはすべての作業を手仕事にして、たくさんの人手が必要となるようにしていきたいと思っています」。

菊地さんの“たくさんの人が集まる田んぼ”には、人だけではなく、たくさんの生き物も集まってきます。不耕起・冬期湛水を始めてから3年ほどたった冬から、菊地さんの田んぼに1羽、2羽と、白鳥が舞い降りるようになっていました。冬期も水を張り続けている菊地さんの田んぼには、たくさんの小さな生き物が住んでいます。その生き物たちを食べに、白鳥がやってくるのです。5年目になると、たくさんの白鳥が飛来するようになりました。

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「目に見えない生き物や、土の中に住む生き物は、一見わかりにくい存在。でも、この農法によって、田んぼでヤゴの羽化が見られたり、淡い光を放つホタルが現れたりと、着実に1年1年、生き物が増えているということがわかってきました。大きな白鳥の飛来は、小さな生き物がいっぱいいる田んぼだということが、目に見えた(可視化された)瞬間でした」
こだわりの農法は、ぬかるみやすく稲刈り騒動のようなリスクを生む一方で、たくさんの生き物が住み、たくさんの人が関わる、豊かな田んぼとなっています。

 

■消費者を消費者ではなくす

菊地さんが最終的に目指しているのは、「消費者を消費者ではなくしていくこと」。消費者にも生産の場に入ってもらって生産力を身につけてもらいたいと願うのは、食べ物を生産することが人間本来の営みだと感じるからです。 

「まずは、生産現場でどういう思いを持って、どのようにして作っているのかを消費者に伝えていく。そのためにも、消費者と顔を合わせて話をして、意思疎通を図っていきたいのです」。そうした確固たる信念を持っている菊地さんは、1年間の費用を前払いしてもらって金額に見合った農産物を届ける「トラスト」や、赤ちゃんからお年寄りが定期的に田んぼで農作業を体験しながら自然の営みに触れることができる「野育園」を運営。消費者との直接の流通や交流を大切にしている菊地さんの田んぼに訪れる人たちは少しずつ増えています。野育園の参加者は今では20組50人に。「営農の一つのかたちが見えてきた」と菊地さんは言います。「自然栽培はどうしても手がかかりますから、人手がないとどうしようもありません。自分で耕作する面積を拡大するのではなく、生産に関わる人が広がっていくことで、除草剤に頼らず、化石燃料に頼らないなど、日本の農業のさまざまな課題解決につながると思っています」

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そうした思いを抱く菊地さんにとって、多くの消費者を生産の場に引き込むことにつながった稲刈り騒動は、皮肉にもピンチをチャンスに変えたできごとでした。
「結果として、『一生のお願い』と言葉にしたことで、得るものは非常に大きかったですね」

稲刈りをした消費者たちは、「楽しかった」「気持ちよかった」と言って、笑顔で帰っていきました。「どこから来たのか、そのルーツがわからない食べ物が溢れていることへの反動が、生産の場に参加する動きにつながっているのだと思います」と菊地さん。消費者たちの価値観が転換しつつあると感じています。

「私たちがやっていることは、消費者と共に食べものをつくっていく活動です。生産の現場に来てもらい、共に汗を流す。生産現場に関わった人みんなが、生産者と消費者という立場を超えて家族のようにつながりを育てていく。そんな新しいコミュニティのかたちをつくりたいと思っています」

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